殴り込み先は靄の中
明朝。
「よし、揃ったね。壮透、逆探知はできたかい」
父を見れば、父は無言で頷いた。
「……これも、招待状の一つだったってわけか」
呟いて笑う伯父上は、笑顔のままため息をついた。あたかも、想定していたかのように。
「場所は、ナルス外。隣国のビライトです」
父がそう言いながら、闇の球を手の上で転がした。
「向こうは全力で歓迎してくれてるわけだ。嬉しいね」
伯父上の顔に笑顔はなかった。その目だけで、何人かは殺せそうな程に、奥底から湧き出る怒りを迸らせていた。そんな伯父上を横目に、父は自身の妻に向き直ると、名を呼んだ。
「法華。薬乃から預かっているか?」
「はい。人数分」
母が手顔で差し出したのは、人数分の薄緑色の玉。
「ありがとう法華。さすが薬乃だね。わかってる」
見るやいなや、伯父上が笑顔に戻った。
今日の伯父上は、表情がころころ変わる。
新しい一面を見ているような、不思議な気分だった。伯父上の顔は、基本的に人形のように完璧な笑顔だから。
「母上、これは」
「これは、薬乃の治癒を結晶化させた玉です。この玉が持つ限りは、即時治癒できる。どんな怪我であろうと。この玉が保つのは五日間」
「そんな……すごいですね、薬乃」
「ただし、センナが崩壊しそうなほどの怪我を何度もしたりすれば、五日は保ちません。センナ自体への負荷は治癒できないので、けして無理はしないように」
母は白蓮伯父上へ二つ、残りを一つずつ私達へくれた。
「……もしかして、夏采の分かい?」
伯父上が目を丸くして問えば、母は笑顔で頷いた。
「薬乃が、必ず連れて帰ってこいと」
「……拝命賜りました、薬乃には敵わないな」
白蓮伯父上の顔がほころんだ。それを見て、母も笑う。
薬乃は伯父上や父、そして夏采殿や夏能殿とは幼馴染みで、昔からずっと一緒に育ってきた。どうやら、父や伯父上と乳母が同じだったらしい。
薬乃は一条家から母の双子の弟のところへ嫁入りしたため、今は五条家の人間だ。
「壮透と同い年なのに、私や時雨兄上にも負けないくらいのお転婆だったからね、彼女は。いつも夏采や夏能にチャンバラで決闘を申し込んで、打ち負かしてたよね」
昔を思い出して、くつくつと笑う伯父上は、少し懐かしそうに目を細めていた。
「時雨兄上と夏采が同い年、その二つ下が私や夏能、法葉。さらにその三つ下が、壮透や薬乃、法華。私達、色名の者の対は、色名がついた時……つまり、生まれたときに四条家から選ばれる。だから、基本的に対は年上なんだ」
「そういうことですか」
「ああ。だから、高能も朱己より五つ上だろう」
私が斜め後ろにいる高能を見れば、高能は上から目線で見下ろしてきたので無視した。後ろから何か聞こえたが引き続き無視する。
兄が母に素朴な疑問を尋ねると、母は苦笑いしながら答えてくれた。
「薬乃は行かないんですか」
「壮透が行かないなら、残ると言ってましたよ」
目が点になる一同。すぐに白蓮伯父上が腹を抱えて笑いだした。
「ははは、そういうことか」
「どういうことですか?」
不思議そうな葉季に、母も伯父上も笑いながら説明する。
「会ったら夏能を殴らずには居られない。だけど、一番殴りたいのは壮透だろうから、自分が先に殴るわけにはいかない、ってことだろう」
「そういうことですね」
「相変わらず彼女は変なところ律儀だよね」
思わず苦笑いしながら父の方を見ると、相変わらずの仏頂面をしていた。
「……さて、雑談はこの辺りにして、そろそろ行こうか。今回の目的は、第一に夏采の奪還と夏能の真意の確認。そして、出来る限り六芒を殲滅する。でも無理な深追いはしなくていい。危なくなったらすぐに引き上げるよ」
「はい」
「一番大事なことは生きて返ってくることだ。皆、いいね」
「御意」
伯父上の笑顔の中に少しの怒りと確固たる自信があるのを感じながら、しっかりと頷く。
「それじゃ、壮透。よろしく」
「はい」
父は手のひらにあるあの闇属性の球に、同じく闇属性を当てていく。
すると、どす黒い靄が広がり、やがて靄の中に景色が見えてきた。
「この先はビライト。隣国だ。絶対にはぐれない様に。ビライト自体が、どこまで兄上と繋がっているのかわからないが、最悪国同士の戦争にも繋がりかねないから、仮にビライトがナルスに攻め入る様な素振りがあれば、どんな状況であろうと、すぐに戻るよ。いいね」
「はい」
ビライト。こうちゃんの故郷。そして、幼少期の私を襲った国。
何かと因縁がある国に、時雨伯父上がいる。それだけで、全てが繋がっていたのではないかと疑ってしまう。
「百夜、頼んだぞ」
後ろから父が兄に声をかける。兄は顔だけ父に向け頷くと、靄を潜った。兄に続いて靄を潜る直前、父に声をかける。
「行ってまいります」
「無理はするな。生きて帰れ」
父の思いもよらない言葉に、内心戸惑いながらも頷いて返す。
靄の中は空間が歪むような感覚があり、少し気持ち悪い。少し空間の中を歩けば、靄の外に出られた。
「ここが、ビライト……」
ナルスの外に出るのは初めてだ。外交も、ナルスに来る各国の要人達と会うだけで、自分が行くことはなかった。
ナルスの中でも、栄えている中央ではなく、自然豊かな地方に似ている。
「あそこまで瞬移で抜けるよ」
伯父上の声に従って、洞窟の入口まで移動する。
その洞窟は、本当に岩を積み重ねて出来た自然の洞窟といった感じで、岩肌がむき出しの、硬い印象がある洞窟だった。
「……変だな」
「白蓮伯父上? 変とは……」
辺りを見渡せば、人一人いない。
こんなに堂々としている入口に、見張りがいないということは、考えられることは二つ。
大歓迎か、もしくは罠か。
『……二手に別れよう』
全員に向かって伯父上が念を飛ばす。皆一様に頷き、伯父上、母、兄の組と私、葉季、高能の組で別れた。
『君たちは周りを見て、他の入り口があるか探してくれ。私達は先に正面から入る』
そうして二手に分かれた私達は、洞窟の周辺を瞬移で見て回った。
「これと言って、怪しいところはない……それが怪しい」
通常こういった#根城__ねじろ__#には結界が張ってあって、雑魚は入れなかったりする。しかし、この洞窟には結界はない。
なんなら、なんの気配もない。
「のう、この洞窟を囲うようにわしらが空間を張ってみてはどうだ? 空間でなくとも、少し能力を使ってみれば、何か起きるやもしれん。もしかしたら、能力の作動を感知して発動する結界とかなのやもしれぬよ」
葉季の提案に、高能が目を輝かせる。
嫌な予感しかしない。
「俺が雷落としてみっか?!」
やはりと言いそうになるのを抑え葉季を横目で見れば、葉季は引きつった笑いを浮かべていた。
「そ、それでは頼む、高能」
「そんじゃーいくぜー!」
一番楽しそうな声を上げて、洞窟目掛けて思い切り雷を落とす。その瞬間、高能の雷とは違う、けたたましい音と共に閃光が降り注いだ。咄嗟に腕を振って防御の膜を張れば、同時に無数の蔓が膜に直撃する。
「くっ」
右手の義手は時間が足りず、簡易的なもので作り上げた模造品。そのためか、力の出力調整が難しく膜の強度が徐々に不安定になっている。
あまり長時間の攻撃には、耐えられない。
直ぐ様、葉季が風の技“鎌鼬”ですべての蔓を切り落とした。
大小さまざまな蔓が、乱暴に地面に降り注ぐ。
「手荒な歓迎だのう……やはり、そういう仕掛けだったか」
この蔓、覚えている。
目の前を見れば、いつの間にか人影。
髪の毛が長く、細くて背の高い、性別不詳の。
「あら、遅かったじゃないの、朱己ぃ」
「籠目……」
目の前で、髪の毛を後ろにかき上げながら、籠目は不穏な笑みを浮かべていた。
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