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第四話「熱砂の邂逅」①

 時はわずかに遡る。ゴビ砂漠にてマシューが新たな機体の支給を基地に申請し、領主のミルコゥ・コルネリース・ハウトマンへ連絡を取ったあとのことである。

「――ええ、そうです。アーキタイプだった、と」

 深い茶色の執務机に肘をつき、顔の前で手を組んだ英国紳士かぶれの男は、目の前に浮かんだ四角い映像に向かってマシューの報告を繰り返した。

 彼は背にしたガラス張りの壁から後光を浴び、目尻にしわを寄せている。そのとおり、ハウトマンは愉快でたまらなかった。

 独断専行をする傾向が強いあまり、長らく悩みの種であったマシュー・ゲッツェンを外に追いやることができ、あまつさえ、彼の後見人であるケイン・アルカンがこうして困惑するさまを直に見られたのだ。目の上の(こぶ)も今日ばかりは小さく感じられるというもの。

「それで司令の任まで解いたのかね?」

 若年には出せない深みのある声色で、映像のなかの老人は問うた。

 その者の名は、ケイン・アルカン。ブロンドが残る白髪をうしろに撫でつけ、口元にはたっぷりとした雲のような白髭を蓄えている。一見すれば好々爺然としたその老人であるが、頬はこけ、年齢相応にしわだらけである一方、眼光だけは依然鋭さを保ったままだ。

 ユーラシア大陸の西部を中心に、連合内でもっとも広大な領地を持つこの男こそ、地球の実質的支配者といえる。見た目どおりの温和な人柄を慕う者は多いが、波風を立てない彼のやり方をハウトマンは好いていなかった。

 そんなアルカンがいましがたハウトマンへ向けた言葉には、まさにいま砂漠を彷徨(さまよ)っているだろうマシューへの憂慮と、そこまでする必要があったのかと(ただ)す意図が含まれている。

 それを正しく受け取ったハウトマンは一瞬思案した。アルカンが眉唾なアーキタイプの発見よりもマシューの身を案じるのならば、あの若造をもうしばらく手駒にしておくべきだったか、と。

「襲撃の事後処理も疎かに、単独で追撃に出たのですよ? おかげで基地は混乱状態。場を収めるには致し方なかった。亡き盟友のご子息ゆえ、温情を抱くのもわかりますがね」

 ハウトマンの口振りは「これでは推挙した者の責任が問われかねない」と言いたげだ。それをアルカンは察し、渋い顔つきのまま顎髭をもしゃもしゃと撫でた。

 片や、ハウトマンは黒い革張りの椅子に深々と身を預ける。

 椅子は彼の特注品だ。アルカンが座した椅子によく似ているのは偶然ではない。本物に腰掛けるための、彼なりの心の準備であるが、無論、そんな予定は露ほどもない。

 ハウトマンはひじ掛けに指を這わせて本物を想像しながら、

「ご存知でしょう?」

 と椅子を回転させ、ガラス張りの向こうに広がる東シナ海を正面に捉える。そして、

「日本が外に(つか)いを出した。ただの観光ではない」

 そう嬉々として言った。

「あの国には手を出さんほうがいい」

 対するアルカンは諭すように言うが、

「恐らくは予兆だ。関係が切れる、ね」

 と、ハウトマンは居直ることなく続ける。その姿勢に不吉なものを感じたアルカンはわずかに身を前に出した。

「ミルコゥ。月を敵にまわすことだけは避けねばならん。なにより市民は戦争なぞ望んでおらん。大戦から百年が過ぎたのだ。いまさら火種を作ってくれるな」

(これだから日和見は)

 ハウトマンは胸中で嘆息した。現状を維持することに躍起なその心意がなにより嘆かわしい。

「行先は西側……さて、なにかな。飼い主に見放されたねずみが頼るのは」

 日本の方角を向いたまま、ハウトマンは脅かすつもりで言った。いつもの役者じみた物言いである。

 西側は、つまりアルカン領のことだ。ここでのねずみとは日本からの使者を暗喩したものだが、では、飼い主とは誰のことか。

「月が日本を手放すか。たとえそうであっても、軍は動かせん。市民は我々が思う以上に敏感で精強だ。戦争になれば、内側に敵を作ることになりかねんぞ」

 アルカンは、ハウトマンが日本攻略に熱を上げていることを知っている。そして、それが(やぶ)を突くことに他ならないことも。出てくるのが蛇というのはいささか楽観が過ぎる話で、最悪の場合、世界大戦へ発展する可能性が高いのである。

 そうであっても緊張を煽るハウトマンを力で抑えつけないのは、平和主義を掲げるアルカンらしいやり方だ。彼が大衆受けする理由にも通ずる。強引にではなく、対話を主軸として社会を形成する姿勢は、ハウトマンも尊敬するところである。が、

(それで釘を刺したつもりなのかね)

 地球全土統一、果てはレジデンスをも取り込む腹でいるハウトマンには、少々弱く映った。

(だから月の連中にいいようにやられるのさ)

 ねずみの飼い主――月の<白銀機関>は、百年前の大戦時に世界中を敵にまわした組織である。その戦況は、地球連合とレジデンスという世界を二分する勢力を相手取るという、誰が見ても実に馬鹿げたものであった。

 しかし当時、そんな月と唯一同盟を結んだ地球の国家があった。

 日本である。

 結果はいうまでもなく、圧倒的という言葉では足りない戦力差がありながら、白銀機関は勝利した。以降、日本は白銀機関が地球へ降り立つための要衝として機能し、機関が地球各地の遺跡群を占拠してからも、現在に至るまでその関係を続けている。

 そこで、ハウトマンはこう考える。

 ただの研究組織でしかなかった白銀機関が大戦に勝利できたのは、月面で手に入れたとされる<アーキタイプ・グスタフ>の恩恵が大きい。蜜月の仲にあった日本が、同盟関係の長期化に伴ってそれらの技術供与を受けた可能性は高い。日本が地球で孤立しながらも国の形を保てている理由はそこにあるはずだ、と。

 ただし、いずれも想像の域を出ない。白銀機関は組織の事情について、その多くを隠匿している。

 公にしていることをひとつ挙げるならば、機関が軍事力を持つのはあくまで自衛のためであり、地球連合およびレジデンスとは互いに不可侵を約束している、ということである。これは月面クレーター<グリマルディ>にて締結された<グリマルディ条約>にて明文化されている。白銀機関は月および占領した遺跡群での自治権は主張するものの、地球・レジデンス間の争いについては中立の立場を貫いているのだ。

 このように、白銀機関の詳細は知ることができない。しかし大戦は百年も前の話だ。すでに地球の領地確保が済んでいる月にとって、いまさら日本を抱えておく理由がハウトマンには見当がつかない。いくら窮地に加勢してくれた相手とはいえ、百年もの間おんぶにだっこでは、いよいよ愛想も尽きる頃合いであろう。

 そう睨んで数年、首を長くして待ち続けた機会がいま訪れている。ハウトマンとしてはこの機に、日本の併合政策を加速させるだけの口実を得たかった。

 そんな彼をアルカンは、

「いずれにせよ、こちらに害が及ばぬうちは放っておきたまえ。白銀機関の庇護下にあるうちは、あの国と事を構えても得はない。希望どおりゲッツェン中佐はこちらで預かる。アーキタイプの件は確証が得られるまで保留だ。それでいいな、ミルコゥ?」

 と制する。だが、心中では肝胆相(かんたんあい)()らす間柄にないことを悔いるばかりである。自分がもう少し、変人と揶揄されるこの男と距離を縮められていたのなら。いま頃は穏便な策でもって、世界を統一できていたかもしれない。

 しかし、そんなことはハウトマンにしてみればどうでもいいことだ。そして無論、アルカンの言に異存はない。マシューを突き返されることも危惧したがそれもなく、アーキタイプの件は宙に浮いたままであるし、これ以上ない返事であった。

「私も信じちゃいません。どうぞどうぞ」

 背もたれを向けたまま手振りで譲る動作をして見せるハウトマンに、アルカンは小さな嘆息交じりに頷き、

「すまんが、このあとは会議とヴォルファング社との昼食会がある。基地の復旧に支援が必要であれば、いつでも言ってくれたまえ。ではな」

 と、やや駆け足気味に通信を終わらせた。

 室内に静寂が戻ってくる。

 ハウトマンは不意に椅子から立ち上がると両腕を振り上げ、

「ああああ! ねずみは嫌いだ! あの尻尾、ミミズみたいじゃないか! それに、追い詰めたと思ったところで噛みついてくるのも嫌らしい! そのまま握りつぶしてやりたいくらいだ!」

 そう叫びながら拳を力強く握った。彼の脳内では、ねずみが口と肛門から内臓を弾けさせて果てる姿が想像されている。

 大戦が終わって百年あまり。沈黙を貫いてきた日本がついに動きを見せた。監視を怠らなかった甲斐があった。声高に振り上げた腕は、彼のありあまる歓喜を表現したものだった。

 喜びは音声だけでも伝わったのであろう。ハウトマン以外いないはずの室内に、

(たの)しそうで」

 と男の声がした。声は執務机からする。音声のみでどこかとつながっていた。

 ハウトマンは持ち上げた手を緩やかに下ろすと、それを腰のうしろで組み、海の向こうを眺めながら、

「実にな。私の在任中で本当によかった」

 と落ち着いて返答した。

「おや、アルカン中将は放っておけとのことでしたが?」

 (あざけ)りを含んだ男の語調は、気心を知るからこその(たわむ)れがあった。ハウトマンもそれは承知で、

「カスの言うことだ、気にするな」

 と嘲笑で返した。

 せっかく時間を割いた男としては、そろそろ本題が気になるところである。

「こんな高尚な会議を拝聴させていただいて光栄ですが、ところで、私にどんな?」

 その要件を()いた。

 ハウトマンは背を向けたまま続ける。

「会食、だそうだ。暢気なものだと思わないかね。お互い、上が穏健すぎるのも考えものだ」

 男はそれだけで、彼が自分に連絡を寄こしてきたわけを察した。否、連絡があった時点で薄々感じてはいたのだが、ここで確証を得た。

「ええ、贅沢なことで。私のような下々の者には、先日いただいた葉巻ですら最高の贅沢ですよ。ご褒美にしようとまだ取っておいているくらいです」

「賢明だ」

 ハウトマンは席に戻ると執務机に向いた。

「もうすぐその時がくる。それどころかボーナスでローンも完済できるだろう。赤い宝船が見つかれば、だがね」

 見当がついているであろうに、わざと下手に遠回りするハウトマンに、そこまで聞いた男はくつくつと笑いを噛み殺した。ハウトマンは、よほどアルカンへの仕返しが痛快であったらしい。実に上機嫌である。

 そう、ハウトマンはいま話をしている男が属する軍需企業――ヴォルファング社が、赤い(ふね)の件に一枚噛んでいると当たりをつけている。

「お調べしましょう。社に戻ってからになりますが」

 記録され、言質(げんち)を取られる危険性を男は排除しない。だからこの場での明言は避けたわけだが、ハウトマンにはそれだけで充分だった。

「では我々も会食というのはどうかな? 久しぶりに」

 直接会ってであれば問題ないのだろうと思い、ハウトマンは誘いをかける。

 通話相手の男は勘案する間を置いたあと、

「――いいでしょう。ただ、すぐは難しいですね」

 と言葉を濁した。

 繁忙期でもないのにらしくない。男は先日の誘いには飛んできたのだ。

「珍しい。戦時でもないのに武器屋が忙しいとは」

(やはり日本絡みか?)

 ハウトマンは男の言動とマシューの報告との間に符合めいたものを感じ取った。単に日本への執着がそうさせるわけではない。マシューが見たというアーキタイプの出現や日本が不穏な動きをはじめた時期が妙に重なったためである。

「実は宇宙におりまして」

 男はすぐに行けぬ理由を口にした。

「宇宙?」

 食い気味に反復したハウトマンは、ますます己の予感が現実味を帯びた気がし、

「明日の夜であれば伺えます。きっと面白い話ができますよ」

 と、悪魔のささやきにも聞こえる男の返答に、密かに口端を吊り上げるのだった。



 第四話「熱砂の邂逅(かいこう)




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