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第三話「ヒトならざる者」③

 ボルドーカラーの多いクラシカルな英国かぶれの部屋に三度のノックが響くと、

「入りたまえ」

 と、妙に鼻につく調子で男の声が応じた。

 重厚な木製扉が開き、秘書官の女性が静かに入室する。

「閣下。マシュー・ゲッツェン中佐から着信です」

 その報せを受け、扉に背を向けて窓際に立っていた男は、一面ガラス張りの向こうに臨む東シナ海を眺めながら、

「七光りのゲッツェン。しぶといな」

 と、不敵な笑みとともに振り返った。

 片眼鏡(モノクル)に、ひょうきんに跳ね上がった口髭、顔の輪郭は細いジャガイモのようで、額を出すように撫でつけた髪は妙に脂っぽい。モーニングコートに蝶ネクタイを着けたいで立ちは、部屋の印象に違わず英国の紳士然として見える。

 ミルコゥ・コルネリース・ハウトマン中将。自身の名を冠した<ハウトマン領>は、ユーラシア大陸のアジア方面を支配下に置く、連合内第三位の規模を誇る一大勢力である。

 しかしそれだけの力を有しながら、彼にはひとつ、悩みがあった。

 日本である。アジアの地図が彼一色になるなかで、日本だけが違う色のままでいるのだ。彼がこうして陽光(きら)めく東シナ海を眺めるのは、そのさきにある黄金の国ジパングに思いを馳せるがゆえである。

 ハウトマンは背にしていた執務机に向き直り、机上の端で黄色く点滅する小さいボタンを押す。すると、机の上の空中に四角い映像が投影され、砂漠の突風にさらされるマシューの顔が映し出された。

「遅くなり申し訳ございません、閣下」

 ノイズがひどい映像のなかで、マシューは敬礼して見せた。彼はさすがにまずいと思ったのだろう。オペレーター相手の時とは違い、大破した機体が背景に映り込まないよう工夫していた。

 しかし、機体を持ち出したことをハウトマンは知っている。だからコクピットからでなく、砂漠のただなかで連絡を寄越したマシューに、いうまでもなく違和感を覚えた。

 機体の不調か、それともまさか破損させたのか。どんな言い分が飛び出るものかと興味が湧き、まずは話を聞くことにした。

「聞いているよ。元気そうでなによりだ、マシュー。だがいけないな。勝手に持ち場を離れては」

 ハウトマンは柔和な口調で言いながら、黒い革張りの席に着く。それにマシューは謝罪の弁を繰り返し向けるが、ヘルメット越しに覗く顔つきに反省の色はない。

 もはやこの男の心は別のところにある。対面したのがハウトマンでなくとも察知できる不器用さであった。だがこの時ハウトマンは、彼の執着がてっきりカウボーイに向いているものと思った。

「それで、カウボーイはどんな男だった? マシュー・ゲッツェン中佐」

 ハウトマンはなおも温厚な、けれども少々人を食ったような調子で続けた。

 マシューとすれば、こんなくだらない会話なぞ一刻も早く終わらせたい。そもそも彼は、自分の仕える相手がこんな奇天烈な男であることに、日々義憤を募らせているのである。

 だから、旧ロシアと旧モンゴルの国境沿い付近に点在する基地のうち、最東端に位置する自身の基地だけが、なぜか<アルカン領>でなく<ハウトマン領>の所属であることも不満でならなかった。

 現在、地球は日本などのごく一部を除き、ほぼすべてが<地球連合>の統治下にあるが、陸地は大きく三つの勢力に分かれている状態にある。

 まずは、神楽夜たちが向かっている<アルカン領>だ。その規模は連合内随一で、旧ロシアから欧州、そして南アフリカ大陸までを含めている。領主を務めるのは、連合の実質的な舵取りを行う老人、ケイン・アルカンだ。

 勢力の規模は、次に、アメリカ大陸の南北を治める<ロチェスター領>、そして<ハウトマン領>と続くわけだが、ここで一度、ゴビ砂漠を囲む基地について思い出してもらいたい。

 以前触れたとおり、砂漠の境界線は連合の基地によって構成され、そのうち北部に並ぶ基地群は、西から東にかけて第一から第九の順に点在している。マシューが司令を務めるのはこの第九基地だ。

 となれば、その所属は、旧ロシアを支配地に含める<アルカン領>となりそうなものである。

 ところが、属するのはこのとおり<ハウトマン領>。その理由は、基地の位置が、第一から続く並びからわずかに南東へずれ、旧中国の国境に面しているためだ。これが、マシューは不服極まりなかった。

 連合内で最も巨大な領土を持つケイン・アルカンは、マシューの父であるヴェルナーが仕えた人物なのだ。いまは亡き父のような生き様を求める彼にとって、<アルカン領>でその才を振るうことこそ本望だったのである。

 それが、どんな神のいたずらか、いまはこうして、奇人と評される男の下。

(おのれ……)

 悔しげに心中で歯噛みするが、しかし、マシューはまだ諦めていない。

(ここは下手に言い訳せんほうがいいか……)

 ハウトマンの話はくどい。時間を取られるくらいならと考えた彼は、正直に口を開いた。

「申し訳ございません。捕まえ損ねました」

 しかしそれがかえってハウトマンに深読みさせた。いやに素直過ぎたのだ。

 マシュー・ゲッツェンはなにかを隠している。仮に機体をおしゃかにしていたとしても、そんなことはあとから知られる話である。いま誤魔化す必要はない。マシューならばそう判断するはずだ、と。

(カウボーイの正体か?)

 数年前から連合の基地を襲撃してまわるようになった<カウボーイ>の素性は、軍でもいまだ把握できていない。もちろんハウトマン自身も知らぬことである。

 マシューは今回それを知るに至り、あえて伏せている。連合に反旗を翻す人物としては、よほどまずい相手だったか。すべて己の手柄としたいところだが、機体はカウボーイの反撃を受け破損し、追いかけたくとも追いかけられない。だから急いている。

(まあ、そんなところか)

 ハウトマンがいまある情報から推測できるのはその程度だ。さらに真実を探るには、マシューに吐かせるほかない。

 彼は机に両肘をつき、顔の前で手を組むと、その目に獲物をどう(なぶ)ろうかという不穏な輝きを宿らせた。

 そして、

「私が君に連絡したのは、なにもティータイムの相手になって欲しかったからではない。君だって砂漠のど真ん中に、わざわざそんなサウナスーツを着に行ったわけではあるまい?」

 と、少しばかりの苛立ちを交え、まるで挑発するかのように言う。言い訳のひとつもしてみせろ、ということだろう。

(こいつ!)

 危うく顔に出かけたが、マシューは心を無にするよう努めた。時間が惜しいのだ。

(しかし、このままでは)

 砂漠にいる限りは連合の目が届くとはいえ、それではほかの者にあのアーキタイプを発見される恐れがある。万が一にもさきを越され、手に入れられでもしたら。そう考えるだけで、マシューのはやる気持ちは膨みに膨らんだ。

 けれども、彼のそんな心中を知ってか知らずか、ハウトマンの舌はよく回る一方である。

「神ならいざ知らず、私たちのような愚民にとって時間ほど平等かつ貴重なものはない。わかりきった話だというのに、なかなかどうして人間は、日々を無為に過ごしてしまいがちだ。なぜか?」

 急に問われ、マシューは困惑するあまり言葉を失った。だが相手ははなから答えなど期待していない。ひとりで勝手に続きを口にする。

「惰性だよ、マシュー。人間はふたつの人種に分けられる。考える者と考えない者だ。後者に至っては愚民以下だが、しかし、考える者のなかにもそれと同等の者はいる。ところで……」

 彼は視線を一瞬だけマシューから外し、間を置いた。

 マシューは逆に閉口した。この男の語り口は昔から好きではない。むしろ嫌いである。くどくどとした言い回しもそうだが、役者じみた抑揚のつけ方がなにとはなしに鼻につくのだ。

 沈黙は時間にして一秒程度。ハウトマンはマシューに視線を戻し、再び口を開いた。

「邁進するのはいいが、残存するグスタフ一機に予備パーツまで積んで、君はこれ以上どこに行こうと言うのだね、マシュー・ゲッツェンくん?」

(な……)

 マシューはついに狼狽の色を見せてしまった。話を聞くふりをして合わせずにいた焦点が、一気にハウトマンの像を結ぶ。

「マシュー・ゲッツェン。考える者のなかでもっとも愚かなのは、私利私欲に走る者だよ」

 映像のなかのその男は、意地の悪そうなにやついた顔でそう言うが、マシューからすれば、この男こそ私欲のために動いていると見えてしかたがない。

 ハウトマンが日本の併合に熱を上げていることは周知の事実である。それは、レジデンスとの冷戦が終わり、本格的な武力衝突となった場合に備えてのことだ。

 レジデンス側の結束力は固い。宇宙という過酷な環境で生活をともにするためであろう。そんな彼らを相手に、地上すらまとめきれない連合が張り合ったところで、苦戦するのは目に見えている。

 だからこそハウトマンは日本の併合を急ぐわけであるが、されどマシューはそこにまったく別の、邪な想いを感じ続けていた。

 ゆえに、

(どの口が言う)

 と心中で密かに罵った。が、ハウトマンとてその手の批判はお見通しである。まったく表情を変えずに続けた。

「追撃は許可しない。君は基地司令だ。亡きご尊父同様、若くしてその座についた功績は認める。しかしだ。専横まで許すわけにはいかない。相応の理由なく、麾下(きか)を迷わせる真似はしてくれるな」

 ここに来て、マシューは選択に迫られた。命令に背いてまで追撃し、アーキタイプを得るか。それとも従順な犬として基地へ戻り、再建に務めるか。

 あるいは。

(アルカン中将ならまだしも、この男にアーキタイプが渡れば……)

 あるいは、ハウトマンにすべてを明かすか、である。

 なるほどこの男は、自分が急いているのを見透かしていた。だからあえて、身も蓋もない話をしていたのだ。そのうえで追撃を阻む手札を切った。マシューはようやく合点がいった。

 マシューにわかるのは、赤い艦が西へ向かっていたことだけである。対峙したアーキタイプがどこから飛んできたか記憶は曖昧だけれども、彼が状況から判断し想像するのは、艦もアーキタイプもカウボーイの一味である、という線だ。ならば、あの艦を追うほかない。

 どこに行こうとも、砂漠にいる限り連合の包囲網にかかる。であれば、ハウトマンの知るところとなるのも時間の問題である。

 マシューは決心した。

「閣下。ひとつ申し上げてもよろしいでしょうか」

「なにかね?」

 ハウトマンは顎をあげ、ようやく白状する気になったかと笑みを深くした。

「アーキタイプを発見いたしました。日本のサムライのようなグスタフで、西へ向かっておりました。自分の追撃は、その確保のためであります。信憑性に欠く情報で、閣下のお手を煩わせないよう考え、勝手ながらご報告は差し控えさせていただきました」

(言ってしまった)

 言い終えたマシューは内心、後悔した。

 ハウトマンの顔を見れば、余裕ぶった笑みは消えている。真偽を見極めんとする炯眼(けいがん)で射抜かれるマシューは、すべて真実のはずなのになぜか、自分が彼を(たばか)ろうとしているように思えてきた。

(まずいな。やはり言うべきでは)

 発言は冗談だった、と言うのはいまからでも遅くない。だが、転び方によっては首が飛びかねない。相手はこの地の領主だ。一国の王といっていい。

 アーキタイプは夢と諦め、大人しく基地へ戻ろう。そう翻意しかけた矢先、

「……ふん。夢でも見ていたのかな、マシュー・ゲッツェン。追撃はなしだ。どうしても行きたければ止めはしない。西へ向かったと言ったな? なら、アルカン領の所属にしてやる。念願のアルカン領だ。ただし! ひ、と、り、で、行くことだ」

「閣下! あッ!」

 マシューの弁解を待たず、ハウトマンは通信を切った。映像が消え、扉の前で控える秘書官の姿が彼の視界に入る。

 秘書官はマシューの動向を基地に確認し、さきほどからハウトマンにカンニング・ペーパーを出していたのであった。

(まったく、冗談にもほどがある)

 ハウトマンは革張りの座席にもたれかかって、背にした東シナ海を横目で見る。

(しかし、いい厄介払いになった)

 ほくそ笑むのも束の間、彼は再び机に向き直ると、秘書官に次の指示を出すべく口を開いた。

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