第八話「冷々たる別離」②
夜が迫る公園でのこと。うつ伏せに倒れた神楽夜を見下ろすレジーナに向かって、
「困るなあ。大事なクライアントに」
と言って近づいてくる男がいた。その、つば広の帽子にコートを羽織ったらしき風貌の人影は、街灯の下で立ち止まると、
「おたくが五人目だったとはね。これは、盲点だ」
そう言って嗤ったようであった。
レジーナは無言で左腕の盾を炎に還しつつ、人影を睨みつけた。だが男に怯んだ様子はない。むしろ楽しげに、
「もう少し手加減ってのができないもんですかね」
と言って傍らの茂みに首を向ける。そこには、夕闇に沈む茂みに隠されて、スーツ姿の男が数人、折り重なって倒れていた。
「これじゃあ、お父上もさぞ心配なさるでしょうに」
帽子の男がそう言い終わるが早いか、レジーナは瞬時に間合いを詰め、男の胸倉に掴みかかった。
が、
(な――)
レジーナは、街灯の下でひとり驚いた。男の姿がどこにもないのだ。
と思いきや、
「さすがはアービター。心得があるだけでこうも化けるとは。怖い怖い」
弦楽器が奏でる重低音のような声がする。
レジーナがそちらを見やれば、男は街灯を挟んで反対側に立っていた。光があまり当たらない、男がさきほど見ていた茂みのほうである。
茂みの陰に倒れているのはすべて、レジーナの父が娘の捜索に出した使用人だ。私兵にも等しい者らで、全員が軍やら傭兵やらの出身という経歴を持つ。それが、この娘相手に束になってかかって、このありさま。同業ともいえる帽子の男は嘆息するしかない。無論、男たちへの同情として、だ。
男はレジーナに向けた背中を街灯の支柱に預けて立っている。影絵のようで、まるで実体を感じられないその者に、レジーナはこれ以上関わるべきでないと判断した。
「ハ。心配? するかね、あの親が。それよりお前、あれの知り合いか?」
彼女は伏した神楽夜を顎で指し示す。その声色こそ冷静なれど、口調には明確な苛立ちがこもっている。
しかし、男にとってそんなことはどこ吹く風。コートのポケットに両手を突っ込んだままの実に余裕ある態度で、
「こちらは知っているが、あちらは知らない。そんな関係です。なに、そう心配しなくてもすぐに迎えが来ますよ。なんといってもトウヤ・イヴの娘ですから」
と、あえてひと言つけ加えた。
そのやり取りがレジーナの脳裏に消えてゆけば、いまや目の前には、自身が想像していたのとはまるで違う、信じられないくらいのあほ面を浮かべる娘が立っている。
(こんなのが、トウヤの娘だって?)
そんな憤懣を抱かれているとは、もちろん神楽夜は思いもしていない。というよりこの娘は単純に、
(かわいい)
と、その容姿に見惚れていただけなのであるが、よもや伝わるわけもない。
レジーナは画像で見るよりも数倍は美しかった。髪色の違いもあるのであろうが、自分よりも数段輝いて見える。背も神楽夜がほんの少し見上げるくらいの高さで、颯爽という言葉がよく似合う。確かにこの部屋の潔さは、彼女らしい。




