第三話「ヒトならざる者」②
春先から日本に訪れる黄砂は、ゴビ砂漠をはじめとした大陸内部に存在する、死した土地から強風に乗って運ばれるものである。
ゴビ砂漠に限って言えば、気候の特徴として常に強風に曝されている点がある。強い台風に比肩する風は砂を巻き上げ吹きすさび、それが日本へと届くわけだ。
風に乗って自由を手に入れた砂たちは、遠い異国の地を夢見ながら、神楽夜によって撃破された連合のグスタフ<フォルクス>の上にも降り積もる。
体の左側を下にして力なく倒れるフォルクスは、土に還ることができないのを嘆くようだ。その腹の一部が、風の音だけとなった砂漠に爆発音を響かせ、弾け飛んだ。
そうして吹き曝しとなったコクピットから、なめくじみたいな動きでひとりの人物が這い出てくる。やっとこさ砂漠へと転がり、大の字になって蒼天を見上げたその者は、
「奇跡だ!」
と、高らかに声を上げた。
視線を横に移せば、倒れた自機は右の脇腹を抉られている。
「ふ、ふふふ、ハハハハハ! 光のゲッツェンに目がくらんだな! 仕方あるまい」
その男、マシュー・ゲッツェンは、己の強運さと相手の未熟さを笑った。そしてすかさず仰向けの状態から跳ね起きたが、
(これでは帰れんな)
自機は爆散している。
彼は時計を見るように左腕を持ち上げた。
マシューが着込んだウェットスーツのごとき飛行服、いわゆる<パイロットスーツ>は、宇宙においてのみならず、地上においても有用な装備である。耐衝撃性があり、部位によっては防具による耐弾性能も備えるため、身体の保護という観点では着用することが望ましい。
そのパイロットスーツの左手首にある小さな画面の上で、マシューは指を走らせた。彼自身が司令を務める基地と交信するためである。
ややあって、彼の眼前の空中に、十四インチほどの四角い映像が投影された。ひどいノイズ混じりであるが、マシューは応答を確認すると開口一番、
「出せるグスタフはあるか」
と、さも当たり前かのように質した。
それに相手の女性オペレーターは困惑した素振りを見せたあと、取り方によっては残念そうな口調で生存を喜んだ。
しかし、対するマシューはそんな些事を気にしない。
「当たり前だ。この私を誰だと思っている。光のゲッツェンことヴェルナー・ゲッツェンが嫡男、マシュー・ゲッツェンだぞ。して、出せる機体は?」
努めるまでもなく、実に余裕を孕んだ口ぶりでそう言った。
だが、オペレーターに届く映像には、背後に大破した機体の一部が映り込んでいる。とても胸を張れる状況でないのは明らかだ。オペレーターは苦笑交じりに、出せるのは一機だけであるという事実を告げた。
そのにべもない返答を聞き、
「一機ィ!? 装備は!」
と素っ頓狂な声を張り上げる。本当にいちいち大仰な男だ。目の前にあるのが投影された映像ではなく、液晶モニターであったなら、その両縁を掴んでぐいと顔を寄せていることだろう。
相手のオペレーターは早くも交信を切りたかった。ある装備のなかで適当に内容を述べる。
すると、マシューの決断はすこぶる早かった。
「いいだろう、その<シュナイデン>、私が使う! 予備のパーツもあるだけ出せ。それから一個小隊分の歩兵、エンジニアも要るな。輸送用のカーゴフローターの使用を許可する!」
矢継ぎ早に繰り出される指示は、まるで出前を頼む勢いだ。
そもそも司令の彼が自ら追撃に、しかも単身で出ざるを得なかったのは、カウボーイの襲撃によって基地の装備の大半を失ったからである。しかしながら彼の脳内はいま、一攫千金、ひいては好評嘖々(こうひょうさくさく)の的となった自分しか想像できていない。
すべては目の前に現れた、手にすれば世界の勢力図すら塗り替わるといわれる、アーキタイプの存在にある。
(あのサムライじみたアーキタイプさえ手に入れば)
そうと決まれば、事は迅速に。急がば回れなどという野暮を、いまの彼に言ってはいけない。それはオペレーターも十二分に理解していたが、出せる兵もなければ技術者もいないのが現状だ。
というより以前に、追撃は彼が勝手にしていることである。
さきのとおり、割ける人員はない。オペレーターは渋々、マシューのもとへグスタフを積んだカーゴフローターだけを送り込もうと手配をはじめた。
カーゴフローターとは、低空飛行による移動が可能な大型トラックのような車両である。軍、民間問わず物資の輸送に広く活用され、この時代の物流の要を担っている。
なかでも軍用の場合は、大きさの都合上、グスタフを一機しか積載できない制限があるものの、長距離輸送能力に長け、自動操縦も備えるうえ、簡易的な兵営としての機能も有することから、幅広い戦地で見られる車種である。
「現在地?」
マシューはオペレーターからの問いに訊き返した。
左手首の画面をいじる。が、衝撃で破損したか、はたまたジャミング・タワーが近いせいか、位置情報は取得できない。
マシューはその場でぐるりと一周を見渡した。三六〇度、黄色い砂漠がよく見える。
「いや、わからんが」
至って真面目に答えるものだから、オペレーターも苦言を呈しづらい。最後の手段になるが、救難信号の発信を勧めた。
「救難信号? この私が? 出せるか、この私が!」
しかしそう言って数秒、考えた。
一時の恥などかき捨てればいい。いまは一刻も早く、誰かにさきを越される前にあれを、アーキタイプを確保せねばなるまい。
マシューは歯噛みして、
「わかった……出す。出そう! 心して受け取るがいい。我が救難信号を!」
左腕を天高く持ち上げた。オペレーターに届く映像には、少し黄ばんだ空だけが映った。
オペレーターの女は事務的に「はい」とだけ返し、手配を進めながら伝達事項を述べた。マシューが気を失っている間に、領地の主ハウトマンから、現状を報告せよとの令が下されていたのである。
「折り返しィ? ええい、間の悪い」
(こういう時だけ鼻が利きおってからに!)
マシューはオペレーターとの通信を切ると、領地の首都にあたる旧中国は上海、そこでアジア一帯を統治するミルコゥ・コルネリース・ハウトマンへ連絡を取った。




