5
ここに来て一週間が経った頃、
「お母様、招待状が届いたわ!」
と、デボラの明るい声が響いた。
それは、王城からの夜会の招待状だった。
「再来週の夜会、ご家族の皆様でって。半年間喪に服したから、そろそろお呼びがかかると思っていたの」
…誰か喪に服してたっけ? 喪服も着ず、家の中で毎日着飾ってたのに?
「ドレスを仕立てなくっちゃ。ねえお母様、いいでしょ?」
「そうねぇ。今度の夜会は王太子殿下の結婚のお相手を探す場でもあると聞いたもの。あなたの美しさが引き立つような、すてきなドレスを仕立てなければ」
この家のこの状況で、まだドレスを仕立てようとする元義母。しかも、自分の分までちゃっかり仕立てようとしてる。二週間後の夜会に納期を間に合わせるためにかなり高額を支払ってるし、こりゃこの家も持たないな…。
「わ、私も夜会に…」
じっと元義母を見つめるエリーゼさんに、デボラは
「あら、借金まみれのエラごときが王城の夜会に出られるとでも?」
とクスリと笑い、元義母も
「残念ね、今の予算では、ドレスは二人分で精一杯だわ。その格好で参加するなら、連れて行ってあげなくもないわよ」
と、お仕着せ姿のエリーゼさんを笑いながら、ドレスのデザインをどうするかで盛り上がっていた。
私とエリーゼさんは、今日はお洗濯の日。えらそげなお二人の分だけでなく、自分達のシーツも洗ってすっきり。
掃除の名目で元エリーゼさんの部屋に入ってみたけれど、エリーゼさんの持ち物はほとんど売られ、なくなっていた。もちろん、ドレスもない。装飾品も。部屋には使い古された人形や片方だけの靴がいくつか転がってるくらいだ。
「お母様の形見を少しだけ持ち出せたのだけど、お父様からいただいた物はほとんどお義姉様にとられてしまったの」
それを嘆くしかない令嬢。ここを追い出されたら行くところはないから、全てを諦めてしまってる。
「…夜会、行きたいな」
ぼそりとつぶやいた小さな願いは、かつては簡単に叶い、今はもう叶わない夢。
ダリルさんにエリーゼさんが夜会に行きたがっていたことを話すと、
「夜会か…。なんとかしてみよう」
と言った。
「何とかって、何とかできるの?」
あれから三回も会ってすっかりため口になったダリルさん。今のお仕事は教えてもらっていないけど、夜会となるとそれなりにお金はかかるんだけど。
「ドレスと馬車くらいなら手配できるが、化粧や髪を巻くのに時間がかかるもんなんだろう? あの二人がいなくなった後で準備を始めても間に合うか…」
「間に合わせてあげるわよ、私が」
私が髪のセットもできると知らなかったらしい。自信たっぷりに答えたせいか、
「ほんとか! 頼む!」
ダリルさんは即答だった。
聞けば、半年前に発注していたドレスが引き取られないままになっていたらしく、ダリルさんが知り合いに頼んで手に入れてあった。宝飾品も借りる宛てがあるとか。
ドレスの色は白をメインに、少し金と黄色が入っている。ネックレスとイヤリングはトパーズ。よし、イメージは掴めた。髪飾りも色を合わせて、あの二人が頼むのに便乗して買っちゃえばいい。けれど今のところ靴だけ足りない。
「靴、ないか探してみる。もしなかったら連絡するね。ダリルさんもちゃんと自分の準備してね」
ダリルさんは
「わかった。…ありがとう。恩に着る」
と言うと、深々と礼をした。
幸いにしてエリーゼさんの部屋に靴はいくつか残っていた。
デボラの足のサイズに合わなかったのか、放り投げられたように散らばる靴から白に金の縁取り、装飾にガラス玉が使われたヒールを見つけ、部屋の隅っこでもう片方も見つかった。傷もないし恐らくこれで大丈夫だろう。部屋に持ち帰って磨いておいた。
エリーゼさんは秘密事が苦手そうなので、当日まで黙っておくことにし、夜会の日まで普通に毎日のお仕事をこなす。
徐々にエリーゼさんも仕事に慣れてきたみたい。
こんな境遇にありながらも、以前は自分に仕えてくれていたメイド達に
「いつも大変だったのね。今までお世話してくれてありがとう」
と言った時には、言われたメイド達の方が恐縮していた。
突然落ちぶれて、特に恨みがなくてもざまあみろと思っていたメイド達も、エリーゼさんが決して悪い人ではないことを実感したのだろう。これ以降、エリーゼさんに味方してくれるようになった。
恐ろしくピュアな令嬢に、同じ境遇にあったかつての自分の対応がずいぶんどす黒く感じ、ちょっと恥ずかしくなった。