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 義母・義姉がいなくなって三年目のある日。

 家に一通の手紙が届いた。

 差出人は、メイベル・コーンウェル。

 メイベル…? 元義母がそんな名前だったような…。

 何で今頃…。

 読むと、父に関係するもので渡したい物がある。王都まで来たら雇ってやってもいい、といった内容だった。

 こんな片田舎の地主の状況など、王都では知るよしもないだろう。

 用水路を整えたら収穫量が上がり、土地の借り手も増えた。一頭だけだった馬も今は三頭になっている。荷馬車だけじゃない。人が乗る馬車だって取り戻した。そこそこ羽振りのいい我が家のことなど…知られないに限る。

 手紙を無視してもいいけど、うちまで来られても嫌なので、とりあえず冷やかしがてら王都に行ってみることにした。

 安宿を手配し、駅馬車で来たような振りをしながら、実は家の者に送ってもらった。待っている間王都で遊んでいいよ、と言うと馭者を務めてくれたチャールズはご機嫌だった。

 こっちもいつまでここにいることになるかわからないし。


 村の人から譲ってもらった服を着て、以前と変わらない格好で裏口から訪ねたコーンウェル家は、元を知らないから何とも言えないけれど、…陰気くさい。

「奥様にお会いしたいんですが」

 メイドの若い女の子は、落ち着かない様子で、

「あ、はい、ちょっとお待ちください」

 そう言って奥に行ったけれど、鼻が赤くて、もしかしたら泣いていたのかもしれない。

 しばらくして、

「どうぞ、お入りください」

 そう言って案内された先には、何か、どこかで見たような光景…

 かつては絵が飾っていたであろう、日に焼けてない壁紙の四角い跡。壺か何かが置いてあったかもしれない台。掃除が行き届いていない廊下。すれ違ったメイドの不満そうな顔、それにさえビクビクしている、私を案内しているメイド。


 奥方の部屋には、贅沢な服に身を包みながらも不機嫌さを隠さない元義母がいた。

「お久しぶりです。お変わりなく…」

「遅いわよ、シンディ。せっかく雇ってやろうと言ってるのに」

 何年経っても、この人だ。懐かしいほどに変わっていない。この横柄さ、この傲慢さ。自分だけは贅を尽くしているんだろう。きらびやかに装っているのに、そのくせ家の中はスカスカ。

「コーンウェル様は…」

「あのじじいなら半年前に死んだわよ。借金だけ残して…。全く、何が大富豪よ」

 事前に調べた噂通りだった。

 コーンウェル氏は新規事業を興し、氏の名前で多くの融資を受けていたけれど、その途上で急死、事業の後を継ぐ人もなく、家は多額の負債を抱えている、と。

 もしかして、この人、やっぱり疫病神?

「お母様、今度のパーティで…、やだ。シンディじゃない。なんでこんな所に」

 もう一人の疫病神、元義姉のデボラ。借金だらけの家にしては、こっちもいい服着てるな。

「私が呼んだのよ。仮にも親子だったんだもの、困ったときにはお互い様でしょ?」

 …私は困らされたことはあっても、お互い様だったことは一度もないんだけど。

「で、私に何をさせようと?」

「させようだなんて。…あなたも借金抱えて、そろそろあの家も手放した頃じゃないかと思って、王都で働かせてやろうというのよ。憧れの王都でしょ?」

 別に憧れてもないし、王都に招待された時だってわざわざ私を置いて二人で行ったくせに。今更そんなこと言う?

「いえ、私は田舎暮らしの方が向いてますから…」

「お黙り! おまえは私の言うことを聞いていればいいのよ。今まで誰に育ててもらったと思ってるの!」

「少なくとも、あなたではありません」

「相変わらず、かわいくない子ねっ」

「お給金、いただけるんですか?」

 核心を突くと、途端に黙り込んだ。

 …やっぱり。ここに住まわせてやるから、ただで働け、とでも言うつもりに違いない。

「親子の間で、せこいこと言うんじゃないわよ」

「親子ではありません。元親子で、今は他人です」

「王都でただで住まわせてあげようって言うのよ。感謝しなさい」

 ああ。思った通り、田舎から無料の労働力を呼び寄せたつもりだ…。

 だめだこりゃ。

「ご冗談でしょ? …帰ります」

 深く礼をして、そのまま部屋を出ようとすると、

「一ヶ月でいいわ。報酬はこれでどう?」

 そう言って、元義母が見せたのは、父の形見の懐中時計だった。

 こんなに気前よく出すと言うことは、壊れて動かなくなっているのかもしれない。でも、父の物は死後に売られてしまい、ほとんど残っていない。こんな時にそんな物を出してくるなんて。本当に、この女は侮れない。

「…一ヶ月で、何をしろと?」

 元義母は私が釣れたと知って、真っ赤な口許を引き上げてにやりと笑った。

「そこの使えない子を何とかしてくれればいいわ」

 私を連れて来たメイドは元義母に指を指されてびくりと身を震わせた。

「全く、掃除もできない。洗濯もだめ。料理もできない。髪の一つも結えない。自分のことさえろくにできもしないなんて、まだおまえの方がましだったわ」

 まさか。

 目を背けたメイドは、三つ編みにした髪もアンバランスで、何かと不格好だった。

「エラ、この子を使用人の部屋に案内して。そして仕事を習うのよ、この役立たず!」

 元義母の隣で、元義姉が鼻で笑っていた。


 報酬は前払いにしてもらい、お父様の時計を受け取った。

 案の定壊れてる。壊れた時計で一ヶ月分の人件費にするんだから、大した根性。

 …でも、どこかにぶつけたような様子もないし、多分、修理すれば使えるようになるはず。


「お名前を伺っても?」

 私を案内してくれている女の子に尋ねると、小さな声でぼそりと答えた。

「…エリーゼ。エリーゼ・コーンウェルです」

 やっぱり。コーンウェル家のご令嬢だ。今度の妹はかわいいから大事にするんじゃなかったの??

「半年前にお父様が亡くなってから、お義母様が急に変わってしまって。…執事もやめさせられてしまい、家のメイドも侍女も次々にいなくなって、先月、銀行からお金をおろせなくなってからは、借金しかない家の娘は働くしかないって。私、もうどうしたらいいか…」

 田舎暮らしで自由奔放だった私と違い、都会の大商家のお嬢様。家のことどころか、自分のことだって侍女の世話になっていただろう。即戦力になるわけないのに…。自分たちはそのまま贅沢を続け、本当のお嬢様をこんな風に扱うなんて。場所が変わってもやってることは一緒だ。

「私は、シンシア・クロフォード。ここではシンディって呼んで。まあ、私がここにいるのは一ヶ月だけだけど、力になるから。徐々に覚えていきましょう。ね?」

 弱々しくこくりと頷く。慣れない家事で手はガサガサになり、あちこち怪我もしている。

 これは前途多難だな。


 荷物を宿に置いてきたから、と、一旦戻ることを了承してもらった。

 待機していたチャールズに事情を話し、一月ほどここで過ごすこと、その間、家のことは先に打ち合わせたとおり執事に任せることを伝え、お父様の時計の修理もお願いし、チャールズには二日ほど王都を楽しんだら家に帰るように言った。


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