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ベースはタイトルの通りシンデレラです。
私のお母様は六歳の時に亡くなった。
元々身体が弱い人だったのだけど、春先に風邪をこじらせ、あっけなく命を落としてしまった。
お父様は忙しい方で家を空けることが多く、それはお母様が亡くなった後も変わらなかった。その間、家ではじいやと侍女のマーサが私の面倒を見てくれていた。家庭教師のエレン先生もお優しい方で、いつもお母様のように優しく褒めてくださり、周りのみんなのおかげで母のいない寂しさを感じることなく過ごしていた。
それから四年後、突然父が再婚した。
何の予告もなく、旅から帰るとまるでお土産のように義母と義姉が一緒に家についてきて、
「今日からおまえには母親と姉ができたぞ」
と、いかにも嬉しいだろうとでも言いたげに紹介された。
義母は
「こんにちは、シンシア。これからよろしくね」
と微笑んだけれど、笑っているのは口許だけで、その目は冷たかった。
父のいるときは良き母親役、優しい姉役をこなしていた義母と義姉は、父が長期に出かけるとネチネチとした嫌がらせをしてくるようになった。
食事のマナーがなっていない、下品な食べ方だから同席したくないとか、私が外で遊んでくるとほこりまみれの服が不潔だ、家畜の匂いがするとか、本を読んでいると女の子が勉強するなんておこがましいだとか。
私も義母や義姉に気に入ってもらおうという気がなく、外遊びの後は着替えればよし。勉強は目につかないところで続ける。食事は父がいないときは部屋に運んでもらえば充分。じいややマーサがいたこともあり、自分のペースでやりたいようにやっていた。
へこたれない私の態度に、
「かわいげのない子」
と言いながらも、じいやには父が信頼を置いていたこともあって、義母も義姉もそっぽを向き、お互い距離を置くことでバランスを取っていた。
父は実に中立だった。
義母や義姉にはドレスや宝石、香水を、私には本やペンを、それぞれが好きな物を買い与えてご機嫌を取り、喜ぶ姿を見てこの家は平和に回っていると思い込んでいた。
そして、そう思ったまま出先の事故であっけなく他界してしまった。私が十二歳の時だった。
父の葬儀が終わると、私の生まれ育った屋敷は義母のものになった。
突然女主人として家のことを仕切りだし、私は自分の部屋を追い出され、使用人の部屋に移された。
じいやも侍女も、家庭教師の先生も、母の気に入らない人はみんな首になり、足りなくなった人手の代わりに私が働くことになった。
初めは家の掃除から。
義母と義姉は珍しい食べ物や高価なドレスを買い込んでいたけれど、家の家計を取り仕切っていたじいやを追い出したせいで我が家の収支を管理する人はなく、時には騙されて二束三文の品を買わされることもあり、次第に家のお金はなくなっていき、一人、また一人と使用人はいなくなっていった。
その分私の仕事は増えていき、二年もすれば洗濯も、野菜を育てるのも、火起こしに料理、二人の身支度を調えることまで私がやるようになっていた。
「シンディ! 顔を洗うわ。お湯を持ってきてちょうだい」
「シンディ! ご飯はまだなの! 全く愚図なんだから」
父が死んでから、私はシンシア・クロフォードと名乗ることを許されず、シンディと呼ばれていた。それは親密だから呼ぶのではなく、家名もない下働きの女として蔑むための呼び名。
そんなことくらいでへこたれるような私ではなく、それがまた良くなかったんだろう。
義母も義姉も私がこの家以外にいる場所がないのをいいことに、ただで働く便利な下女として扱い、えらそうな態度で無茶を言ってきた。
「ああ、ぶどうがたべたいわぁ」
義姉のデボラが潰した芋をフォークで刺しながら、夢みたいなことを言っている。
「今の季節にぶどうなんてありませんよ。干しぶどうでよければ、お金を出してくだされば買ってきますが?」
「おまえ、なまいきよ!」
つい一年前までは、それこそブドウだろうがオレンジだろうがチェリーだろうが、余るほど取り寄せては腐らせていた。お金は使えばなくなるもの。たったそれだけのこともわからない人達。
「おまえの本を売ればいいじゃない」
「売れる本はもうみんな売ってしまったじゃないですか。次はお義姉様のドレスでもお売りになれば、明日の朝にはウインナーくらい出せるかもしれませんけど?」
「冗談じゃないわ! 何で私の物を売らなきゃいけないのよ。お母様ぁ、シンディがひどいのー!」
「シンディ!」
また義母のヒステリーが始まる。くどくどと、日頃の不満を私にぶつけてすっきりするまで怒鳴りまくる。ストレス発散に使われて、終わったら食器の片付けに掃除。
とっとと済ませて、自分の時間を作らなきゃ。
義母には内緒で、家の本の半分は地下室に隠し持っていた。湿気が多くて本を置くには適していないけど、売られてしまうよりまし。
地下室には、義母が来るときに追いやられた母の持ち物も隠してある。父が処分しようとした物を、じいやがここに隠しておいてくれたのだ。
いつまでこんな暮らしが続くのかはわからないけど、そう長く続けられそうにないことはわかっていた。破綻は近い、と。