表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/77

第1話 ダンジョンの日常

新作始めました!

連休のお供にぜひ!!

 薄暗い森のなかで、巨漢が暴れ回っている。

 3メートルはあろうかという長身、重量級の格闘家を思わせるがっしりとした体格のそいつは、手にした鉈のようなものを振り回していた。


「グォオァアアーッ!」


 雄叫びとともに鉈が振り回されれば、一抱えはあろうかという大木がなぎ倒される。


 そんな鬼のような巨漢を、数名の男女が取り囲んでいた。

 全身鎧に身を包んで槍を構えた者、軽鎧を身に着けて剣を構える者、ローブを身にまとって杖を手にした者、少し離れた位置で弓を構える者。


 彼らは暴れ回る敵を倒すべく、悪戦苦闘していた。


 まるで出来の悪い映画のような光景だった。

 あるいは高精度なファンタジー系VRゲームの中にいるとでもいうべきか……。


 だが、これは紛れもなく現実だった。


 俺こと(ふる)(みね)(あら)()は、少し離れた位置にある大木の陰から、彼らの戦いを眺めていた。


 ちなみに俺は膝丈の鎖帷子に皮のベスト、頭にはヘルメットという少々不格好な姿だ。


「てめぇらオーガごときに手こずってんじゃねぇぞ!!」


 すぐ近くの大木へもたれかかるように立つ男が、叱咤の声を上げる。


 半脱ぎのつなぎを着た金髪の男だった。

 このパーティーのリーダーである(くろ)()(じん)だ。


 ジンは、メンバーの戦いぶりに不満があるようだった。


 彼らが戦っている巨漢は、オーガと呼ばれるモンスターだ。

 その巨体に加え、くすんだグレーの肌、大きく開かれた口から覗く牙、なにより頭に生えた角から、それが人間でないことはあきらかだった。


「グゴァーッ!」

「ぎゃぁっ!!」


 軽鎧の剣士が、オーガの一撃をくらって吹っ飛ばされた。


「おい、大丈夫か!?」


 俺は慌てて剣士のもとへ駆け寄る。


「こらタカシぃ! てめぇちんたらやってんじゃねぇぞ!」


 リーダーのジンに、メンバーをいたわる様子はない。


「ぐっ……ごほっ……!」


 タカシと呼ばれた剣士が、口から血を吐く。

 金属製の胸甲は切り裂かれ、胸から腹にかけて深い傷が刻まれていた。

 傷口からも、血があふれ出している。


「しっかりしろ!」


 俺はタカシに声をかけながら、手にした青い小瓶のふたを開け、中身を傷口にかけてやった。

 彼の様子を見ながら、ゆっくりと、慎重に。


「おいコラおっさん! んなもんサクッと回復してそいつを戦線に戻せや!!」


 ジンがいらだたしげに叫ぶ。

 彼の言う〝おっさん〟とは、俺のことだ。

 18歳の彼にしてみれば、三十半ばの俺はたしかにおっさんだろうな。


 青い小瓶に入った『ヒールポーション』を使えば、どんな深い傷もたちどころに回復できる。

 傷口に対して大量にかければ裂かれた皮膚や筋肉、そして断たれた骨はつながり、一気に飲ませれば損傷した内臓も回復するだろう。

 ポーションは腹に溜まることもなく、消化を待つ必要もないので、それこそサクッと傷を治せるものだ。


 だが、それを実行するわけにはいかない。


「ダメだ、傷が深すぎる! 無理に回復すれば死んでしまうぞ!!」


 俺はジンにそう告げながら、慎重に量を調節しつつ、傷口にポーションをかけていく。


 ポーションによる回復は、生命力を消費する。

 深い傷を急速に回復しようとすれば、傷は治るが生命力を使い果たして死んでしまう、ということが起こるのだ。


 なので回復には、かなり気を使わねばならない。


「ちっ、使えねーザコが」


 ちらりと見ると、オーガ相手に戦っていたメンバーは、劣勢を強いられていた。

 タカシが抜けて、戦力が下がったせいだろう。


「しゃーねぇ、オレがいねぇとなんもできねぇんだからよ」


 ジンは呆れたようにいいながらも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべ、腰に巻いたツナギの袖をほどく。

 袖に腕を通し、ファスナーを閉じると、傍らに置いてあった長剣を手に取った。

 西洋風の、ロングソードだ。


「どけっ、てめーら!」


 長剣の鞘を払いながらジンが言うと、メンバーは慌てて後退した。


「ゴァッ……!?」


 彼らを追撃しようとしたオーガだったが、ジンのほうを見て驚いたような声を上げた。

 敵意を、感じ取ったようだ。


「ガアアァァーッ!」


 オーガが、己を鼓舞するように雄叫びを上げる。


「うるせーんだよザコがっ!!」


 ジンが叫ぶとともに、剣を一閃する。


「ガッ……!?」


 次の瞬間、オーガの肩から脇腹にかけて、袈裟懸けに斬られたような傷が刻み込まれた。

 ジンとオーガのあいだには、5メートル近い距離があったにもかかわらず。


「ガッ……ゴォ……」


 ずるり、とオーガの身体がズレる。

 それと同時に敵はうしろに傾いた。

 地面に倒れる途中、身体の一部が木にひっかかり、そのせいでオーガの身体は完全に両断された。


「やっぱすげぇな、ジンさんの疾風剣は」


 いつのまにか近くに来ていた弓持ちの男が、ぼそりと呟いた。


「あいつは、あれひとつで成り上がったからなぁ」


 俺も思わずそう口にしていた。


「げほっ……ごほっ……!」


 タカシが咳き込む声で、我に返る。


「お、おい……大丈夫なのか、そいつ?」


 弓持ちの男が心配げに尋ねてくる。


「まずいかもしれん……」


 傷口は塞がったが、内臓の損傷が酷かった。

 このままだと、生命力がもたない。


「仕方ない……!」


 俺は緑色の小瓶を()()()()()

 中身は、底に少したまる程度のものだった。


「お前、それ……」


 弓持ちの男は驚いた様子だったが、俺は気にせず隆の口に小瓶の口を当てた。


「ほら、飲め。口に入れるだけでいいから」


 ポーションは飲み込まなくとも、口に含むだけで効果が現れる。


「んぐ……ふぅ……」


 タカシの表情が和らいだ。

 しばらく様子を見て、問題ないと判断した俺は、続けて青い小瓶を彼の口に当てた。


「ゆっくり飲め、ゆっくり……」


 タカシは小さく頷きながら、ゆっくりとポーションを飲んでいく。

 ほどなく、彼の呼吸が落ち着いてきた。


「ふぅ……助かったぜ、おっさ――いや、アラタさん」


 どうやら傷は無事に回復したようだ。


「おいおいおいおい、正気かおっさん? こんな貴重なポーション使いやがって」


 いつのまにか近くにきていたジンが、地面に転がっていた緑の小瓶を拾ってそう言ってきた。


「それがなけりゃ、危なかったぞ」

「ならくたばっちまえばよかったんだよ。あー、もったいねぇ」


 ジンの言葉に、タカシは気まずそうに目を逸らす。


「やるよ、それ。振れば一滴くらいは出るんじゃないか?」

「あぁ?」


 ジンは俺の言葉に、不機嫌そうに眉を上げたが、それ以上はなにも言わず緑の小瓶をポケットに入れた。


「おい! オーガの死骸をさっさと回収しとけや!」

「は、はいぃっ!」


 ジンが叫ぶと、少し離れた場所にいたローブ姿の女性が慌ててオーガの死骸に駆け寄った。

 そして彼女が手をかざすと、死骸は淡い光に包まれたあと、消え去った。


「それよりおっさん、腹減った。メシ出せよ。それしか取り柄がねーんだからよ」


 あからさまに見下すような態度で、ジンが言ってくる。


「……ほら」


 俺はチーズバーガーを()()()()、ジンに手渡した。


「へへっ! これこれ……!」


 ジンはチーズバーガーの包みをめくり、かぶりついた。


「ポテトとコーラも、置いておくからな」

「おう」


 紙袋に入ったままの温かいフライドポテトと、炭酸のしっかり残っているコーラを、地面に置いておく。


「君らは、どうする?」


 俺が問いかけると、他のメンバーも思い思いに弁当やサンドウィッチなどを求めたので、それらを出していった。


「あー、今日はもう帰るか」


 食事が一段落ついたところでジンが言い出したため、この日の探索は終了となった。


「それじゃ、俺に触れてくれ」


 メンバー全員が俺の身体に触れたのを確認する。


「よし。じゃあ帰るぞ」


 次の瞬間、森のなかにいた俺たちは、屋内施設に移動していた。


「よーし、じゃあ次の探索は3日後だ。おっさん、次はテリヤキバーガー頼むな」

「ああ、わかったよ」


 ジンがそう言い残して帰り、他のメンバーも解散した。


「アラタさん、今日は助かったぜ」


 ひとり残ったタカシが、礼を言ってくる。


「気にするな。仕事のうちだよ」


 俺がそう言うと、タカシは深々と頭を下げ、去って行った。


「さて、帰りにドラッグストアへ寄らなきゃだな」


 空になった緑の小瓶を思い出しながら、俺は冒険者ギルドをあとにするのだった。

 

4話まで一気に更新していますので、続きをどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ