第二話「決意の証憑」①
蝉が鳴きだしそうな空の下、無数の墓石が並ぶ霊園には、いま、ふたつの人影が佇んでいた。
ひとりは柳の影で日除けする中肉中背の男だ。時期に合わない藍鼠色のトレンチコートを着込み、同色のつば広帽を身に着けたその格好は、一見すると、説話に出てくる探偵のようでもある。その男は、両手をコートのポケットに差し入れたまま、楽しげに口端を吊り上げ、猛禽類のごとき眼光をある一点に注いでいた。
その視線を追えば、黒い墓石の前で線香のか細い煙が揺れる。男が見つめるのは、そこに立ち合掌する、黒いスーツの背中である。
「行ってしまいましたな。てっきり、断ると思っていましたが」
帽子の男はその背中に声をかけた。この世の酸いも甘いも噛み分けた、勘の鋭さを感じさせる低い声だった。
しかし反応はない。
その、いやに長い黙祷に、男はかえって興味をそそられた。祈りを捧げるスーツの男が独り身だと知っているからこそ、余計にである。
「それは、ご家族ので?」
単なる世間話として訊いたつもりだったが、そこから生まれた若干の間に、男は少々踏み込みすぎたかと思った。相手は男にとって客である。
が、もう十年以上もビジネスパートナーを続ける両者の関係が、その一問だけで崩れることはありえない。
やがて、気難しげな老人の声で「いや」と答えが返った。
黒いスーツの袖口から伸びる、合わせられたしわの多い手がようやく下がる。
すると、
「証憑だな」
と、墓前に立つスーツの男は言った。
「しょう、ひょう?」
コートの男は、つば広の帽子の下で怪訝そうな顔を浮かべる。
その時、墓前に供えられたすみれの花が風に揺れた。
「証だよ」
それから一拍の間を置き、
「――決意の、証憑だ」
と、翳祇鍾馗は厳めしい面で振り返った。
第二話「決意の証憑」




