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第六話「断決する者たち」③

 石畳の街道が伸びるさき、宵闇に立つは、かの渓谷で相対したグスタフである。構える大太刀といい、妙に仰々しい口調といい、変わった様子は見られない。強いて挙げるなら機体の前腕が異なるくらいだ。

 が、よくよく目を凝らした神楽夜は首をかしげた。

(なんか増えてる?)

 向けられる光の出どころは、対峙したグスタフ<フォルクス>の背後に停車したカーゴフローターの照明だ。その逆光を受けて、機体の足元に大小ふたつの人影が並んで見える。

 そのうちの大きいほうが、両腰に手を当てて口を開いた。

「あれが(まと)か、兄貴?」

 それに続けて倣うように、腰に手を当てた小さいほうが、

「なんだ、全然弱そうじゃん」

 と言う。

(子供?)

 神楽夜が注視すると、東洋風の身なりをした筋肉質な男と、朔夜と歳が変わらなそうな男児が見えた。

 気になったのは男のほうだ。同類の嗅覚が働いたとでもいおうか。男の立ち姿、その雰囲気、ただ者ではない。

(これは)

 なにかまずそうである。本能が退くべきといっている。

 対する男はゼルクから視線を離さない。否、そのなかにいる神楽夜から、といったほうが正確か。じっと見つめたまま、含んだ笑みを浮かべている。

 その傍らで、

「ゴウザブロウ! お前は車にいろと言ったろう!」

 と、フォルクスの拡声器から訓戒を垂れるマシューに、

「えー! オレだって役に立てるって!」

 と男児は異議を申し立てる。

(ゴウザブロウ?)

 明らかな日本名に、神楽夜はますます首をかしげた。連れがいただけでも驚きであるが、それがあんな子供とは。

「ゴウザブロウ、車のエンジンかけとけ。できるだろ?」

 東洋風の男が視線を動かさず言えば、

「おうよ! まっかせとけ、アニキ!」

 敬愛するアニキからの下知(げち)ゆえに、(たまわ)った剛三郎は喜び勇んで踵を返した。

 マシューはその意図が読めず、

「ど、どうする気だ、クガイ」

 と男の背中に問いを投げる。

「なあに、すぐ済むって話さ!」

 啖呵(たんか)を切った九垓(くがい)の右足に青白い炎が盛る。

 神楽夜は目を丸くした。

(まさか)

「アービター!」

 響き渡った神楽夜の声に、

「へえ、女か。面白い」

 と九垓は愉快そうに片眉を吊り上げた。その横から、

女子(おなご)だと!」

 とマシューは過剰な反応を示して、

「悪いことは言わん。大人しく投降しろ。身の安全は、このマシュー・ゲッツェンの名において保障する!」

 そう言いながら大太刀の切っ先を振り向けた。とても説得する者の素振りではない。

「おいおい、兄貴。ありゃあ、いまさら聞くようなタイプじゃないぜ?」

 肩をすくめて見せる九垓に、「女子は斬れん!」とマシューは断じると、

「我々はその機体が手に入ればいい。もう一度だけ言う。機体を捨てて投降せよ!」

 続けて最後通告を発した。

(ゼルクが目的か)

 神楽夜はマシューたちがいる右側に顔を向けたまま、左手に乗せたジックを静かに地面へ返し、立ち上がる。

「アルマ……!」

 ジックは負傷した脇腹を抱えながらアルマのもとへ駆け寄り、朔夜から介抱する役目を引き継いだ。

 夫の無事に微笑むアルマだが、憔悴しきった顔は見ていて痛々しい。

 地獄の責め苦を味わわせてやる。憤怒に駆られたジックが恨みを込めた眼光を教会へ振り向ければ、這って逃げるイヴァン神父が情けなく尻を振っていた。

 その娘のイネッサはといえば、槍を杖代わりに立ち、醜態を晒す父親へ冷ややかな尻目を向けている。

 実娘にすら蔑んだ眼差しを向けられるあんな男など、斬るに値しない。自分を同類に(おとし)めるだけである。ジックの熱は途端に冷めた。

 立ち尽くすイネッサの背には悲しみがにじんでいる。その佇まいにジックは、憎しみの情もさることながら同情の念も覚えた。

 恐らく彼女は本気ではなかった。でなければ、奇々怪々なあの技でいくらでも殺せたであろうに。

「どうした! 早くコクピットから降りろ!」

 機体の拡声器から響き渡るマシューの声に、ジックは首を戻した。

 見上げたゼルクの背中は泰然たる態度で、そこにはイネッサとは対照的な、神楽夜の想いが表れているようである。

 そう。神楽夜はいまこそ己に問うていた。

 求めてきた。ただ己の内にのみ求めてきた。己のはじまりは何処(いずこ)かと、当てなく己を掘り続けてきた。

 それでも。

 真実は遠いと、あの男は言った。そうとも。遠いのだ。己と向き合うばかりで、いったい己のなにが知れるというのか。

 ――言葉を尽くせ。

 あの男の声が、彼女の脳裏にこだまする。

 そう、足りなかった。はじめからわかりきったことだ。自分は、誰とも心を交えて来なかったではないか。

(その証拠が、サクヤの痛みだ)

 いくら悔恨(かいこん)に飲まれても、過ぎた時間は戻らない。ならば進むだけだ。それに悔やむことばかりではなかった。この旅路のなかで、探し求めた過去(じぶん)の影を、その名残を、指先に掠めるくらいはできたのだから。

 虚像のような自分に苦しむ心。触れるすべてが嘘だったとしても。

 ――その心はあなただけのもの!

(そう。いつだって、私の心は私だけのものだった)

 自分の心を言葉に変えて、人と人とを結び合う。

 ――さすればその輪が、お前に力を貸すだろう。

 とっくに自分はそのなかにいた。すでに手は差し伸べられていた。むしろ手を伸ばさなかったのは、自分のほうだった。

 麟寺(りんじ)鍾馗(しょうき)白神(びゃくしん)紫蘭(しらん)。そして養父(ちち)朔夜(さくや)。日本で暮らした彼らとの日々。まだ、きっと足りないことばかりである。

 だが、

 ――ここはお前たちの帰ってくる場所だ。

 旅立ちの時、麟寺がそう告げたように、自分には帰る場所が確かにある。

(そう……私のうしろには、あの人たちがいる)

 だから。

「それはできない!」

「それでいい――って、なに!?」

 マシューはてっきり降参すると思っていただけに、不意を突かれた。

「だから、断ると言った!」

 神楽夜は毅然として答えた。いまここで降りれば、自分を行かせてくれた人、みなの想いを無駄にすることになる。それだけは断じてできない。

「ほらな。やっぱ聞かん坊だ」

 いよいよ出番かと九垓はしたり顔で、やれやれといった具合に首を振る。しかし神楽夜が、

「それでも道を阻むと言うのなら」

 と語気を強めたのを受け、炯眼(けいがん)を向けた。

 神楽夜はマシューらを指差し言い放つ。

「私の拳で打ち貫く! までだッ!」

 マシューは絶句した。負けん気が強い女性に免疫がない彼ではないが、それでも、このように荒々しい女子(おなご)ははじめてであった。

「どうするよ、兄貴ぃ?」

 試すような語調で足元から指示を乞われ、マシューは躊躇(ためら)った。

 男たるもの女子供を守るべし。驚くなかれ、この男は今年で二十五にもなろうというのに、亡き父の教えを愚直に守ろうとしているのである。

 ほかにもある。軍は秩序を守るものだとか、ゲッツェン家ならば民衆の模範たれだとか。軍人としての気構えから生活の規範まですら、マシューは父からの受け売りで生きてきたのであった。

 だが、無理もない。彼自身に自覚はないが、救われたのだ。早くに孤独を味わったマシューが純なる少年時代を過せたのは、そうした「正しいと信じる父の言葉」があったためである。

 だからこそ二の足を踏む。主張なきままに主義ばかりが膨らんだ彼のなかでは、いままさに主義と主義が火花を散らし、競り合っている。機体はほしいが女子(おなご)は斬れぬ。さて、どうしたものか。

 マシューは顧みた。ここまで来た理由はなんであったか。

(ゲッツェン家の名を貶めるわけには)

 もはや汚泥にまみれた名声であっても、マシューにはそれしか残されていない。 

「仕方あるまい……」

 彼は渋々とつぶやくと、

「ならばその機体、このマシュー・ゲッツェンが貰い受ける!」

 そう高らかに息巻いた。

 発破をかける雇い主に続き、その足元にいた九垓は射殺(いころ)す眼光を輝かせ、

「リンケージ!」

 と叫んだ。

 刹那、男の体を薄緑色の閃光が包み、光は天に昇る勢いで大きくなるや、マシューのグスタフ<フォルクス>と並び立つ人型を取りはじめた。

(そんな)

 神楽夜は愕然と目を見張った。

 九垓を包んだ光の前に猛る虎の紋様が浮かびあがる。やがてその光が収まると、

「遅すぎだろ」

 不意に耳元でした男の声に神楽夜はぞくりとし、呆気にとられた。

「いつの、間に」

 神楽夜の眼球が音のした左をぎょろりと向く。

 目と鼻のさき、緑を基調とした見たことのないグスタフの顔が、逆さになった状態でこちらに首をねじ向けている。その顔と視線を確かに結ぶ暇もなく、ゼルクは烈風に連れ去られた。

 鳥の鳴き声のような悲鳴をあげるイネッサの上を、二機のグスタフが組み合ったまま過ぎ去っていく。

 ゼルクは逆さになって跳び込んできた緑のグスタフに頭を抱きしめられ、抗うすべなく背中を打った。

 幸いだったのは、足元にいた朔夜たちを勢いのあまり飛び越えたことである。

「姉ちゃん!」

 朔夜の叫びが向かうさきで、ゼルクはこちらに足を向けて仰向けに倒れたままだ。

 その頭のほうに立つ緑のグスタフは、腕のうしろに備えたトンファーを展開し、すでに振り上げている。

「姉ちゃん!!」

 朔夜のたび重なる叫びも虚しく、街道の石畳が爆裂した。石畳を抉ったトンファーのさきから粉塵が白煙のように立ち上る。

 九垓は手元から視線を睨み上げた。

「姉ちゃん……」

 不安げに見上げる弟の前には、間一髪のところで体を跳ね起こしたゼルクの背中がある。

 しかし向かい合う両者の間に沈黙は許されない。時の空隙(くうげき)を引き裂いて、間合いはどちらからともなく詰められた。

 拳の残像が交錯し、放たれた拳圧が周囲の建造物を弾き飛ばす。繰り広げられる打ち合いは、もはや超人の域にある。

 天変地異にも等しい拳の応酬は、何人(なんぴと)の介在をも許さない。大見得を切ったマシューでさえ、開口したまま動けぬほどである。

「なにが、起きている……?」

 そう思うのはマシューだけではない。

 発光、明滅、閃光、雷光。時折轟音を響かせて、夜の街が乱舞に爆ぜる。燦爛(さんらん)たる闘気の猛りに、その場にいる誰もが刮目した。

 一方のふたりはそんなことなど歯牙にもかけない。特に神楽夜は、これ以上ないほどの(たか)ぶりを覚えていた。

 己とここまでしのぎを削るとは。

 この速さに応じられたのは鳳鱗拳(ほうりんけん)の師である養父、それに麟寺と鍾馗だけである。白神を守護する最精鋭の近衛(このえ)であっても、目で追うことすら叶わなかったものだ。

 東洋の格闘家を思わせる意匠に、両腕に備えたトンファー。相手の見てくれが伊達ではないと知り、神楽夜は無自覚なまま喜びに口端を吊り上げた。

 その彼女は激しい攻防のさなか、目だけで周囲を確認する。

 ここは市街地のど真ん中だ。うまく利用すれば、足回りで勝る相手を抑え込めるかもしれない。が、忘れてはならない。敵は二機だ。たとえ一機をどうにかできても、状況は(かんば)しくない。

「余裕あんじゃねぇか!」

 男の声に神楽夜ははたと視線を上げた。

 跳び上がり、片足を天高く掲げた緑のグスタフは、

幽天(ゆうてん)!」

 と叫ぶなり、それを稲妻とともに振り下ろす。

 咄嗟に退いた神楽夜は、敵の動きを追って下げた目を見開いた。

(いない!?)

「どこ見てやがる!」

 再びした男の怒号に神楽夜は素早く空を見たが、遅かった。

(げん)(らい)(きゃく)ッ!」

 雄叫びとともに本命が落ちる。踵落としは轟雷をまとって神楽夜の脳天へ飛び込んだ。

 紙一重、神楽夜は交差させた腕でそれを受け止める。その反応の速さに九垓が目を丸くしたのも一瞬のこと。

「なら!」

 と、防ぐ相手の腕を踏み台にいま一度跳び上がり、

百雷槍靴(ひゃくらいそうか)!」

 滞空したまま散弾銃がごとき蹴りの連打を繰り出した。

「くっ」

 疾風怒濤の攻めに、神楽夜は苦々しくも回避に徹するほかない。だがすぐにそれも間に合わなくなり、しまいには防ぐ両腕を跳ねのけられた。

 ゼルクの顔面に渾身の蹴りがねじ込まれる。

 突き飛ばされたゼルクを見て顔を青くしたジックは、

「まずい、()けろ!」

 とアルマたちを庇い、通りに面した廃屋の陰に飛び込んだ。

 なおも続く戦闘を、ジックは苦虫を噛み潰したような顔で睨む。その顔が、驚きをもって振り向かれた。

「アルマ……」

 夫の袖口を掴む妻の目には、強い意志が燃えている。なにを言い出すかと思えば、

「行って」

 と、アルマはジックに加勢を促した。

「いや、お前を置いては」

「いいから行って、ジック。助けられるのはあなただけでしょ?」

 詰め寄るアルマに、ジックは思案げに視線を逸らす。そして一時(いっとき)の間を置いて、彼は朔夜と目線の高さを合わせるようにしゃがんだ。

「アルマを頼めるか、サクヤ」

 そう言う彼の顔には決意の色が浮かんでいる。なにか策があるのだろう。姉を助けるというならば、もちろん朔夜とて答えたいところではある。

 しかし、

「僕は……」

 少年は苦しそうに言い淀んだ。

 その脳裏に浮かぶのは、マシューの投降勧告を()ねつける姉の背中である。

 姉はひとりで立った。もう、ゼルクの起動に自分は必要ない。であれば、自分の力など無意味なものだ。

 自分がこの旅に同道する意味は――もはやない。

 そう消沈する朔夜の思考を、

「サクヤくん」

 と、アルマの凛とした声が捉えた。

 不意に呼ばれた朔夜は、ジックの横で身を屈めた彼女に力ない視線をやる。

 すると、

「自分の居場所は、自分で作るものだよ」

 傷だらけのアルマは真理を穿(うが)つような目でそう言った。それに少年ははっと息を呑み、

「自分で……」

 と彼女の言葉を反芻する。

「ああ。俺たちもそうさ。みんな、そうして生きてくんだ」

 続くジックの言は確かに肯定ではあったが、どこかに諦めがあった。けれども、自分には想像もつかない苦楽を呑み下してきたであろう夫婦の言葉は、朔夜の消えかかっていた矜持に新たな火を分けた。

 なればこそ、無価値と思えた自分が、この身ひとつでなせることはなにか考えねばならない。

 己に問うた朔夜は一転して力強い顔つきで、まっすぐにジックを見据えた。

「……わかった。できるだけここから離れるようにする」

 その顔は少年ではなく「男」のものだ。ジックはそこにかつての自分を重ねて笑うと、その頭をわしわしと撫でまわした。

「頼む」

 それだけを言い残し、ジックはふたりに背を向ける。

 一方、

「そらそら、どうした!」

 気勢を上げる九垓の攻め手は強まるばかりである。マシューに背後を取られ、神楽夜の進退はいよいよ(きわ)まろうとしていた。

「くそっ!」

 神楽夜は吐き捨てた。不慣れな長旅、立て続けの戦闘と、すでに気力、体力ともに限界である。とはいえ、おくれを取っているのはそれだけが理由ではない。

 敵は相当に仕込まれている。それとも、これがアービターの力なのか。

(せめて、こいつだけでも)

 歯噛みして睨みつけるさきで、緑のグスタフは軽々とその身を翻し、屋根を伝う。機体の重量を感じさせぬ動きは見事というほかなく、対する己の未熟さに忸怩(じくじ)たる思いを抱かずにはいられない。

 神楽夜は背後のマシューにも気を配りつつ、街道の中心で腰を落とす。そして緑のグスタフの次なる一撃に備えるべく構え直した時、その視界の端にふと、小さな人影が現れるのを見た。

(ジック?)

 こちらに背を向けて立つ彼の赤いポンチョが風に舞う。

 夜に紛れて駆けつつ隙を窺っていた九垓は、鎧武者の前に出た赤いカウボーイを目にし、屋根の上で動きを止めた。

 否や、止めざるを得なかった。赤い男の左足には青白い炎が猛っている。それはまさしく己と同じ、アービターの証であった。

「リンケージ!」

 ジックは夜空へ吠えたてた。

 たちまち赤光(しゃっこう)が天へ伸び、光は人の型へと姿を変える。そして光の前に、翼を広げた鳳凰のような紋様が浮かび上がると、なかから赤いグスタフが現れた。

 剣に似た赤い装甲がその剣先を下に向け、上体の前後左右をすっぽり覆って並んでいる。まるでジックが身に着ける赤いポンチョのようである。そのいで立ちは、手にした長大な刀身の剣と赤いテンガロンハットに似た頭部の装飾も相まって、まさに彼そのものに見える。

「げぇ!」

 マシューは場にそぐわない素っ頓狂な声を上げたかと思いきや、

「き、貴様! 貴様だ! よくも我が基地を荒らしてくれよったな!」

 と赤いグスタフを指差しながら喚きたてた。

 すぐさま大太刀を構え突撃を図るマシューに、九垓は、

「兄貴! 待て、俺が!」

 と静止の言葉を投げるも時すでに遅し。援護に行きたくとも、赤いグスタフが振るう鞭のような長剣に阻まれ、間合いを詰めることすらままならない。

「いまだカグヤ! 奴を!」

 赤いグスタフ――ジックに促された神楽夜は、背後から迫りくるマシューを睨みつけた。

「ぎ!?」

 マシューは凍る背筋に奇声を発した。敗北を二度経験した男の勘は伊達ではない。慌てて操縦桿を引いて機体を制動させた。

 フォルクスが足裏で街道の石畳を削り取るにつれ、ゼルクとの距離が詰まっていく。

焔覇爆装(えんはばくそう)ッ!」

 神楽夜の構えとともに光炎がゼルクを包んだ。右腕の籠手が展開して形状を変え、青く輝くネビュラ・クォーツが露出する。

 機体の急停止を試みるマシューの両脇には背の高い家屋が軒を連ねる。上に跳んだところで、あの速さ、(かわ)しきれるものではない。それは二度相対したマシューだからこそよくわかる。

 万事休す。マシューは全身全霊を込めて拒絶の意を示した。

「来るなああ!」

「断る!」

 神楽夜は嘆願するマシューの機体に狙いを定め、いままさに踏み出そうとした。

 その時、

「え!?」

 神楽夜の視界は突如として闇に落ちた。

(切れた!?)

 踏み出したあとが続かない。それまでゼルクと一体化していた感覚が自分の肉体へと帰ってくる。

 機体が前のめりになるのを、神楽夜は暗いコクピットのなかで感じた。

 その異変はマシューからも見て取れた。装甲の合間から吹き出ていた黄金の光は収まり、忌々しくも美しいネビュラ・クォーツも輝きを失っている。

 マシューは相手が思うように動けぬと察するや、恐怖に青ざめた顔を極悪な笑みへと変貌させ、

「天命は我にあり!」

 と、なんとも調子のいい雄叫びとともに、機体を大きく跳び上がらせた。

 繰り出すは、上段から全重量を乗せた渾身の一撃である。せっかくのアーキタイプに傷をつけるのは忍びないが、ここまで家門の誇りを傷つけられた以上、辛酸を舐めさせられたあの右腕だけでも斬り落とさねば収まらない。

「そうとも! 私はマシュー・ゲッツェン! ゲッツェン家の威光を継ぐ男だあっ!」

 昔年(せきねん)、というにはいささか短いが、マシューは恨み辛みの限りを込めて、鎧武者へ今度こそ大太刀を振り下ろした。

 が、

「なにィ!?」

 あげるはずだった勝鬨はどこへやら、マシューは心底信じられないといった様子で大太刀の切っ先を瞠目した。

 前に崩れるだけだったはずの鎧武者は踏みとどまり、あろうことか右手の人差し指と中指の間で大太刀の切っ先を挟み、受け止めている。マシューの機体は大太刀を振り下ろした状態で宙に浮いたままであった。

「そんな、馬鹿な!」

 おそらく彼でなくともそう叫んだであろう。驚きに見開くマシューの眼に、輝きを取り戻したネビュラ・クォーツの青い閃光が飛び込んだ。

「行くよ、姉ちゃん!」

 再起したゼルクのコクピットで、神楽夜は弟の声を聞いた。そこに疑問はない。むしろ帰って来たような安心感さえある。

 神楽夜の感覚は再びゼルクを通したものに変わっている。切れたはずの同調がすぐさま復帰したのは、機転を利かせてゼルクと同化した朔夜の働きによるものであった。

「よし!」

 神楽夜は気勢をあげるなり、白刃取りした大太刀をその側面から左の手刀で叩き折った。続けて跳び蹴りをフォルクスの胴へねじ込むと、姉弟そろって口上をあげた。

「打ち貫くは、我が拳!」

 右籠手の推進器が逆巻く炎を生み、<アームド・ゼルク>は音速に達する。焔をまとい、撃ち出された矢のごとく飛翔するその様は、勇猛なる火の鳥を連想させる。

 瞬く間に懐へ飛び込んだ神楽夜は、咆哮とともに拳を突き出した。

 空間すら捻じ曲げるその技は確かに必殺の一撃である。惜しむらくは、神楽夜がいまだひとつの迷いを抱えていたことだ。

 鋭く穿たれるはずの拳は精彩を欠き、はじめに狙いを定めた腹部ではなく、寸でのところで腰のあたりを貫いた。

 フォルクスの脇を滑り抜けたゼルクが、正面でバツ字を描くように両腕で十字を切る。たちまちマシューの機体は爆散した。

「退くぞ!」

 ジックは長剣をひと薙ぎして緑のグスタフを牽制するや、そう叫んだ。

 この機を逃す手はない。神楽夜は爆炎上がるマシュー機の残骸に未練がましい一瞥をやってから、街道にて朔夜の体を抱えるアルマを拾い、ヴェントゥスめがけ跳躍した。

 その背を刺す九垓の悔しげなまなざしは、傍らに燃えるフォルクスの炎にぎらぎらと輝いていた。



 第六話「断決する者たち」




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