人形姉妹は泣く
音を立てて空中から地面に落ちた臓物が、衝撃でつぶれ独特の血なまぐささと共に胃や腸の中身もぶちまけられておりおおよそこの世の物とは思えないような異臭を作り上げていた。
「ひぃ…!」
それが誰だったかは分からない。だがその場にいた誰かがあまりの光景に反射的に悲鳴を上げようとした。
「すとっぷ。騒がしくしちゃだめだよ」
今この場所で最も位が高いものが座る場所に我が物顔で座っている一人、リフィルが静かな声で制止をかけながら人差し指を口元にあてた。
決して大声ではないのに喧騒に包まれかけたはずの部屋の中でやけに鮮明に聞こえたその声に悲鳴を上げようとしたものも含め、その場の全ての人間が口を紡ぎ、リフィルに視線を釘づけにされてしまった。
リフィルはそれを見届けて満足そうに笑うと、隣で耳を押さえて震えているアマリリスの頭を優しく撫でていく。
「アマリ、おちついて。もう静かになったよ」
「お姉ちゃん…?」
耳を塞いでいたためリフィルの言葉が聞こえていなかったアマリリスが怯えたような顔のままリフィルのほうにゆっくりと顔を向けた。
リフィルは頭を撫でるのと同じように優しい手つきでアマリリスの耳に添えられている手を外させる。
「ほら、もう静かだから大丈夫だよ」
「ほんとだ…よかったぁ…」
「アマリは耳がいいからびっくりしちゃったね。でも驚いたからって魔法を暴発させちゃダメってママたちに言われてるでしょ。怒られちゃうよ」
「え…?わたし何かやっちゃった…?」
アマリリスはきょろきょろと小さな顔を動かして辺りを見渡し、地面に散らばった不気味に胴体部分がへこんだ死体と、散らばる臓物を見て驚いたような表情を見せた。
「やっちゃってたよ~転移魔法が暴発して近くにいた人たちの「中身」だけ引きずりだしちゃってる」
「ふぇ…お姉ちゃ~ん…皆には言わないでぇ…ぐすっ」
「言わない言わない。だから大丈夫だよ。それにうるさくした人間たちが悪いんだから…ね?人間さんたち?」
リフィルのガラス玉のような瞳がその場から動けずにいる人間たちに向けられる。
その瞳にはそれを見る者の姿だけが映りこんでいるように見え、見ているだけでまるで吸い込まれそうな、全てを見透かされてしまいそうな、リフィルが瞬きをすると同時に瞳に映る自分ごと消えてしまいそうな…そんな言いようのない不安が襲い掛かってきた。
「んふふふ!ほら!何も言わないんだからこの人たちも自分が悪いって思ってるんだよ!よかったねアマリ」
「う、うん…よかったぁ…」
心底安心したように息を吐いたアマリリスはそのまま何事もなかったかのように皿に盛られた焼き菓子に手を伸ばし小さくかじりながら食べ始めた。
死臭が漂うこの空間において、食事をしようと考える者はもちろん他におらず、どう見ても弱気で小動物的雰囲気を身に纏ったアマリリスが普通に食事を始めた事が異常な光景の一部となり部屋の中をさらに非現実的な空間へと彩っていく。
「あ、そういえばさ?もうナスターシャお姉さんの事はいいんだよね?結婚する人死んじゃったし、王様も一緒に死んじゃったから誰ももう文句なんて言わないよね?そこのお兄さん、答えて欲しいな?」
アマリリスが一人の男を指さす。
その男はこの国の宰相で、王が息絶えた今この場で最も地位のある人物…のはずだった。
しかしなぜだろうか、宰相はどうしても自分を指さす少女に対し強気に出ることができない。
指をさされた瞬間にひれ伏したくなる衝動に駆られた。
直接話すことを畏れ多いと感じた。
なぜだかリフィルが…自分よりはるか格上の人間だと思ってしまうのだ。
「んん?私の事を「人間」だと思ったの?それは嫌だなぁ…あなたももういいや」
「…え?…うぐっ…!!?」
リフィルが冷たく言い放った瞬間、宰相までもがユードルと国王と同じ末路をたどった。
苦し気に倒れ、小刻みに息を吐きながら命を散らす。
何が起こっているのか、どうしてこんなことが起こるのか、それを説明できる人間は誰もいない。
「お、お姉ちゃん…あんまり簡単に人を殺しちゃったらダメってこーちゃん言ってたよ…怒られちゃうかも…」
「簡単にじゃないからいいんだよっ!だってこの人たち酷いじゃん!私の言う事素直に聞いてくれないし~しかも今の人なんて私の事を自分たちと同じ人間だって思ってたんだよ!?ぷんぷんだよ!激おこだよ!この私をメイラちゃんのご飯になるくらいしか価値のないちっぽけな人間だって言ったんだよ!!」
人間に価値なんてない。
暗にそう言い切ったリフィルだが、その発言にアマリリスはお菓子を口に運ぶ手を止めてジワリと涙を浮かべた。
「うぅ~お姉ちゃん…わたしの事も嫌いなの…?わたし人間だから…うぇえええええええん!」
大泣きを始めてしまったアマリリスの言葉にショックを受けたように目を見開いてリフィルは慌てだす。
「ち、ちがっ…!アマリの事は大好きだよ!?私はそんなつもりじゃなくて…」
「うぇえええええええん!」
「違うのにぃ…アマリの事嫌いじゃないのにぃ~ぐすっ…わぁああああああああん!!」
アマリリスの隣でつられるように大泣きを始めてしまうリフィル。
ただただ二人の少女のかん高い鳴き声だけが部屋の中にこだましていく。
「お姉ちゃんがわたしのこと嫌いになったぁ~!ぐすっ!えぐっ…」
「違うって言ってるのに~!うわぁあああああん!!」
二人はひとしきり泣いた後、リフィルが鼻をすすりながら目をこすり、そのまま人間たちを睨みつけた。
「お前たちのせいだ!絶対に許さないんだから!」
リフィルの瞳が真っ赤に光を帯び、それに縫い付けられるように人々はその瞳を見つめた。
そして、
「全員…しんじゃえ」




