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第二話「決意の証憑」⑤

(外したか)

 赤い船体に照準を向けて、コクピットの男は舌を打った。ちょうど、ヴェントゥスが吹き上がった砂塵に突っ込んだところである。

(ならば)

 男は地面すれすれを滑走するように移動させていた自機を加速させるや、長大な砲身を持つ滑空砲を腰だめに構え直した。

 その機体<フォルクス>は、全身を防具で固めた兵士のごとき見てくれの、連合の主力グスタフである。汎用性の高さが売りというだけあり、機種の派生は多岐に渡る。現に男の機体も、この砂漠地帯に対応した防塵処理を施された、土気色の機体である。

 雑多な計器類が密集するコクピットは暗い。そのなかで、神楽夜がコンテナで見たパイロットスーツに近い出で立ちで、頭をすっぽりとヘルメットで覆ったひとりの男が座している。

 両手に操縦桿を握る男の正面には、おそらく外部の様子を知るためらしい画面があるが、点いてはいない。けれども、男は外の状況を把握している様子でいる。

 仕掛けはそのヘルメットにあった。映像は網膜に投射され、視線に応じて視野角を自動で調整する仕組みである。さらには、頭の動きに機体の頭部が連動する。ただ、いわずもがな、機体の頭が飛んだからといって、搭乗者の頭まで飛ぶようなことはない。

 その圧倒的な臨場感は操縦士の反応速度を大いに高めるが、諸刃の剣でもある。神楽夜がいい例だ。差し迫る死の重圧を、機体という外皮の存在を忘れ、我が身のこととして認識してしまうのである。

 されど、この男――マシュー・ゲッツェンに、いまだその経験はない。

 だから彼はこのように、獲物を前にしてなお、暢気に口上を垂れることができるのであろう。

「地球連合軍ユーラシア大陸東部軍管区、<ハウトマン領>第九基地司令、このマシュー・ゲッツェンに仇なすとは愚かなり」

 照準を赤い艦に絞りつつ言った。

 彼からすれば、タイミングが出来過ぎていた。赤いカウボーイの逃げるさきに、赤い艦の出現である。同胞が迎えに来たと取るのも無理からぬこと。

 男は基地を壊滅させられた汚名を返上すべく、カウボーイを単身ここまで追ってきた。その艱難(かんなん)辛苦(しんく)、筆舌に尽くしがたい。だが、それもこれで終わりである。たどった労苦を噛み締めるようにマシューは瞼を固く閉じ、うつむいた。

 しきりに警報が鳴り響くが気にはしない。どうせ、カウボーイの乗るホバーバイクとの距離が開くことを報せているだけだ。奴らに逃げ場などないのだから、意識するだけ無駄である。そのように考えたこの男は、

「不届き者には、これをくれてやろう」

 と顔を伏せたまま静かに告げる。

 敵機接近の警報がけたたましいが、もう終わりだ。照準は、さきほどから赤い艦の側面中央を捉えている。

 操縦桿(そうじゅうかん)の引き金にかけた指に力が入る。そして男は雪辱を果たすべく、いざ、万感の思いを込めて()え盛った。

(ちゅう)ば――」

 誅罰(ちゅうばつ)。彼はそう言いたかった。(ふね)の爆発が、自身の汚名を(そそ)いでくれるはずだった。

 だが、がばと顔を上げ、口を笑みに歪ませた男は、なぜか大きく目を見開いたまま固まっている。

 そう、男は解せなかったのだ。いま目の前にいる、鎧武者のごときグスタフはいったいいつ、どこから現れたのか。

「な、だ、誰だ、お前は!」

 非難がましいが、すべて独り言である。相手に応じるすべはない。

 鎧武者はマシュー機が抱えた滑空砲の砲身を問答無用で掴むや、そこへ手刀を振り下ろす。砲身は食らった手刀の威力に耐えかねて、への字を逆さにしたようにひしゃげた。その衝撃に機体が持ち上がり、マシューは出力の差に混乱した様子で相手を見る。

 すると眼前には、すでに掌底が迫っているではないか。マシューは咄嗟(とっさ)に武器を手放し、両腕を機体の前で交差させた。

(防いだ!?)

 神楽夜は吃驚(きっきょう)した。秒とかからない連撃だったはずが、反応されている。

 大きく弾かれたマシューのフォルクスは、全身の推進器を総動員して体勢を整え、着地する。しかし、それがかえって隙を作ることにつながった。機体の周辺に勢いよく砂塵が立ち上がり、マシューは鎧武者を見失った。

 その刹那を、娘は見逃さない。

(いまだ!)

「打ち貫くは、我が拳!」

 叫びに応じ、左右に割れた右籠手の先端が前へせり出し、手の甲を覆う。うしろに続く装甲は羽を広げるように跳ね上がり、露出した左右三基ずつの推進器(スラスター)は歓喜の蒸気を噴き上げる。

 籠手の中心を縦断する剣が肘に向かって滑り出す。するとそのなかから、黒や黄、深い緑や小豆の色を内包した六面体の結晶が現れる。

 結晶体が放つ青い輝きが砂塵を切り裂いた時、その宝珠(ほうじゅ)を目にしたマシューは愕然とするしかなかった。

(まさか、ネビュラ・クォーツ……!)

「アーキ・グスタフだとっ!?」

 その宝玉が放つエネルギーは、宇宙が果てるまで尽きぬとされる。空想の産物とばかり思っていたそれを宿す機体こそ、流通するグスタフの原型たる<アーキタイプ・グスタフ>だ。

 だが、機体は真似できても、その動力源たる<ネビュラ・クォーツ>までは精製し得ない。その宝玉自体、いったいなにからできているのか掴めていないのだ。仮にアーキタイプが見つかったとしても、ほとんどが活動していない宝珠を宿したものばかりで、このように「生きた」ものを持つ機体は稀少とされる。

 連合もレジデンスもこぞって探し求めるそれが、あろうことか自分の目の前にいる。マシューの思考はそこで完全に行き詰まった。

 その間に神楽夜は、右拳を左頬へ寄せ、そこから腹の下を通るように弧を描いて振り下ろし、流れのまま振り上げる。同時に、その拳が炎を引く。

焔覇爆装(えんはばくそう)!!」

 気迫の具現たる炎は、機体(ゼルク)の全身を包みだす。闘気を身にまとった威武神楽夜は、深く呼吸しながら静かに目を開けた。

 赤光(しゃっこう)を放つ籠手、その右腕を腰だめに構え、彼女は大きく一歩を踏み出す。瞬時に籠手に内蔵された推進器が全開になり、彼女は音速へ達した。

 光さえも飲み込む超重力の力場は、朝焼けのような色合いの(ほむら)となり、解放された籠手から尾を引き、うしろへ伸びる。

 一瞬のうちに懐へ飛び込んだ神楽夜は、その狙いを腹に定め、勢いのままに拳を捻り出した。

 しかしその矢先、敵の姿に黄金の騎士が重なった。

(駄目だ!)

 躊躇いが拳の軌道を逸らした。拳は敵の脇腹を抉るのみで、神楽夜はその横を滑り抜けた。

 炎があとを追ってくる。

 敵は抉られた脇腹から小さな爆発を引き起こし、やがて爆散した。逆光を浴びたゼルクの目が勝利に輝く。されど神楽夜は、その目を悔恨に震わせた。

(殺し、た)

「姉ちゃん、戻って!」

 呆然自失としかける彼女の耳に弟の叫びが届く。猶予はない。籠手の推進器を使えば、ヴェントゥスにまだ追いつける。

 神楽夜は(くずお)れた敵に背を向けたまま、逃げるようにその場から飛び去った。

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