第八話「冷々たる別離」⑫
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明朝早く、マシューはケイン・アルカンから招集の令を受けた。
何事かと執務室を訪ねれば昨日のような熱い抱擁はなく、アルカンは青ざめた顔で思い出の青いソファをマシューに勧めた。
アルカンは執務机の前から動かず、マシューが着席するまでの間ずっと、机の上で組んだ手の親指をくるくると忙しなく動かしている。
見るからに様子のおかしいアルカンに、
「どうしたの、おじさん?」
とマシューが訊くと、彼は視線を伏せたまま口を開いた。
「落ち着いて、聞いてほしい。昨日の夜、ロンドン市内の高層マンションが何者かの攻撃を受けて破壊された。……ルーベンの、マンションだ」
マシューは息を呑んだ。
「ルーベンのおじさんは!?」
「夜から連絡が取れていない。ルーベンだけじゃない。一家全員……」
アルカンは力なく首を横に振った。
「いっ……」
(一家全員って……)
言葉に詰まるマシューの脳裏に、短い金髪の少女の影が揺れる。
――お前のように、私も強く。
「そんな……」
マシューは背中から倒れ込むようにしてソファに沈んだ。
途方に暮れるマシューにアルカンは続ける。
「例の赤い艦がロンドンを出た」
「え」
たちまちマシューは気を取り直し、崩れ落ちた居住まいを正した。
「どう思う、マシュー? 私には偶然の一致には思えないんだ」
「同感です。そもそも、ヴォルファング社はなんと?」
昨日聞きそびれていたことだ。日本から、それも<アーキタイプ・グスタフ>を積んでロンドンを目指すと知っていたら、ケイン・アルカンはそれをよしとはしなかっただろう。
「いま説明を求めている」
アルカンは答えるが、そうではない。マシューは少し質問の的を絞った。
「おじさんは知ってたんですか?」
「アーキタイプのことかね? もちろん、知らないよ。彼らははじめ、試作機の実地試験のために各地を飛び回らせてほしいと言ってきたんだ。別にそれは構わなかったんだが、試作機は日本から持ち出すというから決めかねていた」
「それが、どうして」
問いを重ねるマシューに、アルカンは下げていた視線を向けた。
「条件が変わった。航路はロンドンまで。その間の安全を保障しさえすれば、日本の技術を取り入れた最新装備を連合に優先供給する。そういう約束でな」
悔恨の情に満ちた嘆息を漏らし、アルカンは再びうつむく。
「正直、うますぎる話だとは思った。だが、彼らとのつき合いは君も知っているだろう。ちょうど試作品のパイロット・スーツを運ぶ予定があったから、そのルートに組み込む形で彼らの要望を受け入れたんだ」
そのパイロット・スーツの運搬からして仕組まれていたことではないのか。
(確かに、できすぎた話だ)
マシューはそう思うものの、アルカンの言う「つき合い」というやつも心得ているゆえ、批判的にはなれない。
さきほどアルカンは、赤い艦がロンドンを出た、と言った。すべきことは明らかだ。ここにきて、マシューは自分が呼び出された理由を察した。
「追いましょう、おじさん」
立ち上がって息巻くマシューに、
「ああ。ありがとう、マシュー。そう言ってくれると思っていた」
とアルカンはわずかに顔をほころばせた。
「もうほかの隊の準備は進めてある。艦の居場所も把握済みだ。頼んだよ、マシュー・ゲッツェン大佐」
「は、大佐? ですか?」
自分は中佐のはずだ。信じがたいが言い間違えかとマシューは思った。
「おや、言ってなかったかな。君は昨日づけで大佐だ」
けろりと言うアルカンに、聞いてない、とは口が裂けても言えない。むしろ喜んでしかるべきであろう。
マシューは姿勢を正して直立すると敬礼し、
「このマシュー・ゲッツェン、必ずやあの赤い艦を拿捕してご覧にいれましょう!」
と豪語した。




