第12話 ジンの思惑
本日は2話目!
翌日、2日前の依頼で得た魔石を受け取った俺は、当初の予定通りジンのパーティーにポーターとして参加し、ダンジョン探索へ向かった。
基本的に問題なく進んでいる。
戦闘は順調にこなせているし、魔石や素材の回収も順調だ。
にもかかわらず、今日の探索は妙だった。
まずルートが違う。
このところ決まったルートで深部を目指し、目標地点に到達したら、引き返す、というのを繰り返してた。
3日前のように、想定外の被害を受けた際は早めに切り上げることもあるが、そこまでのルートが大幅に変わることはなかった。
また、ルート変更の際は事前に通達されるのが常だが、今回は何の前触れもなく変更された。
それに対して他のメンバーからは特に意見が出なかったので、俺以外は知っていたようだ。
それだけならただの伝達ミスと思えるのだが、他にも気になることがあった。
メンバー同士の会話がほとんどないのだ。
戦闘時に声を掛け合うことはあるが、移動時の雑談がまったくといっていいほどなかった
なんというか、変に空気が重い。
そのうえ何人かのメンバーは、俺と目が合うなり慌てて視線を逸らすのだ。
特に、タカシとはよく目があった。
そのたびに逸らされるのだが。
ポーターとして随行している以上、あまりこちらから話しかけるのもはばかられた。
今日に限ってジンはやる気があるのか、先陣を切って戦闘に励んでいたので、なおのこと話せなかった。
そのぶん戦果はかなりよかったが。
そうやって数回の休憩をはさみつつ半日ほどダンジョンを歩いた。
「へへっ、やっと着いたか」
ジンがそう言って、足を止めた。
どうやら目的地があったようだ。
「おいおっさん、ちょっとこいや」
「ん? ああ」
なぜか、俺が呼ばれた。
ジンのもとへいくと、その少し先に奇妙な景色があった。
ここは深い森のエリアなのだが、草木の生い茂る場所の一部分が、切り取られたようになっている。
その内側は、暗く淡い朱色で塗りたくられたようだった。
「これは……」
「トワイライトホールだよ。おっさんも聞いたことくらいはあるだろ?」
それはダンジョンにときおり現れる現象だった。
夜に近い夕暮れを思わせる色に切り取られたその場所に入ると、2度と帰れないところに飛ばされるのだという。
非常に危険なので、発見した場合はギルドに報告しなければならない。
だがトワイライトホールに関する通知なんて、なかったはずだ。
ダンジョンに入る前はかならずそのあたりの情報を確認するように心がけているので、見落としはないと思う。
ならばこれは未発見のトワイライトホールってことになる。
だがジンはこの存在を、よく知っているようだ。
つまり知っていて報告義務を怠った?
それってかなり重い罰則があったような……。
「それで、俺に何の用だ?」
問題はそれだ。
こんなところに俺を連れてきて、こいつはいったいなにがしたいんだ?
「とりあえずおっさんは、いまここでクビだ」
「は?」
突然の解雇通知に、思わず首を傾げる。
「いきなりなんなんだ?」
「それがいきなりじゃねぇんだよ、おっさん」
俺が問い返すと、ジンは呆れたように肩をすくめた。
「なぁ、おっさん。なんでオレがてめぇを雇ったかわかるか?」
「新人時代に面倒見てやった恩返し……だと思っていたんだけどな」
はっきり言ってこのパーティーにおける俺の重要度はかなり低い。
役割は〈収納〉で弁当などのちゃんとした食事を運ぶことと、探索終了時に〈帰還〉で帰れること。
あとはポーチの余裕がなくなったときに魔石やモンスターの死骸などを預かるくらいだが、その頻度はあまり高くない。
今日は戦果がよかったので、大きめの死骸をいくつか預かっているけど。
食事に関しては1日や2日くらいならカロリーバーで過ごしても問題ないし、転移ギアを使えばいつでもダンジョン入り口まで帰れる。
そこからギルドまでは、あっという間だ。
もちろん転移ギアを使うには金がかかるが、俺への報酬を考えればむしろそちらのほうが安いだろう。
だからこそ、俺を雇っていくれるのは恩返しからだと思っていたのが、どうやらそうではないらしい。
「はぁ……ったく、まさかそんな風に思われてたなんてよ」
ジンは額に手を当て、わざとらしく首を横に振ったると、顔を上げてこちらを見た。
「オレはよぉ、偉そうに講釈たれてたてめぇをアゴで使うために雇ったんだよ!」
「はぁ……」
言いたいことは何となくわかるが、うまく意図が掴めない。
「半分も生きてねぇガキに指図されりゃあ、さぞ惨めな思いするんだろうなって思ってたのによぉ……全然堪えてねぇって、なんだよ」
「あー、もしかして恩返しじゃなくて、意趣返しがしたかったのか?」
「そのイシュガエシっつーのが何かしらねーけど……」
「まぁ、仕返しみたいなもんだ」
「そういうとこがうぜーんだよ!!」
どうやらオレは、随分嫌われているらしい。
「俺、お前になにかしたか?」
他の若手と同じように、ごく当たり前の新人教育をしただけだ。
少なくともそれで恨まれたことはなかったのだが……。
「てめぇみてぇな大したスキルもねえ底辺のおっさんから偉そうにされたってことが気にくわねーんだよ!」
「なんだそりゃ」
しょーもない理由に思わずつっこんでしまった。
「そうやってオレと対等に話すのも気にくわねぇ」
「なんだ、雇い主なんだから言ってくれれば敬語にさん付けくらいは普通にするぞ?」
「言われなくても察しろや」
「悪いな、察しが悪くて」
「だからそういう態度がむかつくっつってんだろうがぁ!!」
ジンが大声を上げるなり、当たりの空気が震え、彼のうしろに控えるメンバーの何人かが悲鳴を上げた。
「おっと……」
俺も思わず仰け反ってしまったが、すぐに体勢を立て直してジンに対峙する。
「それで、お前さんはなにが望みなんだ? 俺をクビにして置き去りにでもしたいのか?」
「けっ! んなことしたっておっさんはしれっと帰るだろーが」
「まぁ、そうだな」
正直に言えばいますぐにでも〈帰還〉したい。
だがそうできないのは、ジンが剣を抜いているからだ。
だらりと腕を下げているように見えるが、俺が逃げようとすればすぐにでも仕掛けてくるだろう。
底辺とはいえ俺も冒険者としての経験はあるので、それくらいはわかった。
俺が〈帰還〉を使うよりも、それを察知してジンが〈疾風剣〉を使うほうが早いかもしれない。
「ライフポーション出せや」
なるほど、それが狙いか。
「一昨日使ったと言っただろう?」
「嘘つけ。テメェがポーションを猫に使ってんのと、2ヶ月にいっぺん買ってんのは調べがついてんだよ」
なるほど、だからまだ残っていると踏んだわけか。
ほんの数滴しか使ってないし、ほぼ未使用みたいなもんだよな。
「ほしけりゃ買えよ。100万なんてお前には大した額じゃないだろう?」
「数がねーからあんま手に入らねぇことくらい、テメェもわかってんだろうが」
たしかに、俺もマツ薬局で取り置きしてもらえなければ、購入は難しい。
「なら薬局に注文しろよ。来月には買えるぞ」
だが逆に言えば、注文さえしておけば遅くともひと月後には手に入るものだ。
メンバー全員で予約すれば、それなりの数は手に入るはずだ。
「そうだな。だがおっさんは、それじゃあ困るよな」
そこでジンが、いやらしい笑みを浮かべた。
「そうだよなぁ、困るよなぁ。それがなきゃ愛しのネコチャンが死んじまうもんなぁ! クハハッ! いい顔してるぜおっさん!!」
「む……」
どうやら俺は無意識のうちに顔をしかめていたらしい。
それもそうだろう。
シャノアの身に危険が迫ろうとしているのだ。
それだけは、認められない。
「いいぜいいぜ! オレはおっさんのそういう顔がずっと見たかったんだよ!」
なんとも醜い笑みを浮かべるジンに、俺はさらに顔をしかめた。
根はいいヤツだと思っていたが、どうやら俺には人を見る目がなかったようだ。
あるいは、強力なスキルを得て人が変わってしまったか。
「つーわけで、さっさとライフポーション出せや」
なんにせよ、受け入れられない話しだ。
「断るに決まっているだろう」
「そうかよ、じゃあ死にな」
ジンはそう言うと、少し膝を落とした。
次は18時!