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第六話「断決する者たち」①

「逃げろ、カグヤ!」

 神楽夜がアレスの叫びに顔を上げると、凄まじい風圧が彼女を襲った。

 アレスに撃破された黒い機体たちの燃え盛る爆炎が、突風にかき消える。

 その一瞬、機体を持っていかれまいと必死に堪える神楽夜の顔に、巨大な影が通り過ぎた。

「なんだ!?」

 影を追って空を仰げば、月夜に巨大な魚影が浮かんでいる。

 刃の切っ先のごとき背びれや胸びれ、そして鼻先が船の先端のように突き出ているその姿は、

(鮫!?)

 そう、鮫そのものだ。

 果たしてそこに浮遊していたのは、鈍い色合いをした戦艦のごとき機械の鮫だった。

 アレス・ヴァールハイト駆る漆黒のグスタフ<シュピオン>は、その鼻先にしがみついて天高く運ばれていく。

 両者の大きさの違いは比べるまでもない。地上の神楽夜から見てシュピオンが落花生くらいであるのに対し、鮫ははまちほど(四、五十センチ)はある。間近であればさぞ巨大であろう。

 しかし、豪速でさらわれるそのさなかにもかかわらず、シュピオンは右手を離すとそれを眼前に掲げた。するとその矢先、たちまち夜天を切り裂く閃光が走った。

 強烈な光に鮫は驚いたのか、金属が擦れるような甲高い鳴き声をこだまさせ、身をよじる。

 神楽夜は目を凝らして男の機体を探した。なにせ色が色だけに、ひとたび夜に紛れると見つけられないのだ。

(いない!)

 鮫のその荒々しさに天空で放り出されたか。

 だとすれば窮地である。おそらくあの<シュピオン>という機体もまたグスタフの例に漏れず、単体での空戦能力は備えていないはずだ。夜空を泳ぐように移動する鮫に空中戦を挑まれれば、いかに精強なあの男とて、なすすべはあるまい。

 神楽夜は固唾を飲み、夜空に視線を走らせた。

 と、

(あれか!)

 神楽夜の視界に、夜天に閃く一刀が捉えられた。

 漆黒の機体は暴れ狂う鮫の遥か上空にいる。刀を逆手に持ち、空いた左手で印を結びながら急降下するそのさまに恐れはない。

 鮫との距離は刹那のうちに詰まる。

 その直前、シュピオンは左手の印を解くと、いったいどこから取り出したのか、五本のクナイを扇状に握った。そしてそれを二度、間髪入れず鮫へ投擲(とうてき)する。

 だが、クナイは鮫に命中することなくその脇をすり抜けた。

 けれど、

「なにやってんの!」

 と神楽夜が文句を垂れる間などない。シュピオンはすでに逆手にした刀を振りかぶっている。

 そこで鮫は、向こうから距離を縮めてきたことを「これ幸い」と見たか、船体前方に備えたおぞましい大口を開き、獲物を待ち構えた。口には茨のごとき歯が無数に並び、暗黒を湛える喉奥にはまるで銀河の縮図に見える光たちが輝いている。

 が、対するアレス・ヴァールハイトはあろうことか、その黒い仮面越しに鼻で嗤った。

 直後、シュピオンは七体に分裂する。

「な!」

 思わず吃驚の声を上げたのは神楽夜だ。七体となった黒き機体は、それぞれがまったく別の動きでもって鮫へ襲い掛かった。

 鮫は突然のことに翻弄された様子であったが、判断は早かった。囲まれる前に移動しようと、口を閉じるなり船体各所に備えられた推進器から猛火を吹く。

 しかし、そこで鮫に異変が生じる。まるで金縛りにでもあったかのように、ぴたりとその動きを止めたのだ。

 電光石火。鮫の額に、落雷のごとき刺突が(くだ)る。途端、怪物が放つ断末魔が夜空を鳴動させた。

 シュピオンは刀を引き抜く勢いのまま後方へと宙返りし、周囲の分身もろとも闇へと消える。

 そして瞬時に地上へ舞い戻るや、周囲に紫の光が立ち込めるなか、今度は両手で印を結んだ。そのさまは、まさに日本に伝わる忍びのようである。

 その頭上から、鮫は怒りに暴れ狂った様子で急降下をはじめた。

 それを追いかけ、ショッピングモールの屋上に機体を移動させた神楽夜は、

「光ってる……」

 と、地上に起きる異変を見て驚きの声を漏らした。

 シュピオンの姿はショッピングモール東側に広がる平原にある。いまその平原には、紫に発光する巨大な五角形がふたつ、上下を逆さにして重なるように描き出されている。

 陣だ。それを形作る五角形の頂点にはクナイが打ち込まれ、そこから頂点同士を結ぶ光が走っていた。そのクナイは、さきほど上空でシュピオンが放ち、鮫の横をすり抜けたあれである。

 中央で足をそろえて印を結び、不動の構えを取るシュピオンに反し、陣はその輝きを次第に強める。

 上空から迫る鮫にはその様子がよく見えた。

 飛び込むは危うし。そう判断し、反転して上昇する鮫であったが――遅かった。

(檻だ……!)

 神楽夜は目の前で繰り出されるアレスの絶技に舌を巻いた。

 紫電が、重なり合う五角形の頂点から夜天へ駆ける。それにまとわりつかれ、自由を奪われた鮫は激しく身をうねらせ抵抗するが、逃れることは叶わない。

 瞬間、シュピオンは腰を落とし抜刀の構えを取った。

 いよいよこれでしまいか。期待の目を向ける神楽夜であったが、しかし、

「――消え、た?」

 鮫は青白い光に包まれると忽然と姿を消した。

 突として平野に静寂が還る。

 陣の輝きが収まるなか、アレスは周囲に殺気がないことを確認すると、彼方の屋上に立つゼルクに首を向けた。

「すぐにここを発つんだ」

 突然届いた男の声に、神楽夜は戸惑いの色を浮かべる。ここ、クラドノに行けと言ったのはこの男だ。

「なんで」

「いいから聞け。思ったよりも連中の動きが早い。すでに感づかれている。お前は一刻も早くここを離れるんだ」

 アレスは落ち着いた調子で促すが、神楽夜には問わねばならないことが山積みである。

「連中って……。さっきの、鮫みたいのは」

「マキナだ」

「マキナ?」

 覚えのない単語である。

「ああ。それも上位の」

 アレスはそこで一度言葉を区切ると、

「カグヤよ。お前の求める真実は遠い。だからこそ己を鍛えよ。技だけでなく、心もだ」

 と続ける。

「技だけでなく、心も……」

 神楽夜としては耳が痛い話である。神妙な面持ちで、噛みしめるように繰り返した。

「そうだ。人には必ず想いがある。だから言葉を尽くせ。さすればその輪が、いずれお前に力を貸すだろう」

 男のその物言いに、神楽夜ははっと息を呑んだ。

 ――この世は輪っかなんだ。

 いつぞやの養父(ちち)の言葉が脳裏によみがえる。

(養父(とう)さんと、同じ……)

 技を繰り出す際の前口上といい、語るその内容といい、神楽夜はこの黒ずくめの男に親近感を禁じ得ない。頭部を覆い隠したヘルメットのなかは、よもや求める尋ね人ではないのか。

 神楽夜は顔つきに怪訝な色を浮かべ、

「アレス・ヴァールハイト。あなたは――」

 そう問おうとした矢先、遠巻きに聞こえた轟音にはたと首をねじ向けた。

「爆発?」

 闇に沈むクラドノの街は、ある一点だけが立ち上る炎に照らされている。――教会のほうだ。

「忘れるな」

 アレスの言に神楽夜が首を戻せば、

「繭と、あのマキナに抗うには、アービターの力が必要だということを」

「あ、待って!」

 それだけを言い残し、シュピオンは闇に溶けるように姿を消した。

「……アレス・ヴァールハイト」

 神楽夜はひとり、男のいた場所を見つめたままつぶやく。

 その真意を推し量ったところで、いまの神楽夜にはわかりようもない。

(シーカーは!)

 神楽夜はゼルクをヴェントゥスの脇に着地させ、ブリッジに目を凝らした。が、人の姿は見当たらない。

 探すべきかと一瞬迷ったが、またも爆発音が聞こえ、神楽夜は渋面を教会の方角へと向ける。

 ――あいつならうまく逃げる。

 都合のいい話であるのは、わかっている。ジックの言葉を信じるというのだ。

 けれど、

「いまは」

 信じる以外ない。

 ヴェントゥスに侵入されたような跡は見当たらない。あの飄々とした男のことだ。どこかに身を潜めていると信じたい。

 ゼルクは全身の推進器(スラスター)から火を噴くと、教会めがけ大きく跳躍した。

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