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第四話「熱砂の邂逅」③

 明朝。

 夜間の移動を自動操縦に任せ、西進し続けること八時間。マシューたちを乗せたカーゴフローターは、旧カザフスタンの国境をまたいでいた。

 車窓に流れる景色は、昨日から変わらず砂漠と空である。

 そこまでの道中、九垓は、備えつけの簡易営倉(軍における懲罰を課すための独房)に閉じ込められた。一畳ほどしかない窮屈なその空間はもっぱら備蓄庫同然に扱われ、営倉としての役割を果たす機会はほとんどないのだが、このたび晴れて任をまっとうしたことになる。

 大儀だったのは、そのためにわざわざ荷物出さねばならなかったことだ。これはもちろん、マシューがひとりでやった。

 ただ哀しいかな、それを含めても備蓄は不十分で、大半が使用期限をとっくの昔に過ぎたゴミと化していた。マシューが片付けを途中で諦めたのは語るまでもない。

 そんな雑多なゴミたちとともに朝を迎えた九垓は、解放されるなり凝り固まった首筋をほぐしながら、助手席にどさりと腰を下ろした。

「ほんとに追いつけんのか、兄貴?」

 九垓は操縦桿横のモニターを睨みつけるマシューに問うた。

 地図上の赤い点との距離は約五百キロにまで迫っている。どうやら赤い艦はどこかに停泊し、一夜を明かしたらしい。

(代えの操舵士はいないということか)

 マシューは画面から顔を引き戻すと鼻を鳴らした。

「当たり前だ。このマシュー・ゲッツェンの見立てに狂いはない」

 とは言うものの、実際は頓挫もいいところである。

 昨晩の「次こそは」と意気込んだ襲撃は失敗に終わり、助けた人間には食料の大半を食い尽くされ、いつ終わるともわからない追跡を続けている。これのどこが計画どおりというのか。

 それでもひとつ確かにいえることは、赤い艦の取る航路が、マシューの予測から大きく外れてはいないことだった。

 襲撃を受けた以上、赤い艦はすぐにでもその場を離れたいはずである。だが、ジャミング・タワーの近傍を通るような愚は冒すまい。黒柱が発するとされる妨害電波の影響をいかに受けにくいUCSといえど、その距離が近くなれば使い物にならなくなる。そうなると、操舵士による有視界飛行も難しい。計器類にもUCSは活用されているためだ。

 なにより襲撃時は夜半前だった。交代の操縦士がいなければ、移動は自動操縦に頼るに違いない。ならばなおさら、ジャミング・タワーを回避する航路を取ると予想がつく。

 ゆえに彼は昨夜、躊躇なくカーゴフローターの自動操縦を起動したのである。

 結果は知ってのとおり。さらに幸運だったのは、艦が泊まったらしいということだ。それは交代もいなければ自動操縦もない可能性を高め、こちらが一晩中移動に費やせる優位性を得たことになる。だとしても追いつくには、現状の速度差を鑑みれば、やはり、相手の艦に不測の事態でも起きない限り難しい話であった。

「お、やってるやってる」

 九垓がなにかを見つけた様子でそう言った。顔は進行方向に対して左に向けられている。

 自動操縦によって操縦桿を握る必要のないマシューは堂々とその視線を追った。

 視界の許す限り広がる砂の大地に、カーゴフローターと思しき黒い車列と、周辺を警戒しているらしき黄土色のグスタフが四機見える。よく目を凝らせば、車列のすぐそばにはわらわらと人の群れができていた。

 マシューはなにが行われているかすぐに見当がつき、

「人売りか」

 と言うと、見るのをやめて座席に背を預け直した。

「あいつら四機も」

 九垓は感心したふうに言いながら、しげしげと観察を続けた。その言を受けてマシューは、

「フォルクスの前の機種(やつ)だな。いったいどこから横流しされてるのか……」

 と地図が映ったモニターに再び顔を近づけた。

 盗賊が軍用のグスタフを所持するケースは、年々増加の傾向にあった。マシューの言にもあるように流通経路は定かではないが、反連合勢力との紛争が続く南アフリカ戦線からではないか、というのが通説である。

「そんなことより集落を探せ、集落を」

 マシューは少しばかりの苛立ちを覗かせた。

(間違いなくこの近くにあるはずだ)

 彼が画面を睨みながらそう考えるのは、人売りの一団がいたからである。

 盗賊どもは大所帯で行動しない。さきほど目にした車両のまわりにできた人だかりは、整理のため一度外に出されたものだ。さらってきた人間を需要がありそうな地域別に分けて運ぼうとしていたのである。彼らの行動理念から来るやり方だ。

 あの場所で選別をしていたということは、被害にあった集落が近くにある。

(せめて浄水器があればな……)

 マシューは心中で嘆息した。

 昨晩のことだ。渇きに耐えかね、いざ貯水タンクのひとつを開けたが最後、漂うかび臭さにマシューは顔を青くした。

 備蓄の水が腐っていたのである。

 死活問題であった。このカーゴフローターに浄水設備はない。おまけにいまは、もうひとり人員がいる。どこかで水を分けてもらわねば立ち行かなくなるのは必至だ。

(本当に役に立つのか?)

 マシューはいまさらながら、九垓の同行を許した自分を愚かに思った。

 夜の間、この青年を営倉にぶち込んだのは、いうまでもなく信用していなかったからである。九垓は自らを傭兵と明かしたが、この近辺には傭兵紛いの盗賊がわんさかといる。さきほどの人売りの一団も似たようなものだ。

 彼らと九垓を見分ける術はない。ゆえに問いが飛ぶのは必然であった。

「どこにいたんだ?」

 マシューは横目で九垓に()いた。

「え? だから、あっちに四機」

「違う。傭兵と言っていただろう。どこの戦場にいたんだ?」

「ああ、そういうこと」

 九垓は質問を取り違えていたことに納得すると、

「長かったのは南アフリカだな。それまでは転々と……。こう見えて、ガキん頃からPMCにいたんだ。どうしても信用できないってなら、さっきの盗賊、俺ひとりで片づけて見せるぜ?」

 とマシューに挑発的な笑顔を向けた。しかしその目には、この青年が確かに戦場を生き抜いてきたと感じさせる、機械じみた光のない鋭さが宿っている。ちなみにPMCとは、民間軍事会社の略称だ。

(なるほど)

 口だけではないらしい。同じ戦場に生きる者だからこそ、特有の臭いのようなものをマシューは嗅ぎ取った。

「構ってられるか。いまは水を調達する。だいたいな、雇い主にばかり探させるとはどういう了見だ」

「へいへい、探します探します」

 九垓は心ならずも窓の外へ顔を向け、

「そういや、兄貴っていくつよ?」

 またとりとめもない話を振った。

「いいから探せ。干からびたくなければな」

 マシューは九垓とは反対側、車両の右側の景色を観察したまま返す。

 だが九垓に懲りた様子はない。

「奥さん可愛い?」

「だああ! 歳は二十五、嫁はいない、見ればわかるだろう!」

「わかんねぇよ」

 九垓は半笑いで呆れ顔をねじ向けた。そして、

「やっぱ俺と大差ないか。しっかし、すげぇなあ。基地司令なんてさ」

 と続ける。

(うっ)

 マシューはどきりとした。

 昨晩、自身に課せられた任務について話をした時、ついつい見栄を張ってしまったのである。降格され、すでに司令の身分にはないにもかかわらず、「基地司令として襲撃者を追わねばならん」などと口を滑らせてしまった。舐められまいとする自尊心がうずいた結果だった。

「あ、ああ、そうとも。私は光のゲッツェンことヴェルナー・ゲッツェンが嫡男、マシュー・ゲッツェンだからな。当然だ」

 取り繕うさまは実に痛々しいが、九垓はその言を信じて疑わない。

「でも、連合も人使いが荒くなったもんだ。司令をたったひとりで追撃に出すんだもんな」

 こんな具合に、取り方によってはわかっていじっているふうに聞こえる言も、決してそこに深い意図はない。

 しかし、

(いっ)

 マシューには小針でちくちくと突かれるような痛さがあった。

 さて、どうしたものか。勢いで吐いてしまった嘘だったが、このままではさらに泥の上塗りになってしまう。

(ゲッツェン家の私が……!)

 マシューのなかでは、家名を貶めたことへの良心の呵責が、自尊心と激しく火花を散らしはじめていた。

 そんなマシューをよそに九垓は、

「あ、思い出した!」

 と、なにやら納得した様子で手を打った。

「……なんだ」

「ゲッツェン! そうだそうだ。どっかで聞いたと思ってたんだ。プラハの英雄だろ? 二十年前の、黄金の繭を撃退したっていう――」

 そこで、九垓は瞬きほどの思案を挟み、

「あれ、でも、確か戦死したって……」

 と自信なげに言った。

 いつの間にかマシューは操縦桿を握り、手動で運転をはじめていた。その顔は気落ちして見える。

(ありゃ)

「……わりぃ、兄貴。あ、集落。集落、探すわ」

 さすがに踏み込み過ぎた。九垓は改めて己の役目をまっとうすべく、視線を外に向けた。

 その背に、

「そのとおりだ」

 と声がかかり、九垓は再びマシューを見た。

「私の父は二十年前に繭を討滅して、その使命を果たした。それ以来、私は十年ほど前まで遠縁の家で厄介になった」

 マシューは落ち着いた調子で言った。

「遠縁? 母親は?」

「私が三つか四つの時に出て行ったきりだ。だから私は兄弟も――いない」

 九垓は、含むところがあるような間が気になったが、それは回顧から来るものだと理解した。

「へえ。じゃ、俺と一緒で天涯孤独か。運命だねえ」

「たわけ。水を求めて砂漠を駆けずり回るなぞ、このマシュー・ゲッツェンの定めではないわ! それ、見えたぞ」

 と、マシューが顎で示したさきには、土気色のレンガで作られた四角い家々が建ち並んでいた。

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