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だんじょん怪談

恐怖のだんじょん怪談4 ~社畜が転生? ブラック企業社員の俺は仕事中に過労死し、異世界転生! でも、異世界の連中はみんな俺を知っていた? 君は50人目ってどういうこと?

作者: todaka


 俺ことスズキカズマは、目の前の風景に目を疑った。

 あの「女神」を名乗る変な女は、もういない。

 あの女から、質問されたのは覚えている。それに俺が答えたのも覚えている。回答が終わるやいなや、この状況だ。

 俺は、どこかの草原の只中へと投げ出されたのだ。

 草原を風が薙ぎ、草が揺れている。地平線の向こうまで視線を向けたが、見知った建物のシルエットはどこにも見当たらない。遠くに見える、人工物らしき物の影は、ヨーロッパの城壁のような姿をしている。

 どの方向を見ても、とても日本の東京の風景には見えない。


 これは、あれか?

 ひょっとして、ホントの異世界転生という奴か?

 いやいや、やっぱり俺は、会社の床で寝ていて、夢でも見ているのか……。


 俺は泡沫IT企業に勤めるシステムエンジニアだった。

 顧客に依頼された、あるアプリケーションの開発を担当していたんだが、その業務も佳境というところで事件が起きた。

 顧客は唐突に、仕様のバグを報告してきたのだ。

 なんでも、仕様書を作成した段階で想定していた動作環境に、穴が見つかってしまったらしい。

 そういうわけで、お決まりのデスマーチの開始。

 三十日間の連続勤務と徹夜続きの果てに、景気づけのつもりで酒とエナジードリンクをガブ飲みしたのが悪かったんだろう。俺は会社で倒れてしまった。


 そして目を覚ますと、そこは、どこかギリシャかローマの神殿のような場所だ。

 なんだそりゃ。

 状況がわからず唖然としていると、いつの間にか、変な女が俺の背後に立っていた。なんだか嫌な予感はしたが、案の定、その女は「女神」を名乗った。

 おいおい。

 その女が言うには、俺はもう死んでいるんだと。そして、生き返ることはできないけど、異世界に転生させてやるから、そこの「魔王」とやらを倒してこいと来たもんだ。


 素人の異世界転生小説でも、こんなベタな展開はしないぞ。ちょっとはヒネれ。


 そうツッコミを入れても、女神は何も動じない。

「様式美というものに従いなさい。何か、欲しい力があったら上げるから」と、極めて事務的に言って、あとは、二つ三つの質問をしてきた。

 俺は、どうせこんなもん夢だろうと思った。だから適当に答えて、俺の身体が、見知った汚いオフィスで目を覚ますのを待っていた。


 が、この草原に投げ出されてから待ち続けても、一向に夢が覚める様子はない。

 草木の青臭い匂いのする風に吹かれながら、俺は停止してしまった脳細胞を再起動させる。

 夢じゃない?

 憧れの異世界転生?

 じゃあ、最初にやることは、アレしかないよな?

 そう、アレだ!


 俺は、右手を空に掲げて、憧れのあのセリフを叫んでみた。


「ステータスオープン!!」


 言ってみたかったんだよな。一度くらい。

 しかし、何も起きない。俺の目の前に半透明のウィンドウが開いて、俺のステータス一覧が出てくる……とか、そんなご都合主義は起きなかった。

 ただ、風がヤケに冷たい空気を運んできただけだ。

 ああ、そんなもんだよな。そんなもんさ。


 チリンチリン、という鈴の音が聞こえる。音の出所は、羊の群れだった。羊が、羊飼いらしき杖を持った少年に率いられて、首輪の鈴を揺らし揺らし、草原をやってくる。

 少年の歳は十四、五歳だろうか。日本人には見えない、白人に近い顔立ちだ。彼は、いかがわしい物を見るような目で、俺をじろじろと見た。めぇめぇという羊たちの鳴き声が、たちまち俺の周りを埋め尽くす。


「なぁ、あんた」

 そばかすだらけの、その少年は、唐突に口を開いた。

「あんた、さっき、何て言ってた?」

「えっ?」

 言葉が通じる。それには驚いたが、それ以上に俺にとって大事なのは、あのセリフを人に聞かれていたことだ。

 あの恥ずかしいセリフを!


……いや、まだ気は早い。少年が俺の声を聞いていたにせよ、まだ、内容まではわからなかっただろう。ここは一つ、嘘をついて誤魔化そう。

「いやぁ、ここはどこだろうと、独り言を」

「あんた、ステータスオープンとか言ってたように聞こえたぞ。そうだ、ステータスオープンってさ。ポーズを付けて! ステータスオープン!」


 少年は、俺のさっきの右手を掲げるポーズを忠実に再現し、叫んで見せた。

 あああああああどうしよう

 やめて、殺して。俺を殺して。

 俺が恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆って座り込むと、少年はこう続けた。

「あんたさ、噂に聞いた、スズキカズマじゃないか?」

「ええ?」

 なんだよコイツ。噂って、なんか、俺は噂にでもなっているのか。


 ってか、なんで俺の名前を知ってるんだ?


 俺の表情の変化をまじまじと見て、少年は声を弾ませた。

「ちょっと待っててくれよ。あんたみたいなのに詳しい人を、俺っちは知ってるんだ。しばらく、羊の番をしててくれ。そらっ!」

 少年は強引に、俺の手に羊飼いの杖を握らせると、走ってどこかへ行ってしまった。

 俺はというと、杖を片手に羊まみれ。たちまち俺の服は、こびりついた羊の毛で白マダラ模様になる。

 なんか、聞いたことのある異世界転生とはちょっと違うなぁ。


 しばらく待っていると、さっきの少年が戻ってきた。その後ろから、一人の老人と、鎧と剣で武装した数名の男がやって来る。なんだろう?


「賢者さまー! こちらの方ですよ。こちらの方が、ステータスオープンと叫んでたんです!」

 少年が笑顔で老人に呼びかけた。

「そうかそうか。ステータスオープンか。右手を空に突き上げて言っていたのだな?」

 老人が真顔で言う。

「ステータスオープン……」

「本当にいたんだな。ステータスオープンなんて言う人が」

 これは武装した男たちの言葉だ。


 なんだよ。ステータスオープンステータスオープンって。

 俺に恨みでもあんのかよー。


 女神が教えてくれた話では、俺の肉体は外見上、もとの世界と何も変わっていない。日本人の、中肉中背で平均的なアラサー男に過ぎない。

 だが、転生者の基本的な装備として、普通の人間よりも高い身体能力を与えられているらしい。普通に戦う限り、現地の一般人には負けないくらいの強さがある、と。

 もっとも、俺は格闘技とか武術の心得はない。

 この連中がもしも、俺に悪意を抱いて襲い掛かってきたら、逃げた方が無難だろうな。


 しかし、心配は無用だったようだ。

 老人は、笑顔で、俺に話しかけてきた。

「あー。君はスズキカズマ君だね。おそらくは」

 なんと回答したものだろう? 俺は少し悩んで、結局は、正直に対応することにした。

「そうです。俺はスズキカズマ」

「異世界からの転生者だね。確か転生元は、ニホンとかいう世界らしいが」

「そうです。何で知ってるんですか?」

「君はこの世界では有名人なんだよ。ようこそ、スズキカズマ君。君は、50人目のスズキカズマなんだ」

「……50人目!? えっと、俺みたいな転生者が、他に49人いるって意味ですか?」

「違う。君が、他に49人いるということだ。私は賢者パルタ。耳の賢者と呼ばれている。事情を説明してあげよう」




 耳の賢者を名乗る老人と、二人の護衛、そして俺。

 賢者の先導にしたがって辿り着いたのは、城壁に囲まれた都市だった。いわゆる城塞都市というやつだろう。老人がいうには、ペタの街というらしい。

 魔法使いなのだろうか、とんがり帽子の女がすれ違う。小型トラックほどの大きさの狼が、大型のクロスボウを背負った男に引かれて、城門を通り抜けていく。

 やはりここは、異世界なのか。


「着いたぞ。まぁ、上がってくれ給え」

 耳の賢者は、広場に面した一つの建物の前で立ち止まり、中に入るように促した。

 建物の正面に何か看板があり、文字が書かれている。見たこともない文字だが、意味する内容は頭の中に浮かび上がってくる。異世界の文字の読み書きが難なくできるのは、女神が与えた基本のチートだったっけ。

 これは「冒険者ギルド」と書いてあるようだ。そうか、この異世界にはあるんだな。このベタな組織が。


 建物の中に入ると、賢者が「スズキカズマ君を連れて来たぞ!」と奥に呼びかけた。

 数人の、年輩の男女が姿を見せて、俺の顔を見るなり驚いた表情を見せる。


「スズキカズマ?」

「あれか。前に見た絵と同じ顔してる」

「これで、何人目でしたっけ?」


 賢者は答えた。

「50人目だよ。さあ、恒例のオリエンテーリングが必要だ。客間を使っていいな?」


 そんなこんなで、俺はその建物の入り口近くにある一室に通された。座り心地の良さそうな椅子が二つ、テーブルを挟んで置いてある。うながされるままに、俺は椅子の片方に座った。対面には賢者が座る。窓からは、さっき通り過ぎた広場の様子が見えた。


「さて。カズマ君。最初の質問だが、お腹は減っていないかね?」

 賢者の言葉を聞いて、俺は自分の腹具合を自覚する。そういえばこの世界に来てから、何も食べてない。俺がそう答えると、賢者は手を叩いて、さっき姿を見せた年配の女性を呼びつけた。何か、食べ物を注文しているようだ。

 少し待つと、女性がトレーに二つの物体を乗せて戻って来た。

 彼女は、その物体を俺の目の前に並べる。


「え? あれ? これって、ひょっとして……」

 その物体が何なのかに気が付いて、俺は混乱する。

 こんなもの、異世界にあるわけないのに。

「見ての通り、ハンバーガーと、コーヒーだよ」

 賢者が含み笑いをした。

「ハンバーガー? コーヒー??」

「まぁ、食べてみなさい。きっと気に入るはずだ」


 ハンバーガーと見せかけて、何か変な食材でも使ってるんじゃないか。俺はそんな疑念を抱いたが、恐る恐る口を付けて頬張ると、その味は、まさしくハンバーガーだった。

 微妙に、食べなれた味とは違う、だが、味付けにはケチャップとマヨネーズが使われている。口の中に広がる肉汁の風味は……そう、悪くない。

 コーヒーの方も試しに飲んでみた。こっちは微妙に匂いも味も、コーヒーっぽいけどコーヒーではないような気がする。だが、これも美味しいといっていい。


「私も、この二つの食べ物は好きなんだよ。ちなみに、最初にこの世界でハンバーガーを作ったのは五人目のスズキカズマ君だった。このコーヒーの方は、十二人目のスズキカズマ君が探検の果てに見つけた木の実から作られている」

 賢者は楽しそうな顔でそう言った。

「五人目とか十二人目とか、どういう意味なんです? 俺が五十人目っていうのは?」

「そうだね。君が食べ終わったら、そのことを説明するよ」


 やがて、俺が腹を満たしたところで、賢者はこう切り出した。


「まずは、最初のスズキカズマ君のことから話そうか。最初のスズキカズマ。本当に最初かどうかは議論があるが、歴史に初めて名を遺した君のことだ。もう三百年も昔の話だ。彼はその日、君がいたあの草原に、突然現れた。そして信じがたい身体能力で、その当時周辺を荒らしまわっていた盗賊団を壊滅させ、人々を救った」


「物凄く、ありがちな展開ですね」

 ベタだ。なんと俺はそんなことをやっていたのか。記憶はないけど。

「うん。本人も、ベタとかなんとか、そう言っていた記録がある。その彼は、人助けをしながら仲間を集め、十年の月日の後、この世界を脅かしていた侵略者『魔王』を、駆逐した。だが、その戦いは相打ちで終わり、彼は死体となって発見された。そして英雄として国葬された。それが彼の物語。最初の君の物語だ」


 なんか壮大だけど、最後は死んじゃうのか。ハッピーエンドじゃなくてビターエンドな展開だったんだな。なんだけど――


「俺には、そんな記憶はありませんよ」

「だろうね。すべては昔話だ。私たちにとっては」

「それで、それが本当に俺だったとして、じゃあ、ここにいる俺は誰なんですか?」

「君も、やはりスズキカズマだ。最初に言った通り、50人目の」

「意味がわからないです」

「うん、ここまで説明を受けた君は、毎回そう答えるんだ」

 賢者は自分の頬を撫でて、窓の外を見る。どこか、懐かしい昔話をするような口調だった。彼は話をつづけた。


「さて、何らかの異常が起きたのは、魔王が滅び、君が死に、それから二十年後のことだった。君が最初に出現した地点に、二人目の君が現れた。まったく同じ外見、同じ年齢、同じ能力、同じ名前の人間だ。当時の、ペタの街にいた賢者が話を聞いてみると、二人目の君には、この世界での冒険や、魔王との戦いの記憶が無かった。今の君がそうであるように、転生したその瞬間までの記憶しかなかったんだ」

「それは……どういうことです?」

「その時代の人々にも、わけがわからなかったよ。英雄の成り済ましかと大騒ぎになった。賢人会議が招集され、当時の大陸中の魔法使い、賢者、神学者たちが集い、二人目の君を調べた。その結果は、その人間は紛れもなく君だということだった。最初のスズキカズマと、魂まで同じだったのだ」

「じゃあ、最初のスズキカズマが再転生したのでは?」

「かつては、そういう意見もあった。魔王と相打ちになったスズキカズマが、転生して、戻って来たのではないかと。だが、それからさらに四年後、三人目のスズキカズマが出現してしまった。二人目のスズキカズマはまだ生きているのに。こちらももちろん、本物だった。同じ魂を持つ人間が、同時に二人も存在してしまったのだ」

「わけがわからない」

「わけがわからないのは、本人たちにとっても同じことさ。二人目も三人目も混乱していた。だが、本人に聞き込みをするうちに、真相がわかったんだ。君は、転生したときに、女神に会っただろう? 正確には女神を名乗る何者か、だが。彼女にお願いしたチート能力は、何だね?」


 チート……そうだ、俺は、あの女神も異世界転生も夢だと思っていたから、すごく適当に受け答えしてたんだった。

 なんとなーく考えて、女神に頼んだチート能力は、確か、アレだったはず。


「『やり直せる能力』です」

 俺は、賢者に答えた。

 そうだ。コンピューターRPGなら、どんなクソゲーでも、セーブとロードができる。

 たとえ死んでも、冒険をやり直すことができれば、どんなクソゲーでもいつかは攻略できる。どんなデスマーチプロジェクトでも、仕様書が作られた時間に戻れれば、効率的に終わらせることができる。

 そんな便利な能力があったらなぁと、普段から思ってたんだ。


「それが、この事態の原因だったんだ。君は何かを失敗した場合に備えて、いつでもやり直せる能力を女神に依頼した。だが、君は間違えていた。やり直すのなら、時間を巻き戻す能力を依頼するべきだった。君の依頼を聞いた女神は、転生した瞬間の君を複製する能力を作ってしまったのだ」

「すると、ここにいる俺は――」

「やり直されたスズキカズマだよ」

「そんな馬鹿な。記憶がないなら、戻ったって意味がないじゃないか」

「ああ、しかも、やり直しが実行される時間も年単位でズレている。恐らく女神は、君が言う『やり直し』という言葉の意味を勘違いしてたんだ。だから、意図せざるチートが出来上がった。二人目のスズキカズマは、こう言っていたよ。チートの仕様バグが起きたと」


 うへぇ。

 確か、俺は女神に言ったんだ。

「死んでもやり直す能力が欲しい。何か大きな失敗をしたと思ったら、失敗する前の状態に戻ることができるようにして欲しい」

 チートの引き金は、失敗したと俺が認識すること。

 そして、失敗する前の状態は……一切更新されていない!

 引き金を引いた元の俺は消滅しない。時間も戻らない。

 過去から現在までのスズキカズマが、何かを大失敗をしたと認識するたびに、新しいレベル1の俺が、未来のどこかに出現する。


 仕様バグは、開発者のコミュニケーション不足や仕様書レビューの不足で起きるものだ。

 転生直後の俺と女神の会話では、二人以外にチェックの担当がいなかった。女神の理解の誤りをフィードバックして修正する方法がなかったのだ。

 そして、今からチートの仕様バグを修正する方法もない。

 しかも、女神の目的だった「魔王」は、とっくに成敗されている。


「それで、俺はこれからどうすればいいんですか?」


 その時俺がどんな顔をしてたと思う?

 深刻な仕様バグを、俺がやっちゃってるんだよ。

 そして、その尻ぬぐいも俺が自分でやらないといけない。

 俺の顔に浮かんだのは、ちょうど、システムエンジニアをしてた頃に、顧客にプロジェクトの遅延を謝罪しにいったり、開発部の担当者に頭を下げに行ったときみたいな、そんな惨めな表情さ。


 しかし賢者は、悪意のない笑顔で答えた。

「好きに生き給え。二人目から四十九人までのスズキカズマは、みんなそうした。君も、そうするといい」

「好きに……って」疑問が一つ、俺の口をついて出る。「俺がここに転生させられた理由は、もうどこにもないんですよ?」

「生きることに理由が必要かね? 最初の君はこの世界を救った。二番目以降の君も、やっぱり人助けをしながらこの世界を生きた。君も、同じ性格なら、同じようなことをして生きるだろう」

「たとえば、俺以外のスズキカズマは、どんなだったんです?」

「いろいろさ。冒険者になった人もいれば、農夫や料理人になった人もいる。前人未到の地に探検に向かって、成果を上げたスズキカズマもいる。君が食べたハンバーガーもコーヒーも、過去のスズキカズマの努力の成果だ。かくいう私は、若いころに、四十六人目のスズキカズマと一緒に冒険した。楽しい日々だったよ」

 最初に会ったときから、老人のフレンドリーさが気になっていた。今、その理由がわかった。この目つきは、若いころの友人を見る目なんだ。

「その、四十六人目は、どうなったんですか?」

「死んだよ。君は普通の人間より優れた力を持つが、不死身というわけじゃない。病気にもかかるし、老化もする。重要なのは、生きる理由とやらを果たすことじゃなくて、人生をどれほど充実させるかだ」


 好きに生きる?

 この異世界を?

 恐らくは技術的には現代社会より遅れているし娯楽も少ないだろうけど、その代わりに野蛮と冒険に満ち溢れた世界で? 


「なんだか不安です。右も左もわからないところから、好きに生きるなんて」


 正直な感想を漏らすと、ふむ、と賢者は鼻を鳴らして、少し話を変えた。

「ところで、君がこの世界に来て、最初に言った言葉はなんだったかね? 『ステータスオープン』ではないかね?」

「う」

 そういえば、羊飼いの少年はこの言葉を知っていたな。

 ただの通りすがりまで、この言葉を知ってるってことは、もしかして……

「あのね。実はスズキカズマはこの世界に出現すると、必ず、その言葉を言うんだ。そして、その言葉が期待した効果を表さないと、頭を抱えて恥ずかしがる。最初のスズキカズマもそうだった。この世界で、君の活躍を聞いたことがある人は、みんなこの言葉を知ってるんだよ」

「あう」

「なにしろ、今は伝説に語られるくらいだ。『その者、黒きスーツまといて、草原にてステータスオープンと叫ぶなり……』とね」

「やな伝説だな!」

「そうだね。まぁこの伝説を世界中に伝えて回ったのは、4人目の君なんだけど」

 俺は賢者の言葉通り頭を抱えた。こんな恥ずかしいセリフが俺の伝説の一部なのか。

 っていうか、止めろよ。悪ノリして変な伝説をばら撒く俺を、なぜ誰も止めないんだ。


「どうやら、君が元の世界で読んでいた物語か何かに、そういう台詞があるらしいな。転生が夢か現実か分からないから、とりあえず言ってみたらしいが」

「あうあう」

 はっはっは、と朗らかに賢者は笑っている。

 俺は処刑台に上げられたような気分だ。


「君の言語センスは独特で、この世界の誰も思いつかないようなものばかりだ。過去、何人かのスズキカズマが魔法の研究と開発に携わったが、毎度『ヴァルキューレ・ジャベリン』とか『シュヴァルツ・サンダー』とか、語源不明な名前を魔法に付ける」

 すごーく心当たりがある。それは確か、俺が中学生のころにRPGデキールで作ったオリジナル魔法の名前じゃねえか。

 なんて名前を付けるんだよ。過去の俺は。


「突拍子もない発言をする人間は、我々の世界にもいる。だいたい十五歳前後でその傾向が強くなるようだ。そうした人たちの奇妙な発言は、君にちなんで、この世界ではスズキカズマ病と呼ばれているんだ」

 つまり、厨二病ってことかよ。


「だが、恥ずかしがることはない。誰だって、若気の至りというものがある。その意味では、この世界の誰もがスズキカズマなのだよ」

 フォローのつもりだろうか。しかし、賢者の口元は今にも吹き出しそうである。

 本当は笑いたいのを堪えてるんだな。


「君はそれを恥ずかしいと思っているようだけど、いいんだよ。もうこの世界のみんなが、君がそういう人なのだと知っている。これ以上、恥なんてかきようがないんだ。だから、つまらないことを考えずに、好きに生きるといい。おおむね、君の物語は好意をもって受け入れられている。みんな君が好きなんだよ。」

 つまり、開き直れというのか。

 いいだろう。やってやろうじゃねえか。

 過去の四十九人ができたっていうのなら、俺だってできるはず。

 この異世界で、好きなように生きてやるさ。たとえ意味などなくても。


 俺の表情の変化に何かを感じ取ったのだろう。賢者は、満足そうに笑い、こう提案した。

「やりたいことが見つかるまでは、とりあえず冒険者から始めてみるといい。ここの受付では、もう君の分の冒険者登録証が作成してあるよ。あとはサインするだけさ。宿も食堂も、しばらくは無料で使える。ちなみに、この冒険者ギルドを設立したのは、二人目と三人目のスズキカズマ君なんだ。二人の記念碑もあるから、見ておくといいさ。歓迎するよ。スズキカズマ君」



 


 また月日が流れ、ペタの街の近くの草原にて――


 俺ことスズキカズマは、目の前の風景に目を疑った。

 草原を風が薙ぎ、草が揺れている。地平線の向こうまで視線を向けたが、見知った建物のシルエットはどこにも見当たらない。遠くに見える、人工物らしき物の影は、ヨーロッパの城壁のような姿をしている。

 どの方向を見ても、とても日本の東京の風景には見えない。


 これは、あれか?

 ひょっとして、ホントの異世界転生という奴か?

 いやいや、やっぱり俺は、会社の床で寝ていて、夢でも見ているのか……。


 が、この草原に投げ出されてから待ち続けても、一向に夢が覚める様子はない。

 草木の青臭い匂いのする風に吹かれながら、俺は停止してしまった脳細胞を再起動させる。

 夢じゃない?

 憧れの異世界転生?

 じゃあ、最初にやることは、アレしかないよな?

 そう、アレだ!


 俺は、右手を空に掲げて、憧れのあのセリフを叫んでみた。


「ステータスオープン!!」


――そしてまた一つ、伝説が始まる。

本作の元ネタは、フィリップ・K・ディックの短編ホラー「探検隊帰る」です。

元ネタの方は極めて不気味な物語なので、興味のある方はご一読をお勧めします。

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[良い点] 「だが、恥ずかしがることはない。誰だって、若気の至りというものがある。その意味では、この世界の誰もがスズキカズマなのだよ」 このセリフでだめだった SFらしくワンダーで、それでもなんだか優…
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