第十一話「それは孤高なる常道」③
時を同じくして、クラドノの街を縦断する大通りには、夜のうちに身を潜めたマシューたちの輸送機が停留していた。
そのブリッジはヴェントゥスより数倍広い。前方百八十度を見渡せるガラス張りなのは変わらないが、前にかけて弧を描く形状をしており、当然ながら客席はない。座席は、窓際に沿って並んだ物々しい数の操作盤に応じて計四席、左右均等に並ぶのみだ。いまやそのうちの三つに、マシューと剛三郎とイネッサが座していた。
それらの後方、ブリッジの中心より若干うしろ寄りの空間には、打ち合わせに使うテーブルらしき直方体が、床から腰高まで立ち上がっている。その天板はモニターも兼ねており、直方体を構成する金属とは明らかに異なるガラス製であった。
その直方体に立ったまま腰を預け、腕を組んだ神楽夜は、辟易した様子でため息を吐いた。基地を脱してからこの方、こう暗色ばかりの空間に缶詰では、さすがに気が滅入るのも無理はない。
それに、ヴェントゥスが無事に次なる目的地<ヴィクトリア・フォールズ>へたどり着けたかも気になるところである。
(いまどのへんかな)
神楽夜は下げた視線を横に向け、窓の外に広がる青空を見やった。
それから間を置かず、神楽夜が背を向ける出入口が自動で開き、
「こりゃあ丸見えだぜ、兄貴」
と外で警戒にあたっていた九垓が戻って来た。
九垓はそのまま、操縦席に座るマシューのもとへ歩み寄って行く。ちなみに操縦席はヴェントゥスのそれと逆で、前方に向かって左側だ。
九垓が神楽夜の横を素通りするまでの間、マシューからの返事はない。それだけでだいたいの状況を察した九垓は、操縦席のうしろに立つなり、
「あん? やっぱ連絡つかねえの?」
と、マシューが難しい顔で睨みつけるモニターを横から覗き込んだ。
それで集中が削がれたらしい。
「ええい、やっぱ、どころかさっぱりつながらん!」
マシューは頭を抱え、天を仰いだ。
「仕方ねぇんじゃねえ? ここ、プラハに近いし」
九垓はそう言うが、それははなから承知していることだ。だからマシューはこの地を推すイネッサの意見に乗ったのである。
クラドノは、プラハからの磁場異常の影響で計器類が当てにならず、人が寄りつかない。よって、身を隠すには絶好の場所と考えたのだ。が、連合自慢の電子通信システム<UCS>も使えないことを、マシューは完全に失念していた。
「前来た時もそうだったぜ、あんちゃん」
剛三郎の容赦ない追い打ちがぐさりと刺さり、マシューは落ち気味の肩をさらに落とした。
その様子にイネッサが、
「すみません。私のせいで……」
と肩身が狭そうに言うものの、ここで受け入れれば男が廃る。
「いや、イネッサのせいじゃない。単純に逃げることでいっぱいだった」
マシューは具合が悪そうに垂れた頭を持ち上げると、再びモニター上に指を走らせた。
懲りず、通信の接続を試みるマシューに、
「結局、誰に連絡するつもりなんだ?」
と、横で見ていた九垓が訊けば、
「ノブレス中将だ」
そう簡潔な答えが返った。
ノブレス・ロチェスター中将は、アルカンに次ぐ連合内第二位の勢力を持つ男である。
マシューはかつてアルカンの口から、ノブレスは自分寄りの人物だ、と聞かされたことがあった。ゆえに、
(閣下なら、きっと力を貸してくれるはずだ)
と期待するわけだが、悲しいかな、根拠はない。根拠はないが、敬愛するアルカンが認めた男だ。
――ハウトマンに、気を、つけろ。
アルカンのその言葉と目にした事実を伝えれば、黙っているはずはないだろう。
いまやマシューには、ノブレスが持つであろう正義感に期待する以外、打つ手がない。幸いにして面識はある。モニターに幾度となく接続不良の案内が表示されても、マシューはめげずに再接続を繰り返した。
そうする傍ら、
「イネッサ」
と不意に名を呼ぶものだから、イネッサは驚き交じりに、うつむき気味だった顔を上げた。
「いまのうちに行って来るといい」
マシューはモニターから視線を動かすことなく言う。
「……どうして」
イネッサはその言葉の意味をすぐに理解し、同時に抱いた疑問を口にした。
潜伏先にここクラドノを勧めた理由を、イネッサは話していない。だのにマシューは、
「クガイ。護衛を頼む」
と、まるでイネッサの考えを見透かしたかのように指示を出す。
イネッサは九垓の顔を一瞥し、すぐにマシューへ戻した。
「いいんですか……」
遠慮がちに訊いた。
すると、
「いいも悪いもない」
そこでマシューはようやく作業の手を止め、イネッサに首を振り向けながら、
「親を見送るのは、子供の義務だ」
と、どこかやるせない面持ちでそう言った。




