第三話「ヒトならざる者」⑦
戦闘が行われたヨリーンアム渓谷から十キロほど東へ進んださきで、マシューは中破した自機を着陸させた。傍らには、カモフラージュを目的に黄土色のシートが被せられたカーゴフローターが停車している。基地から届けられたものだ。
マシューは片膝をついた駐機姿勢を機体に取らせると、コクピットハッチを開き、夜の砂漠へ降り立った。そしてパイロットスーツのヘルメットを乱暴に脱ぎ去ると、
「一度ならず二度までも……!」
と不満をぶちまけた。
(この私の顔に泥を塗るとは!)
これまで剣術で敗れたことがないマシューには受け入れがたい現実であった。
敗れたとはいえ生きているのは、相手の力量が未熟であったためだ。マシューはそう考えた。現に相手の挙動は見えていたのだから、実力で負けたわけではない。
(下手な小細工をしよって!)
二度干戈を交えて、マシューはその攻撃手法を素直だと評していた。だから前回と同じ技を繰り出すと踏み、奇策への対応が遅れた。
相手のほうが上手であったといわざるを得ないが、それを認められないのがマシュー・ゲッツェンである。
彼は自機を見上げた。
機体の手にあたる部分を一般的に<マニピュレーター>と呼称するが、そこはマシン全体でも繊細な部位になる。それを綺麗に切り捨てられたからには、修復に時間がかかるのは明らかであった。
もともとグスタフは作業用重機として開発がはじまったものである。いまでこそ人間と同じ五本指の手が設けられているが、最初期の型は蟹ばさみのようなクロー・アームが主流であった。
それが宇宙開拓期における宇宙コロニー建造(現在ではレジデンスと呼ばれている)で大規模な発展を遂げたわけであるが、計画当初に携わった職人には機械の制御に疎い者が多く、ましてや宇宙空間での仕事など経験したことがない者ばかりであった。
その当時の操作方法といえば、二本の操縦桿とフットペダルを中心とした様式が多かった。レジデンスの建造に使う資材は、あらかじめ組み上げた大きな部品単位で宇宙へ送ることがほとんどであったが、組み立てに繊細さが求められる場面も多く、その操縦様式では、職人らの技術を存分に生かすことができない状況があった。
そこで、人間の動作を直に反映する操作システムが提唱されたのである。
<プロト・リンケージ・システム>。それがそのシステムの名称だ。ゼルクに搭載されている操縦様式はこれになる。グスタフの軍事転用が積極的に進んだのも、この仕組みが世に出たあたりからである。
開発が進んだ現在では頭の「プロト」が取れ<リンケージ・システム>と呼ばれている。はじめは前腕のみであったそれも、次第に足、首と適用範囲を広げていき、いまでは操縦者の精神を機体に転写して操作するまで発展を遂げた。しかし、この技術はレジデンスと月のみが保有しており、連合はいまだマシューのように操縦桿で操作する場合がほとんどである。
マニピュレーターに話を戻すと、繊細さの理由は人間的な動きを再現するためである。操作感に自身と一体化したような感覚が求められる機体の場合、そこに現実の自分と乖離があれば、操縦者は当然、違和感を覚える。
手があるのはそうしたストレスを極力解消するための措置であり、グスタフが人型を取っていることが多い理由もそこにある。無論、そのような同期が不要であれば、グスタフの形態は多岐にわたる。
手は人間の叡智を具現化する。その再現のために、機体のなかでも高精細な部品で固められているのがマニピュレーターなのである。それで殴ろうなどとは、マシューには狂気の沙汰に思えてしかたがない。
マシューは損傷部位の確認を済ませると、深々とため息を漏らした。
手首からさきが綺麗にない。基地に予備のパーツはあるだけ出すよう指示したが、さすがにマニピュレーターはないだろう。
そう思い、カーゴフローターの格納庫へ踵を返した時だった。車体の下のわずかな隙間から突き出た二本の足を見て、マシューは腰を抜かすほど驚いた。
「んわっ!?」
(死んでる!)
足は膝から下だけが確認できる。迷彩柄のズボンを履いて、丈は七分くらいで、あまり日に焼けていない足首が覗いている。履物は靴ではなく、足袋に草履のような不思議な恰好で、つま先を上に向けていた。どうやら仰向けで倒れているらしい。
「お、おい」
マシューは近づいて恐る恐る声をかけた。だが反応はない。
砂に顔を押しつけるくらいに身を屈め、どうなっているか覗き込んでも、夜である。暗くて仔細はわからない。
仕方なく引っ張りだそうと足首を掴んだ。まだ温かい。車体の下からそろりそろりと引きずり出すと、
「……め、し」
と、緑を基調とした東洋風の身なりで、額に赤いバンダナを巻いた、二十代くらいの男はそう言った。
一方その頃、マシューが去ったことで戦闘の緊張が解け、神楽夜が安堵の息を漏らした時である。
「――ァァァアアアア!」
突如として朔夜が吼えるように叫びだした。
「どうしたの、サク!?」
叫び声は途切れることなく続く。
次第に神楽夜にも異変が現れはじめた。右腕が小刻みに震えだし、制御ができない。逆の手で押さえるも、震えはどんどん強まる一方である。
「な、んだ!」
震えているのは神楽夜の腕ではない。ゼルクだ。
右籠手に収められた<ネビュラ・クォーツ>の輝きが激しい。目が眩むほど青く発光し、神楽夜は焦燥感に駆られるあまり慌てふためいた。
「サクっ!」
弟の叫びは止まない。その声はだんだんと音階を高めていき、耳をつんざく金切り音に達して、突然、テレビの電源を消すかのようにぷつりと切れた。
同時にコクピットが闇に包まれる。
神楽夜はそのなかで、膝から崩れ落ちるゼルクの衝撃を全身にもろに受け、短い悲鳴をあげた。
つづく




