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第一話「黄金の騎士と黄昏の少女」⑩


      *


 かくして、明朝。

 御剣(みつるぎ)麟寺(りんじ)の先導を受け、姉弟(きょうだい)はバックパックひとつを背負い、城の敷地内へ再び足を踏み入れた。

 これから向かうは、世界を股にかけた人探しである。どれほどの長旅となるか知れたものではない。だのにその荷物の少なさときたら、国内旅行にでも出かけるような気軽さではないか。

 しかし、ふたりを迎えた翳祇(かげるぎ)鍾馗(しょうき)は、

「来たか」

 と厳めしく言うだけで、まるで気にも留めていない。家のなかを見ればおおよそ想像がつくだろうが、この姉弟はそもそも物が多いほうではない。それを知るがゆえに、

「行くぞ。ついて参れ」

 と、鍾馗はすぐさま身を翻し、いずこかへ歩き出した。

 姉弟は言われるがままあとに続く。

 そして城のなかを抜け、裏側に位置する広場へ出た時である。白々(しらじら)とした空の下、アスファルト舗装の上に泊まる一隻の輸送艦を見て、ふたりは度肝を抜かれた。

「こ、これで行くの?」

 神楽夜は若干引き気味に言った。

 無理もない。そこに停泊するは、鮮烈な赤い塗装を施された、大型客船のごとき飛行船である。

「確か、あんまり目立つことはするなって……」

 湧き上がった疑問に、神楽夜はすかさず怪訝な顔を老師にねじ向けた。というのも、昨日、城へ戻って承諾する旨を伝えた折、

 ――此度(こたび)の策は連合の目を盗んで行う、いわば密入国だ。目立つことは決してするなよ。よいな?

 と、鍾馗から釘を刺されていたのである。

 まさかこの堅物な男が、あのような(ふね)を調達したとは考えにくい。さて、どんな返答が来るものか。鍾馗との間に生まれた一拍の間に、神楽夜がそう考えていると、

「……あれの趣味だ」

 鍾馗は実に不愉快そうに顔をしかめ、顎をしゃくって艦を指した。

 それを追って赤き艦を見やれば、

「それじゃ、そろそろ出してもいいですかねえ?」

 などと気だるそうに、つき添い役の男が搭乗口から顔を覗かせている。ぼさぼさの赤茶けた髪に眠そうな目をして、しわくちゃの黄色いリネンシャツを着た、なんともだらしないあの男である。

 本当にこんな艦でいいのか。神楽夜は念を押すようなまなざしを、隣の鍾馗へいま一度向けた。

 が、

「どうした。(はよ)う乗らんか」

 今度はその顎で指図された。

(ったくもう……)

 神楽夜は渋々と歩みを再開する。

 艦の高さは近づかなくとも見上げるほどだ。さすが、全高八メートル前後が一般的な<グスタフ>を立たせて収容できるだけはある。その横っ腹にニメートル角程度で搭乗口が開いており、いまは階段型の白いタラップが外づけされている。神楽夜たち姉弟は特に急ぐわけでもなく、淡々とその階段をのぼっていく。

 そしていよいよ艦に第一歩を踏み入れた、その時だった。

「ああ。それとな、カグヤ」

 と、眼下の麟寺がなにやら思い出したふうに口を開いた。それに神楽夜はなんの気構えもなく首をねじ向け、

「捜索は三週間が限度だ。それを肝に銘じておけ」

 続いたその言に目を剥いた。

「はあ!?」

 そんな話は聞いていない。だいたい、世界中から男ひとり、たった三週間でどうやって見つけ出せというのだ。

 神楽夜は、

「そんなことだと思ったよ……」

 という弟の言葉を背に、大男の隣に立つ鍾馗へすぐさま抗議の目を向けた。

 だが着流し姿の老人はといえば、傍らにそびえ立つ白亜の城を眺めたきり、まるでこちらを見ようともしない。かといって麟寺へ射るような視線をやれば、この般若も般若で、両腰に手を当てた実に堂々とした態度でしたり顔を浮かべている。

(やってるわ、こいつら……)

 いますぐ駆け下りて胸倉を掴んでやろうか。そんな苛立ちと呆れが入り混じった顔でげんなりしていると、外づけされていたタラップが離れはじめた。

「あ! ちょッ!」

 神楽夜は言語にならぬ抗議の声を上げる。しかしそれをも遮って、艦の外装が手前に跳ね起き、搭乗口を塞いだ。

 言葉を失った娘に、

「行きますよ、お嬢さん?」

 護衛の男――シーカーは薄ら笑いを浮かべつつ尻目に声をかけ、そのままそそくさと上階への階段をのぼりだす。

「姉ちゃん、行くってよ?」

 弟の催促に深い深い溜息をついて頭を垂れた神楽夜は、やにわに顔を戻すや、不服ながらも腹を据えた面持ちで男のあとを追った。

 麟寺と鍾馗、さらに城からは白神(びゃくしん)紫蘭(しらん)が見守るなか、神楽夜ら姉弟を乗せた赤き艦<ヴェントゥス>は京都の空へと舞い上がる。

「んじゃ、まずはロンドンっと」

 シーカーは言いながら、握った操縦桿(そうじゅうかん)の片方を前へ押し出すように動かす。

 すると、船尾の両端に備えられた大口径の主機から猛火が噴き出し、赤き艦は西の空へと旋回をはじめた。

 神楽夜は眼下に遠くなる故郷と呼べる場所を窓辺に眺め、恐れと決意がない交ぜになった視線をはるか彼方へ振り向ける。

 と、その刹那、窓から差し込んだ朝日の光芒に顔をしかめた。

 朝焼けがもたらす神々しき光の帯は、騎士と対峙したあの金色(こんじき)の荒野を想起させる。その光景に、

(そういえば)

 と、つられて思い出されるのは、黄金の騎士の最期の言葉だ。それがどうしてか、いいようのない焦燥感を連れてきて、神楽夜は(いぶか)しげに眉根を寄せた。

 今際(いまわ)(きわ)に引き絞ったような、機械の声。

 ――な、ぜ。

 そう。

 それが、騎士の最期の言葉だった。



      第一話「黄金(おうごん)の騎士と黄昏(たそがれ)の少女」



 つづく

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