第十八話「零れゆく命」⑮
*
「確か、このあたりだよね」
荒野を蹴って跳躍する青きアーキグスタフのなかで、神楽夜は隣行く白銀の騎士へ問いを投げた。
それを機体内で受け取ったレジーナは、
「ああ。さっきのはアービターの光だ」
と、彼女と同じく周囲に厳しい視線を走らせる。
彼女らの視界の片隅に、アービターが放つあの青白い光が捉えられたのは数分前のことだ。鞍馬山を下り、城跡へ向かうさなかである。
壊滅し、闇に呑まれた街のなかで一瞬、ひと筋の青白い炎が立ち昇った。
仲間の行方を捜していた神楽夜らにとって、それは願ってもない手がかりだ。すぐさま進路を変え、こうして街の探索に乗り出した。
が、それきりその炎はおろか、光らしいものも見えず。再び闇へと落ちた京都の街は、おびただしい瓦礫が折り重なるばかりで、ひとけがまったくといっていいほどにない。
なにより、
(静かすぎる……)
あたりは戦火もなければ、稼働しているグスタフの機影もない。市街地ではイネッサのほかに、日本軍もグラディアートルと干戈を交えていたはずだ。だのに、ここまで一機も視界に収まらないのは、戦闘が終わったという意味でいいのか。
しかし、神楽夜は妙な胸騒ぎを拭い切れずにいた。
(イネッサ……)
それに、病院に残してきたマシューや剛三郎はどうなったのか。ひとり離脱した九垓は。そう考えるにつれ脳裏を掠めるのは、ジック・ブレイズの末路である。あのような結末はもう願い下げだ。
だが考えてもみれば、さきほど垣間見えた青白い炎は、グスタフ同士の戦闘によるものではない。となればやはり、生身で戦っている可能性が高いのではないか。
グスタフとなって戦うよりも、わずかな負傷が命取りとなりやすい分、あのような化け物を相手取るには危険すぎる。
(早く見つけないと)
姉のそんなはやる心を弟は汲んだらしい。
「座標はここで合ってるよ」
機体と同化する朔夜は、炎が見えた際に記録した情報から、姉にそう告げた。
神楽夜はその言葉を頼りに、月夜の闇に目を凝らす。
すると、
「レジーナ!」
やにわに叫んだ神楽夜は、ただちに機体を降下させた。
降り立つなり片膝をつき、腹のコクピット・ハッチを開け放って飛び出した姉を、朔夜は呼び止める。が、神楽夜は聞く耳持たず、瓦礫に足を取られながらひた走った。
そして行き着いたさきで、彼女は愕然と目を見張った。
「あ……あ……」
そう声にならぬ声を漏らし、よろよろと崩れ落ちるその背中に追いついたレジーナは、神楽夜の視線を追って顔をしかめた。
並んで横たわるイネッサと九垓の亡骸は、見るも無惨な有様であったが、ふたりの顔はどこか誇らしげだ。
しかしそれが、神楽夜を余計に激昂させた。
「なんでなんだッ!」
突如叫んだ彼女に、レジーナは碧い瞳を哀憐に細める。
「カグヤ……」
「なんで! 死ななきゃ……」
無念に顔を歪め、四つん這いで頭を垂れて涙する娘は、土を握り締めた。
その脳裏によみがえるのは、
――使命なんてものはない、ショウキ。俺たちにははじめからないんだ、そんなもの。
という養父の言葉である。
娘の義憤の出どころはそこだった。
彼女らを戦いにけしかけたのは自分だ。アービターだけが<マキナ>に対抗できると、なんの確証もなく吹聴した。
それさえしなければ。否、はじめからこの国の者だけですべきだったのだ。九垓が言ったように、すべてはこちら側の事情でしかない。アービターだから戦わなければならない理由など、どこにもありはしなかったのだ。
わかっているはずだった。現にサハラの砂漠にて、鍾馗へそう談判もした。
だのに。
「私の、せいだ……」
神楽夜は額を地に擦りつけ、取り返しのつかない己の過ちを悔いた。
そこへ、まるで彼女を断ずるかのごとく、
「うぬぼれるな」
と、男の苦しげな声が響いた。
はっとした神楽夜にさきがけ、声のした方へ顔を振り向けたレジーナは、そこにいた者の名を唖然として呼んだ。
「マシュー……!」
患者衣姿のその男は険しい顔つきで瓦礫にもたれかかりながら、左の脇腹を押さえて立っている。見れば、傷が開いたのだろう。脇腹を押さえる右手のまわりには、大きな血痕ができている。
レジーナは慌てて男へ駆け寄り、肩を貸した。だがマシューは厳として神楽夜を睨み続け、言葉を続けた。
「これは、こいつらが選んだ道だ。ほかの誰かにとやかく言えることじゃない」
切り捨てるようなその言に、神楽夜は思わず反抗しかけたが、やむなく呑み込んだ。
みなまで言わずともわかっている。そう男の目が言っていたからである。
「そっちは片づいたのか?」
マシューは激痛に顔をしかめながら、傍らで体を支えるレジーナに訊いた。
「ああ……。ジックの、おかげでな……」
伏し目がちに返ったその答えに、マシューは沈痛な面持ちで「そうか」と応じるや、夜天を睨み上げた。
どうりで姿が見えないわけである。夜空を行く神楽夜たちの機体を見つけ、ここまで追いかける道中から予感はあったが、やはり見知った者の死というのは、なかなかすぐに受け入れがたい。
だが、やるべきことはもう決まっている。
「なら――守らなくてはな」
決意に満ちた調子でそう言うマシューに、神楽夜とレジーナはそろって顔を向け、同じく夜天を見上げた。
その視線のさきにあるものは言葉にするまでもない。地上めがけ二度放たれたあの光を、これ以上野放しにするわけにはいかないだろう。
「ゴウザブロウはどうした?」
今度はレジーナが問うた。
「随分前に逃がした。だが……」
周囲の荒れ果て具合からするに、無事である可能性は薄い。けれどマシューは、言葉にすれば現実になりかねんとの思いから口には出さず、厳めしく唇を結ぶにとどめた。
星空を見上げる三者の間には、束の間の静寂が降りるかに思われた。
その時。
「行こう」
不意に神楽夜がそう発し、マシューとレジーナは彼女へ顔を戻すなり、力強く頷きを返した。
青と銀、二機のアーキグスタフは、巨大な椀状の穴と化した京都白城の跡地へと降下する。当然ながら明かりはなく、その様相はまるで、地獄へ続く深淵のようである。
高度を下げながら周囲を見回せば、熱線によって抉られた地下回廊が、さながら地層のごとく断面を晒している。そんな状態が数百メートル下まで続いているものだから、降下する一同が艦の無事を案ずるようになるのは無理からぬことだった。
第一、ヴェントゥスが運び込まれた場所を彼女らは知らない。地上へ突き出たマスドライバーの配置から、格納庫のおおよその位置を割り出すほかないのだ。
現状、宇宙へ上がる手段として考えつくのがこの一手であるだけに、大幅な期待をかけたいところであるが、
「万が一も、考えたほうがよさそうだな……」
そう落胆気味につぶやかれたレジーナの言に、神楽夜は渋面を眼下に向けた。
もうすぐ、椀の底である。
「やはり、あっちからたどったほうが早いんじゃないか」
レジーナの機体<エスクード>の手のひらに乗るマシューが言った。「あっち」とは、天へ反り上がって伸びるマスドライバーを指している。要は出口から入ろうという話だ。
確かにそのほうが確実であることくらい、神楽夜もわかっている。しかし、あえて城跡側へ降り立つことを選んだのは、ひとえに確かめたいことがあったからだ。
(みんな……)
紫蘭をはじめ、城にいたはずの者らの安否は。それを確かめずして、この地をあとにすることはできない。
無論、この惨状だ。それでもなにか証があれば。大穴の底に降り立った神楽夜は、その一心で周囲に視線を走らせた。
すると、
「先生!?」
機体の目が、暗闇に立つ人影を検知した。その剛健なる体躯、見紛うはずはない。己が武術の師、御剣麟寺だ。
神楽夜はすぐにコクピット・ハッチを解放しようとした。
だが――。
「姉ちゃん」
なにかに気づいたらしい朔夜が不穏な声を漏らし、すぐに動きを止めた。
そのまま目をよく凝らした彼女は、弟が感じた違和感を理解し、
「先生……」
と、苦渋に顔を歪めた。
巨躯なる人影は、まさしく吽形のごとき様相で屹立し続けている。最期の最期まで武人として逝った我が師の雄姿は、実に見事というほかない。
が、
「あれは……!」
その胸に開いた穴は何者かに襲われた証だ。それに、麟寺の足元に転がる首のないもうひとつの骸は、紛れもない。
「ビャクシン!」
そう、この国の若き主、神皇泉白神である。少年の体つきに白地の紋付袴がなによりの証拠だ。
「シランは――」
しかし探せども、小娘の姿は見当たらない。白神と麟寺があのような状態なのだ。仮に見つけられたとしても、無事ではないだろう。
またしても己の無力さを突きつけられた思いで、神楽夜は忌々しげに瞼を閉じた。
けれど、
「姉ちゃん……」
「わかってる。いまは」
弟の心配げな呼び声に時を置かず、彼女は眼光鋭くその目を開ける。いまは立ち止まっている暇はない。一刻も早く養父を追い、あの光の出どころを止めねばならない。
「あのさきだ」
背中にかけられたレジーナの声に一瞬だけ首をねじ向けると、神楽夜は彼女が指差すほうへ目をやった。
そこは一同が立つ階層と地続きの、椀の底の外周に面した、四角く巨大な横穴だった。




