第20話 コルトン伯爵家別邸
ジャレッドがあやしい。
容疑者か重要参考人かはさておき、詳しく話を聞いておくべきだろうと思った俺たちは、コルトン伯爵が所有する別邸を訪れた。
「おお、さすが伯爵さまだ」
格式のある、大豪邸だった。
広さや豪華さで言えば、ウォーレン邸のほうが上なのだが、なんというか、歴史のある感じがする。
ただ、お屋敷というには、なんだか少し違和感があった。
なんというか、こう、つくりが独特というか、馴染みがあるというか……。
「ジャレッドさんがこの街へいらっしゃる際、当時経営が傾きかけていた老舗の宿を、伯爵が買い取られたそうですよ」
俺の表情から考えを読み取ったのか、アイリスがそう言ってくれた。
「なるほど、老舗ホテルをリノベしたって感じか」
言われてみれば納得がいく。
お屋敷のつくりも、この街でいくつか見たことのある宿屋に似た雰囲気だ。
なんにせよ、ジャレッドに話を聞くため、俺たちはロビーに向かったのだが……。
「申し訳ありませんが、だれも通すなとのご指示を受けております」
受付っぽいところにいた執事らしき人から、塩対応を返されてしまった。
「あの、実はジャーヴァス商会で……」
と、アイリスが事情を説明し、持ち前の交渉力で突破を試みたのだが、やはり答えは変わらず。
シャノアなら忍び込んで様子を窺えるとは思うんだけど……。
「主がどうしてもやれと言うなら、やらんでもないがな」
試しに頼んでみたら、あくびとともに興味なさげな答えが返ってきた。
そうだよなぁ……シャノアにメリットがあるでもなく、俺たちになにか危険が迫るわけでもなし。
そもそもニンゲン同士の醜いいざこざに、神聖なお猫さまを巻き込むのは違うような気もするし。
なんて考えながらアイリスを見ると、彼女も同じ気持ちだったのか、苦笑とともに肩をすくめた。
冷たいようだけど、ナタリアさんとかいう会ったこともない人の安否って、それほど重要じゃないしなぁ。
コルトン伯爵の嫌がらせから始まった一連の出来事にしても、ウォーレン商会の勝ちが見えてるし。
「あとは司法におまかせしましょうか」
というアイリスの意見に賛成し、俺たちはジャーヴァス商会でのできごとなどを町の官憲に報告し、その日は帰ることにしたのだった。
○●○●
数日後、捜査員からの要請で、ジャレッドくんの部屋へ同行することになった。
どうやら彼らのほうでもジャーヴァス商会の捜査をおこなったようだが、あの隠蔽された血痕などから、自分たちのスキルでは歯が立たないと判断したようだ。
もちろん、ウォーレン商会への信頼という点も大きいだろうけど。
念のためジャーヴァス商会へ顔を出したが、例の受付さんは不在だった。
あの日以来、休みをとっているらしい。
他の従業員もあまり関わりたくなさそうだったので、俺たちだけでコルトン伯爵家別邸へ。
すでに待機していた捜査員のみなさんと合流し、別邸に入る。
露骨に嫌な表情を浮かべる執事さんを令状で黙らせ、ジャレッドくんの部屋へ。
「おおっと、これは……」
思わず目を背けたくなるような惨状……とはほど遠い整然と片付けられたお部屋。
それでも俺は、思わず目を細め、口元を覆ってしまう。
そんな俺を見て、捜査員はもちろん、アイリスも首を傾げる。
似たような表情を浮かべているのはセイカくらいのものか。
シャノアも気づいてはいるけど、興味なしという感じだな。
「あの、アラタさま?」
「アイリス、〈鑑定〉はやってる?」
「えっと、はい。前回同様、かなり念入りにやってますけど……」
なるほど。
ただ、前回同様じゃあダメかもな。
「ルミノール液ってのは、数万倍に薄められた血痕にも反応するんだよな」
アイリスの言葉を受け、セイカがそう言った。
「えっと……」
「だからさ、前よりもちょっと念入りに〈浄化〉したくらいじゃあ消えないんだよ、血痕ってヤツは」
「……ていう情報を頭に入れて、もう一度丁寧に〈鑑定〉してみて」
セイカの説明を補足しつつ、アイリスに告げる。
「わかりました」
俺たちの言葉を受け、アイリスは気合いを入れて室内を観察する。
ほどなく――
「ひっ……!?」
――彼女は短い悲鳴を上げて身をのけ反らせた。
部屋一面が血まみれだった。
床だけじゃなく、寝具や壁にも飛び散っている。
ナタリアのときとはまったく異なる状況だ。
あれは、太い血管や臓器を傷つけられた人物が倒れ、その場で血液が流れ出したような感じだった。
でも今回のは、派手に血が飛び散っている。
被害者から激しい抵抗があったのか、あるいはあえて血を飛び散らせたのか。
ジャーヴァス商会のほうが単なる殺害現場なら、こちらはまさに惨殺の現場という感じだ。
しかも被害者は、ひとりじゃない。
○●○●
血痕が誰のものか。
それらの照合は、セイカとアイリス、および女性捜査員に任せた。
〈鑑定〉の結果、すべての血痕が女性のものだとわかった以上、衣類や下着類、洗面所などに残された残留物と血痕との照合作業は、男性がやるには少々センシティブだからな。
「おそらく、メンバーのみなさんのものだと思われます……」
アイリスが、顔を青くしてそう報告してくれた。
ジャレッドくんのハーレムパーティーは四名。
全員が寝食をともにしていたようで、残留物からは全員分の情報を得られた。
照合の結果、部屋中に飛び散った血痕は彼女たち四人のもので間違いないようだった。
「いったい、なにがあったんだ……?」
血痕の状態からして、四名の生存は絶望的だった。
ベタに考えると、ナタリアを殺害したジャレッドが錯乱し、仲間も惨殺。
そのうえで逃亡した、という感じだろうか。
「せめてここの血痕が、いつのものかわかればなぁ……」
念入りに施された〈浄化〉のせいで血液の腐敗が止まり、いつ発生した血痕なのかまではわからないという状況だった。
「つーかさ、なんでこんな中途半端に〈浄化〉してんだ?」
セイカが呟く。
確かに、ナタリアのときより念入りに〈浄化〉されていた。
まるで俺たちの〈鑑定〉能力を、中途半端に知っていたかのように。
そういえば、あのジャーヴァス商会を訪れた日、俺たちの様子を窺っていた人がもうひとりいたな。
あの日以来休んでいるという受付さん、彼女がなにか……。
――カンッ! カンッ! カンッ!
俺の思考を邪魔するように、鐘の音がけたたましく鳴り響く。
「なんだ、この――」
「――この警報は!?」
俺の言葉にかぶせるよう、アイリスが叫ぶ。
捜査員のみなさんも、ずいぶん慌てた様子だった。
甲高い鐘の音に加え、警笛っぽい音も鳴っている。
なるほど、警報というにふさわしい音だ。
「アイリス、これは?」
「大氾濫です!!」
大氾濫。
どうやら異世界でも地球でも、共通の言葉らしい。
それはなんらかの異常で、ダンジョンからモンスターが溢れ出す現象を指すものだった。
大変ながらくお待たせして申し訳ありません。
こんな時期に更新ってことはどうせ告知だろ?と思われた方、ご明察です。
10/10にコミック4巻が発売されます。
巻末にジンの過去を描く短編小説を収録しております。
原作では小悪党だったジンくんも、kou先生の愛情をたっぷり受けて立派な悪党に成長しました。
そんな彼の過去を描くエピソード、我ながら大変よい出来だと自負しております。
最高のコミックと合わせてお楽しみいただければ幸いです。




