悪魔少女は帰る
私の視線の先、私が両親と営んでいた宿があった場所はきれいさっぱりと片づけられていて更地になっていた。
生まれ育った家が無くなるなんて考えたこともなくて胸の中の何かが抜け落ちてしまったような気がしてくる。
この神都をリリさんに連れられて飛び出した時は状況が状況だったから何も持ち出せなくて…本当に思い出も何もかも無くなってしまった。
「…お父さん、お母さん。私は元気だよ」
私にメイラと名付けてくれた二人がいてくれたから私はこうしてここで生きている。
形見は何も残らなかったけど、私が生きていることが二人が確かにいた証になると思うから。
だからこんな悪魔の姿になってしまったけれど…それでも私は生きるよ。
両手を合わせてしばらく黙祷した後に私は目的の場所に向かった。
以前までは毎日のように歩いていた場所をなぞるようにして進んでいく。
クチナシちゃんから復興はだいぶ進んでいるとは聞いていたけれど確かにもうほとんど建物の修理なんかも終わっているようで元通りになっていると言っても過言ではない感じです。
と言ってもあの頃は目が見えなかったから正確には分からないけど。
「お!そこの健康的な肌の嬢ちゃん!一つどうだ?」
露店のおじさんが私に一本お肉の串焼きを見せてくる。
しっかりと火が通され、綺麗な焼き色に塗りこまれたタレの香ばしい匂いが鼻をくすぐるけれど…その全てが私には美味しそうには見えない。
不思議なもので「別のお肉」はあんなにも美味しそうに見えるのに串のお肉はなんというか…食べ物として認識できない。
「ごめんなさい、お腹すいてないので」
実は結構空腹ですけどここで食事をするわけにも行かない。
私は速足で露店から離れた。
「ちっ、なんだよ悪魔みたいな見た目しやがって」
そんな捨て台詞が聞こえてきたけれど、まさか本当に私が悪魔なんて心にも思ってないんだろうなぁ。
さすがにフードを目深にかぶって顔は隠しているけどじっくり見られるとバレてしまうかもだから慎重にならないと。
でも以前リリさんに角を折られたから変装はしやすくて助かってる。
そういえば今のお屋敷に住んでから嫉妬さんと色欲さんに話を聞いてみたけどやっぱり角が折れると悪魔的にはかなりまずいらしい。
だけど体に異常はないし不思議だねという話だ。
私がやっぱり悪魔としては半端なのか…もしくはリリさんの力なのかは謎です。
そうこうしている間に私は無事に目的の場所…教会にたどり着いた。
重苦しい扉を開くと中は閑散としており、かなり広い場所というのもあってもの悲しささえ感じる。
「待っていましたよメイラ」
教会の中央に不自然に置かれたテーブルと椅子。
そこに優し気な笑みを浮かべた男性がこちらを向いて座っていた。
「お久しぶりです教主様」
「ええお久しぶりです。どうぞこちらへ」
私をここまで呼び出した人物…この国の最高権力者である教主様が私に座るように促した。
特に断る理由もないので言われるままに椅子に腰かける。
「何か飲みますか?…血などと言われると少し困りますがね」
「お構いなく」
「そうですか。では早速本題に入りますが」
「いい加減私にリリさんとの間を取り持てと言ってくるのやめていただけませんか教主様」
この人が私を呼びつける理由なんて一つしかない。
いったい何を考えているのかは分からないけれど…正直そう言われても困る。
「これはこれは…そう突き放さなくてもよいではないですか。ただ紹介してくれるだけでいいのです」
「お断りします」
「なぜ?」
「目的も分からないのにリリさんを紹介なんてできるはずないじゃないですか」
あの人は私の恩人であり…私の神様なのだ。
失礼なことは出来ない。
「ふむ。目的というほど大層なものは無いのですよ。ただ一目お会いして私という忠実な僕の存在を知ってほしいだけなのです」
「なぜです?あの人はこう言ってはなんですが人にとってはあんまり好ましい存在ではないのでは?」
「はははっ確かにそうかもしれませんね。しかし私には違います。あの方は間違いなく私が夢に見た美しい神そのもの!私が追い求めていた神なのです!」
意味の分からないことを声高に叫びながら笑う教主様はとても不気味だった。
「もう一度だけでいいのです。あなたの面倒を一時期でも見ていた者としてそれくらいの要求は聞いてもらえないでしょうか?」
「お断りします」
何度言われても私の答えは変わらない。
この人にリリさんを紹介はしない。
「そうですか。残念です」
そう言って教主様が席を立った瞬間、どこからともなく飛んできた槍が私の胸を貫いた。
何か特殊な物なのか貫かれているところが燃えるように熱い。
「本当は手荒な真似はしたくなかったのですが…協力していただけないのなら仕方がない。失礼かもしれませんがあなたを捕らえて我が神にご足労願うとしましょう」
「…そんな事をしてリリさんを怒らせるだけですよ」
「はははっ。心配には及びませんよ。私と少し話せば我が神も理解するでしょう…あなたよりも私のほうが遥かに役に立つ…臣下として優秀だとね」
「はぁ…」
なんだかもう訳が分からない。
どうしてこの人がそこまでリリさんに執着するのか分からない。
だけどまぁ…そういう手段に出るというのなら私も遠慮することは無いという事ですよね。
「教主様、先ほどの言葉を返すようですが私はあなたに色々とお世話になりました。だからこそ何もないのなら手を出さないようにしてたんですよ」
「ふむ?」
胸に突き刺さった槍に触れる。
私から流れ出た血が槍を伝ってぽたぽたと教会を赤く汚していて…爆発するように血が一面に飛び散った。
血は細かい針のような物に変わって飛び散り、物陰に隠れていた人たちの命を簡単に奪う。
そしてさらに彼らから流れ出た血は私の元に集っていく。
「これはこれは。血迷いましたか?」
「教主様、私がいつまでも何も知らないと思いましたか?」
「ほう?」
「私の目、それに細工したのも…あの日私たちを殺すように指示したのもあなたという事を私は知っています」
教主様は肩をすくめるような動作をすると鼻で笑う。
「目とは何のことでしょう?それにあの日とはあなたが悪魔になった時の事ですか?それならば指示を出すのは当然でしょう?私はこの国に対して責任があるのですから」
「そんなこと思ってもいないくせに」
「何を根拠に?」
「私には全部見えているんですよ」
「…なるほど、その赤い瞳…どうやら神の瞳が想像以上に馴染んでしまったという事ですか。面倒な」
私は椅子から立ち上がると胸の槍を引きぬいて投げ捨てた。
「教主様、あなたを殺します。私は私の…私たちの人生を狂わせたあなたを許さない」




