第六話「断決する者たち」⑦
息急きに自室へ駆けこんだイネッサは、背中で押し込むように扉を閉めた。
部屋のなかは質素なものである。大きさは六畳ほどで、奥の突き当りの壁には外へ押し開けられる窓がひとつあり、そこから注ぐ夜光に石造りの壁や床が冷たい色を返している。家具は、木製の古ぼけたベッドとがたつく執務机がひとつずつ、部屋の隅にあるのみだ。
床に広げたボストンバッグはグラディアが持参したものである。持っていくものを詰めるようにと渡されたが、なかはほぼ空っぽだ。
(明日……)
これほど陽が昇るのを恐れる夜はない。考えるだけで胸が貫かれるように苦しく、耐えかねたイネッサはベッドに身を投げ込んでうずくまった。
自らを抱きしめる手はぞっとするほど冷たい。
(明日、死ぬ)
頭のなかを満たすのは恐怖と、幼少の時に見届けた母アリサの姿だ。
グラディアにつき添われ、薄暗い教会から日の当たる外へと消えていく光景を、彼女は事あるごとに思い出してきた。
(お母さん……)
あの日、寂しげに微笑んでいた母は荷物を一切持たず、その身ひとつで出て行ったきりである。
母がなぜ去ったのか、父は多くを語らない。母がなぜあんな顔をしていたのかも、結局、イネッサは知れずじまいでいる。
そうしてまどろみに落ちていく彼女は、心で繰り返し母を呼びながら、終わる明日へ向かって瞼を閉じた。
それからどれくらい経ったか。
イネッサは部屋の戸が静かに開くのを感じ、はっと目を開けた。
足音もなく、しかし確実に、誰かが部屋に忍び込んで来ている。
ベッドは、部屋に入って右奥にある。壁に向かって横になり、入口に足を向けている彼女からは、闇に紛れて近づく何者かを見ることは叶わない。
身動きは取れない。起きていると、気づかれてはならない。いま気づかれでもしたら、おそらく、命はない。
背中に感じる何者かの気配。
早鐘を打つ心音さえ煩わしく、イネッサは固く瞳を閉じる。
そして侵入者は、ベッドの横に立つとその凶刃を振り上げた――。
つづく




