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第五話「痛み」⑤

 大通りから見える廃墟と化したショッピングモールは、あちこちから火の手が上がっている。それに照らされていくつかの人影が、駐車場に泊まるヴェントゥスを取り囲んでいた。

(なんだ……?)

 目を凝らす神楽夜に、彼らは一斉にぐるりと首をねじ向けた。すると、彼らの目にあたる部分に赤い光が尾を引く。

 そこにいたのは、頭や肩、腕、胴、足などの部位に金属製らしき装甲を身に着けた、全身真っ黒の戦闘服(パワードスーツ)を着込んだ兵士のような者らであった。

 兵は四体いる。

 黒い兵士たちは目元を黒いバイザーで覆っているのだが、その片側にだけ赤く丸い光が点っている。片眼鏡に似たそれは、銃の照準器(スコープ)の奥行きを狭めたような暗視ゴーグルだ。

 しかし、対する神楽夜にそんな知識はない。娘はただ、じっと向けられる異様な視線に悪寒を覚えたがために、身を硬くしていた。

 間もなく黒い一団は驚異的な敏捷性を見せ、尋常ならざる速度で距離を詰めてくる。五十メートルはあったであろう間合いは、瞬時にゼロになった。

 敵はいずれも徒手空拳である。うち二人は神楽夜の視界から大きく外れるように、広く散開している。囲む気だ。

 神楽夜はただちに腰を据えて構えると、正面から迫り来る二体を睨んだ。

 うち、神楽夜から見て右側の一体が手を伸ばす。蛇が獲物に食らいつくかのごとき腕のしなりを、しかし、神楽夜は完全に見切っていた。

(これは)

 攻撃ではない。

 神楽夜は突き出された腕を掻い潜りながら、そこに殺意を感じなかった。まるで衣服や四肢を掴み、自由を奪おうとするかのような敵の挙動はあまりに不可解だ。

 だが、ゆえにつけ入る隙は数多に見える。神楽夜は相手の右側面に体を滑り込ませた流れのまま、その空いた脇腹めがけ肘を打ち込んだ。

 一撃は炸裂する大砲じみた音を立てて、その一体を吹き飛ばす。黒い敵兵はボウリングのピンよろしく、側面からまわり込んだ仲間の一体を巻き込み、アスファルトの上で何度も体を打ちつけながら転がった。

 肘打ちの衝撃は神楽夜の左側に迫っていた敵をも退けた。爆風のごとき風圧に負けて宙を舞った敵は、残るひとりと足並みをそろえ、再度突撃を試みる。

 その一瞬の隙に、神楽夜はすかさず疾駆した。ヴェントゥスを背にするよう位置取りを変えたのだ。

 だが驚くべきは、瞬間移動にも見える神楽夜のその動きに敵が追随したことである。

(こいつら!)

 神楽夜は顔つきをさらに険しくし、迎え撃つべく構えた。

 右手を目線の高さで差し出すように掲げ、左手は抱くように右肩へ寄せる。鳳鱗拳(ほうりんけん)の基礎の構えである。練り上げた気迫が、途端に全身を取り巻く風の流れをも生み出した。

 眼前に迫った黒い敵兵は、愚直にも捕縛の姿勢を崩さない。捌くのは容易かに思えた。

 だが、

(うしろ!?)

 突如として駆け抜けた直感に、組みつこうとする敵兵を(かわ)しつつ背後を睨めば、背にしたヴェントゥスの甲板(かんぱん)から、さらに四体の敵兵が躍り出てくるところだった。

 計六体となった黒い兵士らによる猛攻は、ついに神楽夜の防御をすり抜けだす。殺意は皆無だが、その動きには明確な「無力化の意思」が宿りはじめている。

 腹や腕、顔に一撃を受けた神楽夜は心中で歯噛みした。

(くそ!)

 敵はあえて急所を外している。(なぶ)るように繰り出される一打一打はどれも甘い。されど、目にも止まらぬ速さで放たれるそれは、神楽夜に匹敵する冴えである。

 それに、こちらがどれほど洗練された一撃を打ち込もうとも、堅牢な防具に身を包んだ相手では有効打足り得ないのが実情である。

 なにより、神楽夜には足りていなかった。命を奪ってでも生き残るという覚悟が。

(なかを揺らせば!)

 防具が分厚いというのなら、殺しきれない衝撃を叩き込むまで。それで気絶させる。消耗戦になれば不利になるは必至だ。神楽夜は幾度目かの拳を受け流し、攻勢に転ずべく一歩を踏み込んだ。

 迫る敵の群れが轟音とともに弾け飛ぶ。

 ところが、

「新手か!」

 神楽夜は自身の劣勢ぶりを罵った。

 夜天に青い光の球体が輝くと、そのなかから五機の黒いグスタフが姿を見せたのである。

 その現れ方に神楽夜は覚えがあった。

(あれは!)

 そう。京都白城で見た白銀機関の機体、オルテンシア・ワトホートの乗ったそれが去り際に見せたものと同じものに思える。

 降下してくる機体は、いましがた相手にしていた黒い兵士たちによく似ていた。ただし顔の造りだけは印象が異なる。鏃を下に向けたような形のバイザーで顔全体を覆っている。

(次から次へと!)

 埒が明かない。このままでは数に圧し潰される。

(ゼルクさえ使えれば!)

 尻目に背後のヴェントゥスを見やるが、それは叶わぬ願いだ。朔夜の力添えなくしてゼルクは扱えない。

 どれほど息巻いたところで、所詮ひとりの力などたかが知れている。

 神楽夜はいまさらながらに思った。ここまで来られたのは、ゼルクの――朔夜の協力あってこそであると。

 ――あんただけでよかったんじゃないの、これ。

(……サク!)

 ヨリーンアム渓谷で放った独善的なひと言が思い出され、神楽夜は口惜しく顔を歪めた。

 その時、娘の求めに応じるかのように、ヴェントゥスの後部ハッチが開きはじめる。

 驚きをもってそちらへ駆け寄れば、暗い格納庫のなかで(あるじ)の搭乗を待つ鎧武者のごとき機体<アームド・ゼルク>は、へそのあたりのハッチをひとりでに跳ね降ろした。

 駐車場へと視線を戻せば、吹き飛ばした黒い敵兵たちが起き上がろうとしている。

 神楽夜は考えるより早くコクピットに身を滑り込ませた。

 するとハッチが閉じられるなり、彼女を黄金の光が包み込む。

「サク!?」

 応答はない。これは、朔夜ではない。

 次第に五感の一部が機体と接続されていく。制御する肉体がゼルクへと切り替わる。

 そして、

(動く!)

 アームド・ゼルクは大地に立った。

 装甲の合間から金の光が漏れ出ている。しかし異常はない。むしろ神楽夜は、朔夜を介した時よりも数段「自分らしく」感じられることに戸惑った。

 敵の歩兵は起動した神楽夜のグスタフを見て役目を終えたと悟ったのか、まばゆいほどの青い光に包まれて消える。それもやはり、あの白銀機関の機体と同じ消え方である。

(いったい……)

 だが、考えるのはあとだ。

 対峙するは敵性グスタフ五機のみである。

 神楽夜は呼吸を整え、その場で突きや蹴りを繰り出した。すべての動きに遅れはない。どんな奇跡か知れないが、これで戦える。

 構えを取って睨みつけたさきでは、地上に降り立った漆黒の五機が腰を落としはじめている。

(似てるな)

 黒塗りであること以外にも細部が微妙に異なるが、その機体の形状は、これまで二度相対した連合のグスタフ<フォルクス>に近しい。マシュー・ゲッツェンなる男が駆っていたあれだ。けれど手にした大太刀はあの男のものより細く、日本刀のようである。

 ここでは艦が近すぎる。神楽夜は先手を打ち、敵陣へと斬り込んだ。

 どれだけ数がいようとも、囲まれぬよう立ち回れば勝機はある。

(取る!)

 神楽夜の超人的挙動をゼルクは寸分違わず再現する。残像を伴って懐に飛び込んだゼルクは、最前列にいた一機の胴めがけ鋭い拳を繰り出した。

 この距離、この速度。相手の運動性は、マシューとの二度の戦闘で把握している。それを加味した一撃だ。

 しかし。

(な!?)

 神楽夜は見開いた目を途端に下へ向けた。黒いフォルクスは想像を絶する速度で身を屈め、すでに、貫手を腰に溜めている。

(まずっ――!)

 突き出された手刀を咄嗟に弾いて捌くが、それすら相手は織り込み済みであった。

 間髪入れずその背後から現れたもう一機が刀を薙ぐ。

「ぐ、ぅ!」

 それを神楽夜は左腕でもろに受けた。その間にも、貫手を弾かれた敵機はゼルクの背後にまわる。

 だが、神楽夜はそれどころではなかった。

「ああああッ!」

 左腕に感じた「熱い」という感覚は、すぐさま電撃のごとく走り、激痛に変わった。

 神楽夜は引きちぎらんばかりに己の左腕を握り締め、あとずさる。汗が噴き出て、痛みを逃がそうと口で呼吸し、悶絶する。

(な、にが)

 起きているのか。神楽夜の鼓動は早鐘のように高鳴り、脳は事態の一切を飲み込めなくなった。

 動きが鈍くなったのをいいことに、敵機が振るう黒い大太刀は無慈悲にゼルクを切り刻んだ。神楽夜はそのたびに絶叫し、ついに膝を屈した。

 そこからは、死にたくないという本能のままに拳を振るった。

 けれど、遮二無二放った一撃は虚しく空を切る。易々と躱した敵は、神楽夜の背中めがけ冷たい刃を振り下ろした。

「ぁがッ!」

 駆け抜ける痛みが、娘の記憶を刹那に呼び覚ます。

 蒼穹の下に広がる白銀の大地。その景色に覚えはない。そこに五体の人影が見えた気がしたが、すべては露と消えるまぼろしである。いま、倒れ伏した自分を囲むのは、刃を手にした黒いグスタフだ。

 ゼルクは目から光を失い、神楽夜はひとり、痛む身体に涙する。

 思い上がりも甚だしい。悔恨の情に打ちひしがれてももう遅い。

(サク……養父(とう)さん……)

 過度の痛みが、娘の意識を閉じようとする。もはやこれまで。泥沼へ沈んでいく感覚に身を任せ、神楽夜が瞼を閉じた――その時であった。

「ハ。それであの男の弟子とはな」

(この、声……)

 電子的な男の声はプラハの湖で聞いたそれに似ている。

 神楽夜は伏したまま横目で睨むようにして声のしたほうを見上げた。

 巨大なショッピングモール跡の上には、雲間から美しい満月が顔を覗かせている。その月の一部が揺らめいたかと思いきや、建物の屋上に腕を組んだ漆黒のグスタフが顕現した。

 同じ黒色といえど、形状は神楽夜を取り囲むフォルクスとは全く異なる。忍装束を彷彿とさせる流線的な外装と、左前腕のうしろに備えられた白い鞘が目を引く。

 屋上の一角で腕を組み、足をそろえて立つその姿に、神楽夜は直感した。

「あなたは、さっきの……」

「こんな開けた場所を選ぶとは愚盲の極み。そしてすぐ大技に頼る。お前の悪い癖だ」

「なに……!」

 まるで自分のことを熟知しているかのような口ぶりに、神楽夜は意地で立ち上がろうとした。

「刮目せよ。このシュピオン、一騎当千の体現を!」

 男がそう吠えるや、月影に立つグスタフが消えた。次いで、ゼルクの周囲で爆発が起き、囲んでいた黒いフォルクスが散り散りになると、<シュピオン>と名乗ったその機体は伏したゼルクの目の前に現れた。

 散開した敵は闇に紛れ、まず、腕を組んだままでいるシュピオンの右側から斬りかかった。また別の一体は腰に保持していた短機関銃を手に、シュピオンの背後に回り込んだ。

 迫る敵にシュピオンは腕組みを解くと半身(はんみ)で間合いを詰め、振り下ろされる相手の手首を受け止める。しかし張り合いはしない。振り下ろされる力のままにそれを右下へ流すや、さらに自身は左へ身を入り込ませ、体の正面を相手の右側面に向けるよう向きを変えた。

 一瞬であるが、それだけでシュピオンの背後を取っていた短機関銃の射線は遮られる。

 刀を持つ腕を振り下ろした敵は、勢い余ってお辞儀をするようにつんのめった。重心が崩れた相手は、その手首を握るシュピオンがさらに九十度向きを変えた際の遠心力に負け、たたらを踏んだ。

 そこでシュピオンは相手の手首から手を離す。するとラリアットのごとく、すかさず敵の首元に右腕を差し入れ、その腕を前方に払い出した。

 敵はあられもなく背面から転がった。短機関銃を構えていた敵は、一緒に攻め込んだ仲間がよもや飛んでくるとは思っておらず、あえなくそれと激突した。

 シュピオンはいま繰り出した投げ技から間髪入れず、背後から襲いかかった二体へ回し蹴りを見舞う。続けてその回転のまま、明後日のほうへ流れるようになにかを投擲した。

(あれは!)

 神楽夜は闇のなかで閃く一本のクナイを見た。

 黄金の騎士相手に茫然自失となった時、騎士の腕に刺さったものと同じに見える。あの時は無我夢中であったゆえ疑問すら感じなかったが、いま思えば出どころのわからぬ助太刀であった。

 クナイは、物陰から狙っていた敵の左肩と、その手に握られた短機関銃の砲口とにそれぞれ命中した。あたかも一本であるかのように見せかけ、相手から見て死角となる位置にもう一本忍ばせていたのである。

 銃を失った敵はたちまち大太刀を抜き、シュピオンへ突撃する。倒れていたほかの黒いフォルクスもそれに追従した。

 五機がそれぞれ別の角度からシュピオンに斬りかかる。 

「ただ正面からぶつかる。それでは猪だ」

 その言葉を残し、シュピオンの姿が再び消える。

 的を見失った黒い一団は、互いの背を守り合って周囲を警戒しだす。

 シュピオンは彼らのまわりをぐるぐると目にも留まらぬ速さで駆け続け、

()をもって力を御す。人の身だからこそ至る技の極致。――覚えておけ、カグヤ・イヴ。そして見るがいい!」

 と威勢よく言い放つや、月輝く天空に姿を移した。

 すべての視線が、抜刀の構えを見せる彼に集まった時、五機のグスタフはなにかに縛り上げられるようにして、その場で背中を合わせた。

 理由は機体に刺さったクナイにあった。柄から伸びる細い鉄線が緊張を高め、月光に煌めいて正体を曝す。知らぬ間に十重二十重(とえはたえ)とまわされた鉄線(それ)が、敵を(から)め捕ったのである。

 シュピオンは、眼前で印を結ぶ左前腕の白い鞘から、横に刀を引き抜く。

無明(むみょう)を破するは我が刃!」

 神楽夜は男の口上を聞き、自身のそれとの近しさに吃驚(きっきょう)した。

 刀は月を映して輝きを増す。

 そして、

「モーントシャインッ・シュヴェーアトォォオ!!」

 男の咆哮とともに閃光が放たれた直後、遥か上空にいたはずのシュピオンの姿は地上にあった。

 横薙ぎに抜き放った刀をくるりと回して逆手に持ち、体の前で鞘に下げ入れる。納め終えると同時に両手で印を結んだ瞬間、その背後で、黒いフォルクスはまるでミキサーにかけられたように粉々になり、爆散した。

 窮地は脱した。燃え上がる炎を見た神楽夜は、体を起こそうと両手を地面についた。

 しかし、安堵する間もなく罪悪感が追いかけて来る。

「殺した……のか」

 自分を襲った彼らが何者かはわからないが、この様子では確実に死んだであろう。

 そんな神楽夜の態度に、

「やらなければ、やられていたのはお前のほうだ、カグヤ」

 と、シュピオンのなかで男は腕を組み、うなだれる神楽夜を見下ろした。

「そんな体たらくで不殺を信条とするだと? 笑わせる」

 続けてかようなことを言ってくる男に、神楽夜は苛立ちを覚えた。素性もわからぬ相手に、そこまで言われる謂れはない。が、言い返す言葉もまたなかった。

 神楽夜は歯がゆさにキッと男を睨み上げた。

「あんた、いったい!」

「アレス・ヴァールハイトだ。カグヤ・イヴ」

 湖でも思ったことであるが、神楽夜はこの男に覚えはない。

 アレスは、這いつくばる神楽夜に憐れみの視線を下ろし、続ける。

「お前は自覚していない」

「なにが」

「己の身勝手さをだ」

 アレスは被せるように言った。

「東京の時も、渓谷の時も、お前は思いつくままに行動した。違うか」

「それは……」

 言い淀む彼女に、

「ないとは言えまい。もしないと言うのなら、サクヤの痛みを、お前はどう受け止める」

 アレスは厳しく言い放つ。

「サクの、痛み……」

「そうだ。お前はこれまで一度たりとも、痛みを感じていなかっただろう!」

 アレスの言に神楽夜は息を呑んだ。

 ――あんただけでよかったんじゃないの、これ。

 あの時、確かに感じたはずであった。朔夜の心が傷つく音を。

「いや、私だって!」

 苦しんできた。どこにも自分の証がなく、突然養子だ弟だと言われて、あれよあれよと家族ができた。それで明日から、さもそうしてきたかのように家族然とすることなど、できようものか。

 けれど、もがいてきた。不器用にも、現在(いま)に己を見出そうと足掻(あが)いてきた。家族らしくなろうと、八年であるががむしゃらに生きてきた。

 しかし拭い去れないのだ。どうやっても自分には過去がない。そんな自分のやることなすことすべてが、嘘といわずしてなんというのか。

 そんな思いすら見越したように、

「人には心がある。お前も苦しんだと言うならば、もっと他人(ひと)を考えられるはずだ」

 アレスはそう言うと踵を返した。

 この男は、なにもわかっていない。そう思うからこそ、

「でも、サクは大丈夫って」

 と神楽夜は力なく弁明する。が、脳裏をかすめたのは、朔夜がしきりに右腕をさすっていたことであった。そしてそれが、ヨリーンアム渓谷でのマシューとの一戦で、右腕に一太刀受けたことと重なった。

 痛み。そう聞いて思い当たるのは、いまの戦いから突如感じるようになったそれだ。

 アレスの言う朔夜の痛みとは、ひとつの意味ではない。心の痛みだけでなく、戦いのなかで受けた痛みもまた含んでのことだ。

「それじゃ、サクは、ずっと耐えて……」

 黄金の騎士との一戦。マシュー・ゲッツェンとの二戦。それらでゼルクが受けた傷を朔夜がひとりで背負っていたとしたら。

 その辛さは、いましがた神楽夜も味わったところである。そうとは知らず、否、知ろうともせず、戦いに引き込んでいたのだから、身勝手以外のなにものでもない。

「どうして。言ってくれれば……!」

「だから、自分しか見えていないと言っている」

 アレスは嘆くように言った。

他人(ひと)を知れ、カグヤ。それが、己を知る早道となろう」

 そう背中で言うと、アレスは立ち去る素振りを見せた。だが、なにかに勘づいた様子ですぐに月を睨み、構えた。

「やはりな! 逃げろ、カグヤ!」

 アレスの叫びに反応が遅れた神楽夜は、目の前で起きた出来事を理解できず、ただ、

「え」

 と瞠目するしかなかった。



 つづく

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