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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第一章 ナルス
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不穏な笑み


 ナルスは、言い伝えによると、建国した長が双子であり、建国後数年で何らかの原因により長の力が暴走し、国の半分以上がえぐられるという壊滅的な状況に陥ったが、その後民の献身により立て直した国である。それ以降、双子は不吉と言われ続け、双子が生まれたとしても、二人で長を務めることはなくなったと言われている。


 そして、今の長は朱己の父である壮透。後継者は今の所、朱己ただ一人である。




 会合の場になだれ込むようにして入っていく。すでに集まっている十二祭冠は、いつものことだと言わんばかりに、呆れた様子で私達を見つめていた。


「間に合いましたわね!」


 こういうところは本当に勝ち気だと思いつつ、双子の姉を見つめた。これだけ駆け足で移動してきたにもかかわらず、崩れない艷やかな髪は、日頃の手入れが行き届いていることを感じさせた。


「皆、すまない。始めよう」


 席に付き、会合を始める。

 数日前の襲撃事件についての報告をする。

 何者かによって民と隠密室二名が殺された。現場に向かった葉季と瑪瑙が時雨伯父上に遭遇し、襲撃の犯人は時雨伯父上だとわかった。

 葉季は苦虫を噛み潰したような顔で俯きながら教えてくれた。


「時雨伯父上はお主に会いたかったと言っていた。気が付かぬ間に攻め込んで来るやもしれぬ」

「葉季、教えてくれてありがとう。瑪瑙も無事でよかった」


 一部始終の報告を聞いていた父が、顔色一つ変えず指示を出す。


「結界を強化し、中央に入れないようにしろ。兄……罪人時雨と分かっているなら手の打ちようもある」

「はい、父様」

「他、特段何もなければ本日は解散。朱己、結界の強化はお前がやれ」

「はい」


 会合を解散し、私は結界の強化のために一人出かけた。

 私達の住まう中央には、対能力者用の結界が張ってある。そのため、結界を能力者が通過するためには手形が必要になる。

 中央に住んでいる者は、能力を持った者たちがほとんどで、その力はセンナに元々宿っているものだ。

 属性は全てで十二種類。

 炎、水、氷雪、霧、土木、音、隠密、五感、雷、風、光、闇。

 基本的にセンナには全ての属性が宿っているが、顕在化する属性は一からニ、多くても四つほどと言われている。

 稀にすべての属性が顕在化した者は全属性と呼ばれ、その中で特に秀でている属性を優勢属性として扱う。

 私の場合であれば、全属性の炎優勢。

 長となるための一つの条件はこの全属性であることで、長の血統として認められている二条家の中で、全属性であるかどうかは生まれたときに時の長によって確認される。


 二条家の中でも、時雨(しぐれ)伯父上は昔から読めない目をしていて、常に不穏な笑みを浮かべている人だった。

 昔を思い返しながら、いくつかある結界の拠点で石盤にある紋に手を合わせ、綻びがないか確認しようとした瞬間、背中に感じたことのない悪寒が走った。


「っ……!」


 すぐさま振り返る。全方位に意識を張り巡らせ、悪寒の正体を探すが見当たらない。

 殺気がない。

 いや、そんな訳はない。

 だが、気配が読めない。

 一筋、汗が頬を伝う。

 静かに肩を叩かれた。

 ぞっとするほど静かに。

 殺気も気配もなく現れた相手の手を、反射的に振り払った。

 現れた男の顔が、ほころぶ。


「……時雨、伯父上……!」


 思わず目を見開いた。悪寒の正体を知って更に鼓動が早くなるのに対し、手はどんどん冷たくなっていくのがわかる。


「久しいな、朱己。会いたかったぞ」


 振り払われた手を撫でながら、記憶通りの不穏な笑みを浮かべて、当たり前のように立っていた。笑っているのに、目はいつも笑っていない。

 深海よりも深いところに、沸々と湧き上がる何かを忍ばせているような目をしていた。彼の目に飲み込まれないように、深呼吸して向き直る。


「……長の娘として、反逆者である貴方を捕えます」


 臨戦態勢に入る。

 私的な感情を挟まないように、ただ淡々と。

 ただ湧き上がる怒りは、どこへやればいいのだろう。相反する感情に胸をえぐられながら、手のひらに炎を小さく、密を上げて灯していく。

 私の様子が面白いのか、不穏な笑みを浮かべた伯父上は、心底可笑しそうに笑いながら言った。


「朱己、お前はまだ知らない事が多すぎる。この二条家の血は神聖で、守られるべきだ」


 構える様子もなかった伯父上は、瞬時に私の目の前まで迫る。

 私はただ淡々と、逸る気持ちを必死に抑えた。

 密度を上げた白金色の炎を撃ち込んでいく。

 伯父上の手で相殺され、そのまま私の腕を捻り上げた。

 思わず痛みに顔を歪めるが、すぐに捻り上げられた手から伯父上に向かって炎の剣を出す。

 私の手を離してしまった伯父上は、笑いながら手を軽く振った。


「朱己、素晴らしい。二条家の最高傑作だ。それでいい。それでこそ……」


 笑顔でまた間合いを詰めてくるのを、持っている炎の剣で応戦する。伯父上はいつの間にか出した金属の棒で、私のの剣戟を受け流しながら言葉を続けた。


「二条家に、どこの馬の骨ともしれない奴の血など入れられん。なぁ、そう思わないか」


 剣と金属の棒の間で特有の金属音が弾けながら、私を煽るように伯父上は言うのをやめない。

 私は心を揺らさないように撃ち込み続けた。


「お前と、家族のどちらも選べん男よ、死して正解と言うものだ」


 伯父上の言葉に、私が反応したのを見逃さなかったらしい。

 私の剣に思い切り打撃を与え砕く。

 思わず顔を歪めるが、間合いを取り、臨戦態勢を崩さない。


「くっ……誰にも、誰かの死を評価することはできない」


 気を抜くと怒り任せに撃ち込みそうになる。

 否、すでに半ば怒り任せかもしれない。耐えられず反論して少し荒くなった息を感じながら、また炎で具現化させていく。

 未だ変化もなく飄々としている伯父上を見上げた。


「朱己、私は、二条家の血を守った。なのになぜ怒る」


 淡々と正当性を主張する伯父上に腹の底から湧き上がるどす黒い感情を必死に殺しながら、ただ致命傷を与えることだけを考えて間合いを取る。


「朱己、壮透も、葉季の父白蓮(はくれん)も、我が弟たちは皆お前に隠していることがあるぞ」


 伯父上は数歩軽々と飛んで、一気に私の懐目掛けて右手を撃ち込んできた。

 私は避けようとしたが、できなかった。

 後ろに結界の拠点である石盤がある。

 咄嗟に自分の体の目の前で攻撃を受け止める。

 仮に伯父上に味方がいた場合、石盤が壊され結界が消えると乗り込まれる可能性がある。石盤だけは守らなければ。


 自分の骨が悲鳴を上げているのがわかる程重たい拳を、やっとの思いで弾き返す。

 この程度の痛み、こうちゃんの痛みに比べたら。


 肩で息をしながら、視線は伯父上を捉えたまま、腕を確認する。どうやら骨はヒビ程度で済んだようだ。

 弾かれ数歩下がった伯父上は、笑いながらなにかに気がつくと、結界の外まで移動した。反射的に追いかけようとするが、激しい突風による砂埃で咄嗟に目を瞑った。


「朱己、邪魔が入った故、また今度仕切り直そう」


 薄い笑みを最後に、伯父上は姿を消した。


ーーー


 砂埃がある程度綺麗になったあと、走ってくる音がして振り返ると、葉季と高能の姿が見えた。


「朱己! 大丈夫か!」


 葉季に肩を掴まれて思わず固まってしまった。今どんな顔をしているのか検討もつかないが、隣にいる高能が深いため息をついて、腰に手を当てていた。


「……時雨伯父上を捕り逃した」


 途端に自分が情けなくなってきた。泣きたいのか、叫びたいのか、掻き乱された心が悲鳴を上げている。震える手を必死に抑えながら、誰とも視線を合わせられずに必死に深呼吸した。


「わかってら、見回りの隠密室から連絡があって、それで急いで来た。なんか言われたのかよ。やべえ顔してるぞ」


 高能が心配そうに言ってくるが、まるで右から左へ受け流されていくように耳に音が残らない。声が出ない代わりに、一度だけ頷いて血が滴るほどに手を握りしめた。


「朱己、間に合わずすまなかった。腕の手当をしなければな、戻ろう」

「大丈夫。この程度、すぐ治せる」

「良いから黙って運ばれてくれぬか。伯父上の攻撃だ、何が仕込まれていてもおかしくはない」


 苛立ちを隠さずに葉季が私を軽々と抱えた。思ってもいなかった体勢になり、思わず葉季を見上げると、葉季がこちらを見て微笑んでいた。


「やっと目が合ったのう。少し休んでおれ」


 葉季の言葉に、先程まで手がつけられないほど荒んでいた心が、少しだけ凪いだ気がした。言葉に甘えて、そのまま運ばれる。

 その後治療を受け、事の顛末を二人に話すと、かたや深いため息をついて頭をかきまくり、かたや怒りで机を叩いたりと取り留めもない状態になったが、そんな二人に救われた気がした。

 そして、命の危険にさらされていることを目の当たりにし、一人で行動しないよう側近を早く見つけることと念を押された。


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[良い点] 世界観の設計がしっかりとしていて読んでいてワクワクしました。 [気になる点] 若干読みにくいかなー 設定がいいもののキャラが動いて無くて何をしているのかハッキリしなく、読者の共感が得れるの…
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