第四話「熱砂の邂逅」②
大型トラックを前後に大きくしたようななりの<カーゴフローター>であるが、おおまかな造りもそれとほとんど変わらない。
ただ、軍用となると外側を分厚い装甲で覆うため、外観は砲台のない戦車のようである。カーゴの名のとおり後方が格納庫となっている分、戦車よりはるかにうしろが長い造りをしている。
運転席はトラックでいうところの<キャブ>にあたる前方部分の箱にあり、そこには運転席のほかに五つの座席が左右の壁沿いに配置されている。その車中は、横に広く座席が少ないバスのなか、といった印象だ。
いま、その真ん中に立つマシュー・ゲッツェンは、目の前に広がる信じがたい光景に顔を引きつらせていた。
筋肉質だが細身の青年の、いったいどこに収まったというのか。カーゴフローターに積まれていた七日分の食料は、その半分がものの数分で消え失せた。
無惨に散らばった空の使い捨て容器に囲まれて、車内の床に胡坐をかいた青年は、
「いやあ、満腹満腹! 助かったぜ、兄貴!」
と屈託のない笑顔を向けてくる。
(あ、兄貴……)
見事な食いっぷりに言葉も出ない。
カーゴフローターの下から引きずり出した青年は、どうやら行き倒れたらしかった。となれば、弱きを守るのが連合軍人の務め。マシューは亡き父の教えを忠実に守り、追撃にはやる気持ちを抑えて救助にあたったわけである。
驚くべきは、一食程度なら、と分け与えたが最後、青年の手の止まらぬこと止まらぬこと。
(これを、ひとりで……)
マシューは呆然とするしかなかった。
よもやこのまま平らげるのではという戦慄が杞憂に終わったまではいい。だがこのような現状にあっては、あのアーキタイプを追うことはままならない。
なにしろ食料が足りないのだ。
赤い艦の追撃に二日はかからないという自身の判断がいかに慢心であったことか。おまけに、受領したカーゴフローターは備品の整備が不十分で、食料は標準で備蓄される半分もないときた。水に至っては節約して三日持つかどうかである。
その事実に気づいたのは、この青年に食料を恵もうと備蓄庫に行った時であった。それでも分け与えたのは、ひとえに、彼が連合軍人としての誇りを重んじたからにほかならない。
が、誇りで飯は食えない。
(ええい、あのサムライに会ってからろくなことがない!)
マシューは操縦席で頭を抱えた。そのどんよりとした背中に、
「兄貴ー?」
と青年が訝しげに声をかけても、マシューには応じる気力すらない。
うなだれ、黙然としたままでいる兄貴を青年は余計に心配したようだ。立ち上がって歩み寄るなり、
「大丈夫か、兄貴? 具合悪いんなら休んだほうがいいぜ?」
と、わざわざ下から覗き込むようにして、マシューの視界の隅に入ってきた。
それを一瞥すれば、どうにも青年の目に邪気は感じられない。それに助けた手前、ここで放り出すのは気が引ける。なにより家名が許すまい。が、マシューにとって、いまはあの赤い艦を追うことこそ先決であった。
(父よ、義理は果たしました!)
マシューはがばと立ち上がり、何事かと呆ける青年の首根っこをむんずと掴むや、外へと通ずるドアまで引きずった。
そして、
「許せ」
なんとも無慈悲なひと言をもって、青年を外へ放り出した。
「わ! 待ってくれ兄貴ィ!」
尻もちをつきながら青年は乞う。
夜の砂漠は、日中の暑さからは想像もできないくらい冷える。青年は見たところ、荷物は革でできた大きい巾着袋ひとつで、砂漠越えの装備はないらしい。衣服も、下は濃い緑の迷彩柄をしたたっつけ袴のようで、上は白い漢服に似た身なりである。砂漠のど真ん中にいる格好としては軽装すぎる。
されども、
「私には、果たさねばならぬ大儀があるのだ」
マシューはいかにも断腸の思いといった様子で瞼を閉じ、自分に言い聞かせるようにそう告げた。今生の別れである。
「待ってくれって! まだ礼をしてない!」
青年はなおも食い下がる。
(律儀な男だ)
思いながら、マシューはくるりと背を向けた。出会ってわずか数十分では胸に迫るものなど当然ない。まさに血も涙もなく、
「達者でな、青年」
と背中で語るなりドアを閉め、同時に鍵をかけ、マシューは一目散に運転席についた。
エンジンの始動に呼応して様々なモニターや計器類が起動する。操縦桿の左脇の画面には、車体の左側の様子が表示されており、扉を叩く青年の姿が痛ましく映っていた。
マシューは心を鬼にして画面下のスイッチを押した。すると映像が切り替わり、ユーラシア大陸中央の砂漠地帯を拡大した地図が表示された。ちょうど神楽夜たちがいたヨリーンアム渓谷のあたりである。
その地図上では、明滅する赤い点が西へ移動していた。
(このマシュー・ゲッツェンの目から逃れられると思うな!)
思い切りアクセルを踏み込んだ。
彼は<サムライ>との戦闘になる前、投降を呼びかけながら、赤い艦に発信機を取りつけていたのである。
それは、地球連合が独自に開発した通信規格<ユニファイド・コミュニケーション・システム(略称UCS)>によって相互の位置関係を測るものだが、ジャミング・タワーの影響で、距離が遠くなるほどその精度は下がる仕様だ。
おまけに、航行速度は圧倒的に向こうが上。振り切られる前に追いつかねばならなかった。
(オートに切り替えるか)
自動操縦は、連合内で使用されている車両のほか、航空機の一部にも導入が進んでいる。しかしその普及率は、車両よりも航空機のほうが劣勢である。地表よりも上空のほうが、ジャミング・タワーが発するとされる妨害電波の影響が強いためだ。
いまでこそ人が空を行くのは当たり前の光景になったが、それも、連合がUCSを確立させてからのことである。
いかなマシュー・ゲッツェンといえど人の子には変わりない。移動時間を睡眠にあてるべく、操縦桿に挟まれた操作盤に手を伸ばし、自動操縦へ切り替えようとした。
その時だった。
視界の左端に動くものを感じた彼は、そちらを向くと同時にぎょっとして目を剥いた。
(なにィ!?)
車体前方に位置する操縦席は、前と左右の三方を見渡せる防弾ガラス仕様である。そのガラスに、さきほどの青年が必死の形相でへばりついていた。
マシューはたまげて、自分の正面にある速度計と青年とを交互に見た。まだ最高速度に達してはいないが、すでに時速百五十キロは出ている。
(なんなんだ!)
速度を緩やかに落としてカーゴフローターを停車させ、再び視線を向けた時にはもう青年の姿はそこにはない。
慌てて外へ飛び出たマシューはあたりを見回すが、やはりどこにも見当たらない。
(落ちたか)
さすがに落ちただろう。いくらなんでも冗談が過ぎる。
悪い夢だった、と引き返すマシューだったが、突然その足首がぐいと掴まれ、
「ひぇあ!」
と、なんとも情けない声をあげて飛び退いてしまった。
「兄貴ィ……」
もう離さないといわんばかりにすり寄り、抱き着いてくる青年を、
「私は貴様の兄貴でもなければ、兄弟もいないわ!」
とマシューはやじり倒した。
それでも青年はめげない。マシューの片足に組みついたまま懇願した。
「礼を、飯の礼をさせてくれぇ」
「いい! いいから! もういいから!」
振りほどこうにも、万力のごとく締めつけてくる青年の力は尋常ではない。結局、最後はマシューが折れた。
「わかった。もう、好きにしてくれ……」
「よっしゃ!」
青年はマシューの足を開放した途端、カエルのように跳び上がって砂漠に立った。
「俺はクガイ・リー。傭兵だ」
(傭兵?)
こんな行き倒れるような奴がか。
まぶしいくらいの笑顔で九垓は握手を求めてくる。疑念ばかりが先行して反応が遅れるマシューの手を、九垓は自ら掴みにいって上下に揺すった。
「兄貴、あんたはついてるよ」
「疫病神にか?」
「なに言ってんだ。この俺を雇えるんだぜ? 戦闘なら兄貴は指示だけしてくれればいい。負けはありえない。なんなら雑用だってこなす。飯分……そうだな、二日分か。きっちり働かせてもらうから、安心しなって!」
九垓は両腰に手をあて胸を張って見せる。
根拠の見えない自信がマシューには痛々しい。本当に連れて行いくべきか。明らかに三日分以上食っていることは、いまは言うまい。
(食い扶持がかさむだけか)
腕を組んで熟考するその背に、
「兄貴、なにやってんの?」
と、さも当たり前かのように車内へ戻ろうとする九垓が言った。
「ええい、ままよ!」
やけっぱちに叫ぶマシューの声は、虚しく夜天に吸い込まれていった。




