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第三話「ヒトならざる者」⑤

 一方、修理を終え、神楽夜たちの不在を知ったシーカーの焦りようといえば、それはもうひどいものであった。

 ブリッジに隣接する調理室は空、船内にある客室も空、トイレも格納庫も空で、しかしゼルクは置かれたまま。外に出たかと確信して、ライト片手に探しに出たのはいいものの、ヴェントゥスを一周しても姉弟の姿は見当たらず。

「どこ行った……!」

 シーカーは(たま)らず鬱憤(うっぷん)を吐き出した。

 砂漠は盗賊の住処だ。金品、人身を問わず、奴らの狙いに限りはない。特にこのあたりはやつらの根城である可能性が高い。

 シーカーの脳内では、すでに逃げる算段がはじまっていた。

(参ったね、こりゃ)

 船内へ引き返そうと踵を返したその時。

 谷底の闇を裂く強い光が浴びせられ、シーカーは腰に備えていた銃を抜きながら船体の影に身を隠した。

 調子の悪そうなホバーバイクのエンジン音が近づいてくる。と、光のなかに人影が跳び出した。

「シーカー!」

 聞き覚えのある娘の声だった。逆光を背に駆け寄るその人物に、シーカーは苛立ちをにじませた。

「なにも言わず遠くに行くんじゃない」

 しかし神楽夜は詫びのひとつもないまま、

「説明はあとでするから! あの人たちを乗せてほしい!」

 とホバーバイクを示してくる。

 エンジンが切られ、静寂が取り戻された谷底に、ぐったりとした人間をひとり抱えた西部劇ふうの男が立っている。その横には朔夜の姿もあった。

(あの恰好)

 シーカーは身なりだけで直感した。

「てめぇ、カウボーイか!」

「カウボーイ?」

 銃を向けられたジックは眉間のしわを深くする。

 これまでしてきたことを顧みれば、自分に銃が向くのは仕方のないことと思えたが、連合が勝手につけたそんな呼称に、当然覚えがあるはずはない。

 神楽夜はシーカーの構える銃を手でそらした。

「いますぐ手当てがいる。お願い」

 真剣なまなざしに、シーカーはカウボーイの抱える人物に目をやった。見定めようとする鋭い視線が次第に疑念を孕みはじめ、やがて、どこか確信を抱いた様子で閉じられる。

 シーカーは黙して踵を返し、

「うちはタクシーでもなければ、ましてや病院でもない。どこで放り出されても文句はなしだ」

 言ったそばから艦へ戻りはじめたその背中に、

「感謝する。あー」

 ジックは謝意を伝えようとしたが、名前を知らない。

「シーカーだ」

 彼は背中で答えた。

「シーカー。ありがとう。俺は」

「名前なんざあとでいい。さっさと乗りな、カウボーイ。もうここを出る」

 昼間のシーカーとは違う尖った雰囲気に、神楽夜と朔夜は顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。


 アルマを客室のベッドに横たえ、ジックは連合軍からくすねたバックパックのなかから、水筒やら薬瓶やらを取り出し、床に並べた。あせ気味の深い緑色をしたバックパックは随分と使い古され、ほつれや穴が目立つ。

 神楽夜と朔夜は、ジックがアルマを介抱するさまを部屋の隅で見ていた。

 アルマは冷や汗がひどい。

 水は貴重だと、日本を出る時、最初に言われていた。シャワールームで使用する水も当然同じである。限りあるものだが、苦しむアルマが不憫でならず、

「水、汲んでこようか」

 と、神楽夜は提案した。

「あ、ああ。でも、いいのか?」

 ジックは少し驚いた顔を神楽夜に向けた。

「うん。サク、上行って、なんか食べられるもん持ってきて」

 弟は姉の言に快く頷くと上階の調理部屋へ向かい、続いて神楽夜も下階のシャワールームへ行くため部屋を出た。

 この艦<ヴェントゥス>の船内は全部で三層になっている。上からブリッジ、次にいま神楽夜たちのいる客室層、そして格納庫へ通じる通路である。通路はシャワールームとトイレにも通じているが、すべてひとつで共用だ。

「……悪い」

 いなくなった姉弟に、ジックはぽつりと感謝を捧げた。

 床に並べた薬瓶のうちひとつを取り、錠剤を三粒、手のひらに出す。

(これで、最後か)

 瓶底をいくら覗いても残りはない。水も残りわずかだ。ジックはアルマに不安を感じさせないよう努めながら、

「アルマ、薬だ。飲めるか?」

 と彼女の前に差し出した。

 アルマは険しい顔つきのままこくこくと細かく頷きを返すと、ベッドから上体を少しだけ起こして、薬を口に含む。その間も痙攣(けいれん)するように体を揺らし、苦しげに短い呼吸を続けた。

 飲み終えたアルマは力なくベッドに身をゆだねると、

「駄目、だよ? 艦、盗っちゃ」

 居た堪れない顔で夫に念押しした。そこは夫婦。夫が妙な言動で姉弟を連れまわすのを見て、薄々と勘づいたことだった。

 ジックは痛々しい妻の姿を目にし、押し寄せる感情の波を必死に押し留め、

「わかってる。どこか、診てもらえるところ探そう。な?」

 そう柔らかく言った。

 それにアルマは満足そうに頷いた。

 後悔がないかといえば、嘘になる。自分が彼女の手を取りさえしなければ、彼女がこんなに苦しむことはなかったのかもしれない。そんな悔恨の念は、毎夜ジックを苦しめた。そのたびに彼は、己がひどく身勝手な生き物に思えてならなかった。

 こうして誰に知られることもなく、ふたりがいた証すら残すことなく、消えていく。その虚しさに、ジックは力なく(こうべ)を垂れるしかない。

(ごめん。ごめんな、アルマ……)

 アルマの手のひらがジックの頭に伸びた。慙愧(ざんき)に歪んだ夫の顔がゆっくりと持ち上がるのを、アルマは慈しみをもって見つめた。

「いいんだよ、これで。これで、いいの」

 愛しげに頭を撫でながらも、顔は、汗で髪が額や頬に張りつき、あまりに弱々しい。

「俺が、連れ出さなければ」

 ジックはただ己を責めた。

 その時、部屋の自動扉が横に滑るように開き、湯を張った洗面器を手にした神楽夜が戻ってきた。

 娘はベッド脇にある小さな机に洗面器を置くと、浸していたタオルを絞ってアルマの額の汗をぬぐおうとする。

「俺が、やる」

 夫はタオルを受け取り、顔や首筋、胸元や腕と、汗を拭いた。

「ありがとう……」

 消えそうな声で謝意を述べる妻に、ジックは奥歯を噛み締める。

 見て見ぬ振りをし続けた現実が近づいている。

 なにか残せないのか。アルマという人間がいた証を、なにか。自分の命が尽きてしまえば、彼女と駆けた日々がすべて意味のないものになる。そんな気が、彼にはする。

 タオルを握るジックの手が震えるのを見て、神楽夜はふたりきりにしようと部屋を去ろうとした。

「カグヤ、ちゃん」

 まさか呼び止められるとは思っておらず、神楽夜は面食らった表情でアルマに振り返った。

「わた、しは、人間じゃ……ないの」

 薄っすらと目を開け、ぎこちなく呼吸しながら、アルマは命の証明をはじめた。

「人間じゃ……」

 神楽夜はアルマの言葉を繰り返した。

「ずっと、施設で暮らし、てた。わたしは、実験で、作られて……そこから連れ、出してくれたのが、ジックだった」

 ジックはうつむき、アルマの言葉に耳を傾けている。

「楽しかった……。ふたりで、夜、抜け出して。ふたりで、ひたすら、東に逃げた。服を盗んで、食べ物も盗んで。たくさんの、人に……迷惑を、かけた。けどね――」

 アルマは脳裏に焼きついた遠いいつかを思い出していた。

 燃え上がる施設から、バギーで草原へ繰り出したあの夜を。追手に怯え、廃墟で肩を寄せ合って眠ったあの日々を。盗んだパンの味も、歩き回った足の痛みも、みんな昨日のことのように覚えている。そしてそのどれにも、最愛の夫の姿があった。

 三年間、誰に祝福されるでもなく自ら夫婦と名乗り、妻として生きたアルマ・ブレイズにとって、これ以上の幸せなどあるはずがなかった。たとえ、人の身勝手な欲から生みだされた、犬のような人生だったとしても。終わりにはこうして、手を握ってくれる人がいるのだから。

「わたし……生きたかったの。大事、だったから。ジックに、悲しんで欲しく、なかったから」

 彼女の呼吸が、緩やかに落ち着いていく。

「愛してる。ジック。ずっと――」

 それを最後に、アルマは静かになった。

「アルマ……」

 そう絞り出すのが、神楽夜にはやっとだった。

 ジックはアルマに手向ける言葉を探しているのか、手を握って目を閉じたまま動かない。彼まで死んだのではないかと思えるくらいである。

 神楽夜は身の置き場のなさに耐えかねて、シーカーを呼びに行こうと身を捻った。その矢先、

「眠っただけだ」

 と唐突にジックは告げた。

「え?」

 聞き返す神楽夜に、ジックは空の薬瓶を見せる。

「これは睡眠薬だ。これしか手に入らなかった」

「睡眠、薬……」

 神楽夜はなんだか騙されたような気分になったが、事切れたわけではないと知って安堵した。

 しかし、

「アルマさんは」

 そのことを知っているのか。神楽夜がそこまで()かずともジックは意図を汲んだ。

「もちろん、話してある」

 彼は薬瓶を床に置きながら、自身もベッドに背を預けて床に座ると、とつとつと語りはじめた。

「――ホムンクルスなんだ」

「ホムンクルス?」

「人工的に作られた人間。人造人間って、聞いたことないか?」

 ホムンクルスにしろ人造人間にしろ、神楽夜には聞き覚えのない単語であった。

 その語源はルネサンス期にまで(さかのぼ)る。錬金術師パラケルススがその製造に成功したという、フラスコ内に誕生した全知なる小人を指した言葉であるが、製造法はおよそ科学的ではなく、内容はオカルティズム溢れるものだ。

 それこそ当時はオカルト、いわゆる神秘主義的思考が人々の間に根差していて、科学的な視点とは別に、魔術や占星術といったオカルト方面から世界を知ろうとする動きがあった。

 金以外から金を精製する術として研究された錬金術もそのひとつであろう。現代では化学に取って代わられた錬金術だが、その思想、あるいはロマンとも形容できる思念はいまだ残っているのである。

「アルマは、連合のブレイズ研究所で作られたんだ」

 ジックは続けた。

「ブレイズ……」

 その名は彼ら夫婦の姓のはずである。理由は、彼の口からすぐに明らかになった。

「俺の両親は、連合で人間を造る研究をしていたらしい。その成果がアルマだ。まあ、その親も二十年前に死んだがな」

 彼はそこで一拍の間を置いた。

「この砂漠は、奴らの実験場なのさ。研究の材料に必要な人間の狩場。俺も孤児になった途端、連合の奴らがやって来て研究所とやらに連れて行かれたが、ひどいもんだった」

 ジックは連合の暗部を目にした際の衝撃を思い出し、眉をひそめた。

 新たな人類の創造は、悪化する地球環境への対策だけではない。宇宙の共同体<レジデンス>と事を構える未来も想定した計画である。

 だがそれは、命への冒涜ともいえるほど、非人道的な内容であった。女子供問わず砂漠に住む難民をさらっては、人体実験の素体とする。より強く、より賢い人類――否、人型のなにかを生み出すために。

 その研究に両親がかかわっていたこともそうだが、当時、年端も行かぬ子供であったジックには、両親が死んだそばから実験体として扱いだす周囲の人間たちこそ、唾棄すべき存在であったに違いない。

「俺は三つかそこらだったが、見てすぐに、これは悪行だと感じた。肌寒くて薄暗い室内に、人間の入った培養槽が立ち並んでるのを、いまでも覚えてる。俺も入れられると思ったんだが、奴らの狙いは両親が残した研究データのほうだったらしくてな。それが、俺の腹のなかにあったんだ」

 ジックは自身の腹部をさすった。

 神楽夜は返す言葉が浮かばず、顔をしかめるばかりである。

「実の子供を生きた記憶装置にするんだ。正気じゃないよな。でも感謝してる。じゃなきゃ、俺はアルマに出会えなかったんだから」

 ジックは寝息を立てる妻の頬をそっと撫でた。

「俺は用済みだったんだろうが、運よく生かされた。アルマと出会ったのは、ある実験の時だ。四、五年前か。この印が現れたのも、そのくらいだった」

 裾をまくって見せた左足に、青白く輝きながら浮き出る紋様がある。

「それは……」

「アービターの証だそうだ」

「アービター!?」

 よもやこここで出会うとは思わず、神楽夜は目を丸くした。

 炎のように猛り、長い尾をなびかせた鳥が優美に羽ばたくようなそれに、多くの者があの鳥を想起するに違いない。

 しかし神楽夜は、

「鳳凰……?」

 とつぶやいた。

「俺はフェニックスだと思ってたんだが、鳳凰っていうのか」

「ああ、いや。似てるなってだけ」

 ジックは「そうか」と返して裾を戻すと、

「別に入ってもいいんだぞ」

 と部屋の扉に向けて言った。

 少しの間を置いて部屋の自動扉が開き、木製トレイにホーローの赤い両手鍋を乗せた朔夜がおずおずと入室した。

「どこから聞いてた?」

 ジックの訊き方は責める調子でなく穏やかだ。それでも朔夜は申し訳なさそうに、

「ホムンクルスだって、とこから……」

 と答えた。

「同情してほしいとは思ってない。ただ――そうだな。知ってほしくなったんだ。俺が死ねば、アルマを覚えている奴がいなくなる。それが俺には、やりきれない。会ったばかりのお前たちに言うのも、おかしいとは思うけどな」

 自嘲気味に視線を落とす彼は非常にやつれて見えた。

「よかったら、これ」

 朔夜はトレイをベッド脇の机に置き、鍋の蓋を開けた。コンソメの食欲をそそる香りが広がる。

「スープがいいかなって。アルマさんにも」

 ジックは香りのもとをたどって顔を上げると、困ったように眉を寄せ、震える口を一文字に結んだ。そして床に放ってあった帽子を手に取ると、それを目深に被って再びうつむいた。

 くだらないかもしれないが、男の矜持(きょうじ)があったのである。他人の思いやりがこうも心にしみるものであることを、この男は忘れていた。

 夫婦ふたりで逃げ続けた日々。ジックはひとりでアルマを守り続けた。自分たちが選んだ道ゆえに、誰も頼ることのできない旅路をふたりで歩いてきた。その時間で摩耗した心が(せき)を切るのを、いまは抑えられない。

 帽子の下の嗚咽を悟られないよう必死に押し殺して、男は泣いた。

 その意味を知るには、少年は若すぎる。困惑の視線を向ける弟に、神楽夜は、

「シーカーは?」

 と訊いた。

「いらないって。あ、出発ならもうすぐって言ってた」

 神楽夜の望む答えは後者のほうである。すぐに出ると言っていたにもかかわらず、いまだ発進の報せがないのは、損傷がひどかったためか。神楽夜はシーカーの小言を思い出し、また憂鬱(ゆううつ)な気分に陥った。

 こういう時は温かいものを食べるに限る。神楽夜は湯気を立てる鍋を覗き込んだ。

 コンソメの黄金色(こがねいろ)のなかに、大きめにみじん切りされた玉ねぎとじゃがいもとにんじんが踊っている。底には黒胡椒の粒が寄り集まって沈んでいた。

「食べよ、ジックも」

 神楽夜は弟が持ってきたステンレス製のマグカップにスープをよそって、ジックの視界に入るよう差し出した。ジックは「ああ」と短く返事をし、それを手に取った。

 姉弟も自分の分をよそい、口をつける。寒かったわけではないが、熱いスープが食道を伝って胃にしみ渡るのが感じられ、それだけで、どこか張り詰めていたものが和らいだ気がした。

 ジックはマグカップを無言で口に運び、そのたびに小さく「旨い」と言った。

「アルマさんの咳は?」

 手元のスープが半分になった頃、神楽夜が訊いた。

 ちょうど飲み終えたジックは、

「わからない」

 と、空になったカップを床に置く。

「ひどくなったのは一年くらい前だ。それまでも咳き込むことはあったんだけどな。呼吸が難しくなるほどではなかった」

 アルマの正体もそうだが、いまや彼らはお尋ね者である。医者に連れて行くことはできない。かといって薬が手に入る身の上でもなければ、原因に見当がつく知識もない。

 難民キャンプや連合の基地を襲撃して薬を求めたところで、なんの薬が効果的かなど、わかるはずがなかった。そこで睡眠薬だ。

「いろいろと試そうと思った。でも、どう効くかわからない薬を飲ませるのは、俺は嫌だった。だから、仕方なくそれに頼ったんだ」

 ジックは床にぽつりと置かれた薬瓶を顎で示した。

「寝ている間は咳もそれなりに落ち着く。ひどい時は眠れないこともあったから、随分助けられた。それも、もうなくなったが……」

 語尾に嘆息が混じり、哀しげだった彼はしかし、思い出したように神楽夜を見ると、

「不老の仙人を知らないか?」

 と問うた。力強い眼差しは冗談を言っているとは思えない。

「仙人って……」

 神楽夜は残ったスープを揺らして弄び、記憶をたどった。

 脳裏に真っ先に浮かんだのは師のひとりである翳祇(かげるぎ)鍾馗(しょうき)である。着流しをさらりと着て、物憂げな眼をするその見てくれは、仙人然としていなくもない。矍鑠(かくしゃく)としているのは間違いないが、その時点で不老という条件からは外れる。

 御剣(みつるぎ)麟寺(りんじ)も然りだ。というより、壮健さでいうならばこちらのほうが圧倒的に上であろう。思い出しただけでも「ガハハハ!」とラッパのごとき笑い声が聞こえてきそうである。

 仙人という言葉が持つ印象に引かれ過ぎか。神楽夜は顔見知りを思いつく限り並べてみた。

 養父の威武(いぶ)灯弥(とうや)はどうか。

(いや、ないな。養父さんが歳取ってるの、老師たちもわかってるし)

 残る知り合いといえば、日本の首領である神皇泉(こうおうせん)白神(びゃくしん)とその妹の紫蘭(しらん)、そして京都白城でたまに見かける程度の祀木(まつるぎ)家当主・風歌(ふうか)くらいのものである。どれも不老には縁がない。

 ジックは思案に耽る神楽夜に、

「東にいると、噂を聞いたんだ。日本から来たと聞いてもしやと思ったが、違うか」

「そのために、砂漠を?」

 姉とのやり取りを見ていた朔夜が訊いた。

「ああ。それくらいしか、いまは望みがないんでな」

 ジックの視線が再び床に落ちた時である。

 爆発音を伴った衝撃が船体を襲った。

「なに!?」

 神楽夜は重心を低くし、しがみついてくる弟を支えた。

 遠くからくぐもった話し声のような音が聞こえる。神楽夜たちは部屋を飛び出し、上階のブリッジへ走った。

 シーカーは暗いブリッジに駆け入った三人を睨みつけるなり、

「まったく、探検ごっこなんかしてるからこうなる。連合だ。一機らしいが、あんたをご指名だぜ、カグヤ・イヴ。ほら」

 と、操縦桿(そうじゅうかん)横の画面を操作して外部の収音をはじめた。

 さきほどからする音が、明瞭な声となってブリッジに響く。よく通る、若い男の声だった。

「――である。武装を解除し、速やかに投降せよ。サムライ型のアーキグスタフを明け渡せば、船の安全は、光のゲッツェンことヴェルナー・ゲッツェンが嫡男、このマシュー・ゲッツェンの名において保障される。サムライのパイロットに告ぐ。一角(ひとかど)の戦士ならば堂々応じられよ。繰り返す。こちらは連合軍ユーラシア東部軍管区<ハウトマン領>旧モンゴル域第九基地司令のマシュー・ゲッツェンである。武装を解除し――」

「消して」

 神楽夜はあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。だがシーカーは応じる様子を見せず、

「どうしてくれんだ、サムライ?」

 と鼻で笑うのみである。

 神楽夜は言い返したくとも、状況を作り出した一因が自分にあると自覚がある分、歯噛みするしかない。

「艦はまだ出せないの?」

 朔夜が訊いた。

「いま新しいルートが決まったばかりなんだ。なんせ荷物が暴れ馬なもんでな。でも幸運だぜ? どうやら連合は、まだ俺たちに目をつけてはいないらしい。って言っても、外にはあんな(たの)しい奴がいるがな。困るねぇ、目立ちたがり屋さんは」

 シーカーの言には遠慮がない。それもそのはずだ。彼の雇い主は日本であり、神楽夜は彼にとって荷物でしかない。

 さらにいまは、神楽夜たちよりも荷物な者らがいる。ミラー越しにシーカーの気だるそうな目がじろりとジックに向けられた。

「なあ、カウボーイ。そろそろベッドを貸してやった礼をしてくれてもいいんじゃないか? それとも延長するかい?」

 笑いを含んだその物言いは挑発的である。シーカーはその調子のまま続ける。

「アンタだよな? 基地を襲撃してまわってたっていうカウボーイさんは。アンタが抱えてた女、町の病院まで連れて行ってやる。その代わりに、だ。わかるよな?」

 それはつまり、投稿して時間を稼げ、という意味である。ジックは苦々しく顔をしかめた。それどころかシーカーなりの怒りの発露は、煽られた当人であるジックだけではなく、神楽夜の神経をも逆撫でした。

 アルマにはジックが必要だ。その逆もそうだ。

 部屋ではいまもアルマが苦しんでいる。眠っているだけで、容態が好転したわけではない。考えたくはないが、もしその時が訪れてしまうとして、そばに大切な人がいないとしたら、それは夫婦にとって悔やんでも悔やみきれないことになろう。

 ふたりを引き離してはならない。ふたりで耐え忍び、ふたりで歩んで来たのだろうから。知らぬとはいえ、苦しむ人たちを売り渡してまで進もうとするシーカーに、神楽夜は腹の底から苛立ちを覚えた。

 マシューのくどい口上が延々と垂れ流されるなか、神楽夜はシーカーの背中をキッと睨む。

 もはや認めざるを得ない。日本で最初に目にした時から、神楽夜はこの男のことが生理的に気に食わなかった。人を食ったような態度、真摯に向き合う姿勢のなさが、どうにも腹立たしかったのである。

 そもそも、連合の追撃は自分の落ち度である。ならば、それを清算するのもまた自分でなければおかしいではないか。

 選択には責任が伴う。神楽夜の脳裏にいま一度、麟寺の言葉がよみがえった。

 ジックが踵を返す。それを、

「行かなくていい」

 と神楽夜は止めた。

 シーカーは嘆息混じりに頭を掻きながら立ち上がり、神楽夜に殺気を孕んだ視線を向ける。

「アンタねえ。自分がどういう役目でここにいるのか、わかってないんじゃないのかい?」

 一転して凄みのある声でシーカーは言った。

「国背負って来てんだろ? そんな盗人のひとりやふたり、気にかけてどうすんだ。わかってるよな? ロンドンに行って、シスル財閥の令嬢に会う。まずはそっからだ。俺の仕事は最短でそこに届けることなんだ。だってのに、なんで俺らはまだ砂漠のど真ん中で立ち往生してるんだ?」

 普段とは違う、にじみ出るような剣幕に気圧されたが、神楽夜は一歩たりとて退くつもりはなかった。

 言い返そうと意気込んだ瞬間、狙ったように二度目の爆発が船体を揺らす。

「……もしかして、いないのか?」

 不安げなマシュー・ゲッツェンのつぶやきがブリッジに届いた。

「あ! 姉ちゃん!」

 どさくさに紛れてブリッジを飛び出した姉を、朔夜は追いかけた。

「姉ちゃん、待って!」

 階段を降りる神楽夜の動きが止まる。

「戦うの?」

 朔夜の問いに、神楽夜は薄暗い階段のさきを見つめたままでいる。その沈黙が意味するところは肯定である。

「僕も行く」

 朔夜は階段を降りて姉に近づいた。

「じいちゃんが言ってたこと、こういうことかわかんないけど」

 姉弟と呼ばれる関係になって、八年。ジックたちと出会った地下施設の時もそうだったように、血がつながらないのだから、噛み合わないのも無理はないとお互いに考えてきた。

 それは、諦めともいえるだろう。

 家族にならねばならぬという切迫感と、そうはなれぬという一線を引いた距離感が、養父を含めた三人の間に感じられていたのである。少なくとも、神楽夜はそうだった。

 けれども。

 わずかであるが、抱いていたのではないのか。あの夫婦のように互いを思いやれる、そんな関係になれるのではないかと。

 そう自問するうちに、弟が横に立った。

「僕も、ジックさんたちを渡すのは駄目だと思う」

 朔夜の言葉に、神楽夜は力強く頷いた。

「待て、お前ら」

 追ってきたジックは姉弟に「もういい」と伝えるつもりでいた。しかし、それを言う間もなく、

「アルマさんについてて」

 と、神楽夜は駆け出そうとする。

「俺も出る。いや、俺が出る」

「大丈夫。外の(あいつ)二打(にのう)ちはいらない。てか、グスタフないじゃん、ジック」

 そう言い残すなり静止も聞かず、神楽夜は下階の闇へと降りて行った。踵を返した朔夜はジックの横をすり抜けて、階段をブリッジへと駆け上がる。

 神楽夜が格納庫にたどり着いた頃には、<アームド・ゼルク>は起動を済ませ、片膝をついて待っていた。

「姉ちゃん」

 ゼルクの外部スピーカーから朔夜の弟の声がして、神楽夜は動きを止めた。

「なに?」

「ゼルクが反応してる」

 朔夜は機体の右手の甲を見せるように腕を差し出した。右腕を覆う白い籠手の、装甲と装甲との合間から青い光の筋が漏れ出ている。<ネビュラ・クォーツ>の輝きである。

「これって」

 神楽夜はゼルクの顔を見上げた。

「……アービターが近くにいる」

 朔夜は確信を持ってそう告げた。

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