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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第一章 ナルス
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ナルスという国

ーーー


 腰まで届くほど伸びた朱い髪が、風に揺らされる。いい天気の朝、墓標に視線を落とす私の顔が、石板に反射していた。

 手を合わせて目を瞑りしばらく祈った後、静かに立ち上がり一言墓標に落とす。


「行ってきます、こうちゃん」


 踵を返し歩き始める。世界が音のないような錯覚に囚われて、深く呼吸を吐いた。

 先日、民を殺した犯人が時雨(しぐれ)伯父上だと報告を受けた。

 何か心が落ち着かないときには、一人で心の整理のためにここへ来ている。

 伯父上の襲撃は、彼を失った過去を酷く彷彿させて、私をかき乱していた。

 もう誰一人として、大切な人を失いたくないのに。

 吐いたため息は、爽やかな風が何処かへさらっていった。


ーーー


 執務室に戻る道中、双子の姉、妲音(だのん)から呼ばれた。


「朱己。一国の長の後継者ともあろう人が、一人で一体どこに行ってたんですの? 会合が始まりますわ。早く支度を」


 思わず顔が歪む。まずい、と思いつつ、軽く返事をして重い部屋の扉を開け自室へ入った。


 遡ること、一年前。

 私は婚約者である光蘭(こうらん)ーーこうちゃんを自らの手で処刑した。

 彼は私の婚約者であり一番の側近だった。幼い頃から一番近くにおり稽古も教養もつけてくれた。そんな彼が、時雨伯父上の五感支配によって操られ、私に刃を向けることとなった。

 当時、彼との子を宿し身重だった私には、とてもじゃないけど受け止めきれるものではなかった。私が戦える状況ではないと彼自身もわかっていた。

 しかし、彼は「周りにいる民や朱己を傷つける前に俺を殺してくれ」と請い、私はその願いを受け入れ、センナを砕いた。


 基本的に人は皆輪廻の中で罪を犯し、また罪を償い魂を清めていく。

 しかし、例外として輪廻でも魂を清めることのできない重罪人に限り、センナを砕き存在を抹消する。抹消、という言葉の通り、体自体も全て瞬時に灰となって消える。センナを砕かれた者は等しく死に、二度と生き返ることも輪廻することもない。

 彼は主である私に、刃を向けた重罪人の烙印を押され、私の手によって処刑されたのだ。

 そして私のお腹の中にいた子は、彼の処刑の際の反動が私の体には大きすぎ、気がついたときには同じく灰となっていた。


 元来、重罪人としてセンナを砕かれ処刑されたものは、体も残らないため墓など作られない。

 彼の墓は、名も姿もないお腹の子と一緒にして私が内緒で隠れ処に作った形だけの墓であり、誰一人として見つからないような辺鄙(へんぴ)な土地にある。


 心に空いた穴を埋められず、抱き続ける感情の名前を決められずに窓の外に視線を向けた。

 長である父からは、「早く次の側近を決めろ」と言われているにもかかわらず、まだ決められていないのも、我ながら呆れる。

 扉の向こうから急かすように叩く音とともに、先程たしなめてきた彼女の声がして、思わず肩をビクつかせて我に返った。


「朱己! 時間ですことよ? 早くなさい!」


 ああ、会合、と思い出しながらそそくさと書類を準備し、今行くと返事をして扉を開けた。

 廊下の窓から日が射して、反射で軽く目を閉じ手で遮る。今日も日は登るし、時は巡る。当たり前のことを、当たり前と思えることが幸せなのだろうかと思いながら、音をたてて先を歩く彼女を追った。


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