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第四話「熱砂の邂逅」⑤

 盗賊の装備などたかが知れている。その見立てどおり、人売りの一団はすぐに捕捉できた。

 黒い旧型のカーゴフローターが七台、砂塵を巻き上げながら南下をはじめている。車種は統一されておらず、いかにも寄せ集めといった具合だ。なかにいる大事な商品を気遣ってか、速度は出ていない。

 片や、マシューらは全速力で黒い車列に突撃した。その鬼気迫る猛追ぶりを異常と感じたのだろう。車列の後方につけていた二台のカーゴフローターが速度を落とすと、後部ハッチを開け放ち、なかからグスタフが一機ずつ躍り出た。

 その全高八メートルほどの人型は、全身を土気色の防具で覆った巨大な兵士のようである。砂塵の流入を防ぐ目的で、肘や膝などの関節部にシーリングを施されているのだが、これが機械的な部位を隠すことになり、見た目から得る印象をより人間的なものへと近づけさせていた。

「ど、どうする気だ!」

 焦ったのはマシューである。指示したはいいが、どう制圧するかは聞かされていない。

「大丈夫だって! 真っすぐ真っすぐ!」

 九垓は、すでに三度は口にしたであろうその台詞を繰り返した。

 それに続き車内に突風が吹き込んだ。不安が最高潮に達したマシューは、額の汗を振り飛ばし、素早く首をねじって九垓の姿を確認した。

「って、お前! なにしてる!?」

 マシューから見て左斜め後方、外への扉が開けられ、あろうことか九垓が身を乗り出そうとしている。

 驚嘆するマシューとは裏腹に、九垓はとても楽しげだ。

「ハハ、人助けねぇ! こういう仕事も悪くない! 頼むぜぇ、兄貴。ビビッてとんずらしないでくれよ!」

 言って、なんとそのまま身を投げた。

「クガイ!」

(なんてこった!)

 マシューは減速しながら、モニターに車体の左側を映そうと手を伸ばした。その時だった。

「なんだ!?」

 緑の光が閃いたかと思いきや、車体の側面に猛烈な突風が叩きつけられ、マシューは車両を転倒させまいと必死に操縦桿を握った。

 次いで前方から、ガラクタの山に鉄球を落としたような、盛大にはじける金属音が轟く。慌ててそちらを見たマシューは呆気にとられた。

 賊のグスタフはすでに二機とも四散している。砂塵と破片が舞うその間に、こちらに背を向けて身を屈める一体のグスタフがいた。

(あれは)

 緑の配色が目立つその機体は、体の前で交差させた両腕をもとに戻しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 そこで、前腕の裏から伸びる丸い棒が目に留まった。それが肘のほうへ伸びるように素早く滑って移動して、はじめてマシューはトンファーらしいと気づいた。

 機体の古代中国の鎧を彷彿とさせる佇まいは、その武器も相まって、東洋の格闘家を思わせる。人体の輪郭を大きく損なわせない洗練された意匠は、いかにも兵器然とした無骨な敵とは違って見える。

 緑のグスタフはまぼろしのごとく姿を消すと、グスタフを放って空になった賊のカーゴフローターに瞬時に接近し、これを横転させた。

 そこからすかさず跳躍を一度挟み、その姿を陽光のなかに隠したのち、突如として車列前方を行く一台を踏み潰す。

 緑のグスタフは車体を踏み台にしてさらに跳躍する。車両に格納されていたグスタフは戦場に出る間もなく潰され、積んでいた車両もろとも、水上に跳ぶイルカのように宙を舞った。

 逆光を浴びながら身を翻す緑のグスタフ。そこへ賊のグスタフが放つ九十ミリ口径の弾丸が飛ぶ。

 最後の一機となった賊は砂の大地をしっかり踏みしめ、手にしたサブマシンガンを掃射した。ぼとぼとと砂上に散乱する薬莢に賊の焦りがにじむ。

 だが一発たりとて掠りはしない。軽やかに宙を舞う緑のグスタフは自身に向け飛来する銃弾を気にする様子もなく、上空で右膝を上げて、まるで功夫(カンフー)にある構えのように片足立ちの体勢を取った。

 膝まで伸びた脛当ての、その先端が左右に分かれて開く。現れ出た宝玉が青い輝きを発した時、それを目にしたマシューは驚嘆の声を上げずにはいられなかった。

「ネビュラ・クォーツだと!」

 世に出回るグスタフの原型と言われるアーキタイプ。<ネビュラ・クォーツ>は、それだけが持ち得る至宝である。宇宙が滅びるまで果てぬとされるエネルギーの結晶体は、マシューの目の前でいま、極限にまでその輝きを強めた。

 緑のグスタフは天上で叫ぶ。

「旋天瞬雷脚ッ!」

 マシューの耳に届いたその声は、昨晩から聞くようになったあの青年のものだった。

 青空に滑降する緑光の軌跡が走る。電光石火の蹴りは鋭角に、(いかづち)のごとく賊を捉えた。

 その一撃、まさに青天の霹靂(へきれき)というに相応しい。

 賊のグスタフは塵芥(ちりあくた)と化す理由を知ることなく、その身を砂漠に弾けさせた。

 蹴り抜けた緑のグスタフは、着地と同時に勢いあまって砂上を滑り、背後で爆散する敵の逆光を浴びながら止まると、その目を輝かせた。

 瞬く間に頼みの戦力を潰された賊は逃走の意思を砕かれた。さきを行っていた三台のカーゴフローターはいずれも停車し、数人の男たちが両手を上げ、降参の意を示して降りてきた。

 車列に追いついたマシューは運転席から、場を制した緑のグスタフを見上げた。と、その視線のさきで、誇らしげに両腰に手を当て、盗賊たちを見下ろしていた緑のグスタフはその身を激しく発光させた。放たれる緑の光は、九垓が飛び降りた時に発せられたものと同じ輝きである。

 マシューにはその時点で確信があった。

 光は徐々にしぼんで、投降した賊どもと同じくらいにまで縮んだ。そして現れた人物にマシューは、

「クガイ……」

 と、自身の確信が正しかったことをわずかな驚きを交え口にした。

 盗賊は目の前で起きたことをいまだ飲み込めずにいる。こんな餓鬼にやられたのか。風に吹かれる青年を見て、胸中にそう感想を抱くのがやっとである。

 しかしやや間を置くと、賊の男どもは信じられないといった(つら)から一転、その目に再び鋭さを宿した。そして示し合わせたわけでもないのに、手が一斉に、腰に隠した拳銃へ向かった。

 直後、これでもかというくらいの銃声が鳴り響く。

 だが、撃てども撃てども青年が倒れることはない。ついに撃ち尽くした男たちは、唖然として青年を見た。なかには尻もちをついて怯える者すらいた。

 青年の両腕には、いつしか鈍色(にびいろ)のトンファーが握られている。その足元の砂上には、いましがた放った無数の弾丸が転がっていた。

 この青年は、向けられた銃弾の雨をいとも容易く弾いた。

 信じがたい事実に恐れ(おのの)いた賊のひとりが、間抜けな鳥のような悲鳴をあげて逃げ出すなり、ほかの者らもそれに続いて散り散りとなった。

 すぐさま九垓は追いかける素振りを見せる。

 が、

「放っておけ」

 とマシューに制され動きを止めた。

「いいのかよ。楽勝だぜ?」

 九垓は肩をすくめ、ふざけた調子で抗議する。けれど、カーゴフローターから降り立ったマシューは取り合うことなく、

「それよりも荷台を確認しろ。賊の残りがいたら縛りあげておけ」

 と下知を発した。

「へいへーい」

 九垓はつまらなそうに唇を尖らせて、停車している盗賊のカーゴフローターへと足を向ける。それと同時に、両腕に青い炎が揺らめき、トンファーが跡形もなく消えた。

 その様子を目の当たりにしたマシューは、いよいよ問わずにはいられなくなった。

「おい、お前は」

 何者なのか。そこまで言わずとも意図を汲んだらしく、九垓は足を止め、

「言ったろ。格の違いを見せてやるって」

 と背中で答えた。

「人間がグスタフになるなど」

 (いぶか)るマシューに、九垓は体の右側を向けると、右足に青白い炎をまとって見せた。その炎のなかに、牙を剝き出しにして吼え盛る四つ足の獣が浮かび上がった。

「なんだ……? 虎、か?」

「シルフ・トーリス」

「なんだって?」

 突として九垓の口から出た意味不明な言葉に、マシューは眉をひそめた。

「だから、これの名前だって。こいつが出た時に聞こえたんだ。アービターがどうとか」

 九垓が口走った単語を聞いて、マシューは目を丸くした。

「アービターだと!?」

 マシューの吃驚(きっきょう)ぶりは鳩が豆鉄砲を食らったようである。一方の九垓は、口をあんぐりと開けて固まった彼を放って踵を返すや、そそくさとカーゴフローターの荷台へ向かった。その顔はやや面倒臭げである。

「待て待て待て!」

 無視するな、と肩を掴んでくるマシューに、九垓はその肩越しに怠そうな目をやった。

「お前! アービターって……繭の、あの!?」

 マシューは興奮の余り取り乱し、九垓の顔のすぐ横で叫んだ。通りのいい声だけに、声量に負けた九垓は鬱陶しそうに顔を離す。

「兄貴、うるさいうるさい。あっちさきに見んだろ?」

 九垓はカーゴフローターを指差すも、マシューの関心は帰ってこない。それどころか、なお一層昂(たか)ぶるばかりである。

 なぜ隠していた、どこで手に入れた、といったありがちな問いからはじまり、自身が知るアービターのなんたるかまで、のべつ幕なしに言い連ねた。もちろん、べらべらと語り散らすなかに、しれっとゲッツェン家の栄光を織り交ぜるのも忘れない。

 家柄を重んじる姿勢もここまで来ると頭が下がる。だがしかし、いまは仕事を片付けるのがさきだ。黙っているといつまでも終わりそうにない雇い主の話に、九垓はさすがに青筋を立てた。

 そして、マシューが仕舞いに「おいくらで売っていただけますか」と下出に出たところで、

「許せ」

 と、その首筋に手刀を見舞った。いつぞやの仕返しである。

 崩れ落ちる(あるじ)の体を抱き留めて、乗ってきたカーゴフローターへと運ぶ。そして改めて九垓は残された賊の車両に向かい、その荷台を解放した。

「おいおい、随分詰め込んだな」

 荷台はさまざまな衣服の人がすし詰め状態で、思わず顔を背けたくなる酸い(にお)いを放っていた。とはいえ、戦場に生きる九垓にとってはよく出会う臭いのひとつだ。さして気にしたふうもなく中へ踏み込むと、手前の女の目隠しと猿ぐつわを外し、縄を解いた。

 視界に溢れる外光に女は目を細め、怯えた。九垓は救助に来たことを努めて穏やかに告げ、連合のシンボルマークが入ったカーゴフローターを指差す。それを認めた女はようやく安堵の息を漏らした。

 女の着る薄茶色をした麻布の衣服は、さきほどの村人らも着ていたものだ。その女と手分けして、九垓は詰め込まれた人間たちの拘束を解いていった。

 すると、

「あ? 子供?」

 女ばかりかに思われた荷台にひとり、少年が混ざっていた。

 少年の拘束を女たちが解いていく。九垓がそれに見入っていると、突如背後から悲鳴があがった。

 九垓がはたと振り返れば、そこには銃を構えた女がふたり立っていた。人質に紛れた賊の残党であった。

 女盗賊ふたりが引き金にかけた指に力を入れる。それと同じ頃、九垓の背に立つ少年の目隠しがはらりと落ちた。

 まぶしさに目がくらんだ少年は、険しい顔でゆっくりと瞳を開く。徐々に慣れていくその視界に、盗賊をたちまち制圧し、陽光を浴びる男の背中が飛び込んだ。

「ちょろいねえ。――ん?」

 気絶させた賊を見下ろす九垓が、じっと向けられた視線に気づき振り返ると、女の陰に隠れるようにして、黒髪短髪の少年がしげしげとこちらを観察していた。

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