十二祭冠の組分け
ーー「朱己、いつでもおいで。私は盾にも矛にもなる。お前たちのためならね」
香卦良の元を去るとき、言われた言葉。
戦であろうと、何であろうと、と。
これから時雨伯父上のところへ攻め込むことになる。同時に、この国が襲われたり香卦良が誘拐されたり、というのを心配した。
だが万が一、時雨伯父上から攻め込まれたとしても、空間には香卦良が認めた者しか行けない。何かあっても危害が加わることはないから、心配はいらないと。
香卦良は、私達のことを孫子を見るかのように優しい目で見ていて、私達の安全ばかり気にしていた。
「香卦良は自分の子供全員を見れるわけじゃない。子供がみんな、長になるわけではないし。だから、子供を無条件で愛すとか、尽くすということはできなかった。……だが、それは二条家の娘も同じだ」
「そうですね、一度も会わずに生を終える子孫も、当たり前に居るわけですよね。二条家の女人たちだって、突然ですし」
「ああ。香卦良の子種をもらってきた二条家の娘達は、香卦良のことを人だとは思っていないし、香卦良のことをよくわからないままに身籠る。だから、香卦良との子を愛していると言うよりは、二条家の血のため、という使命感だけなんだ。だから、母として心を壊さないために、子育ては乳母が行うことが多かった」
「それは……そうですね」
自分も当事者になりかねない立場になって思う。ある日突然、あの空間に行かされてこの男の子を身籠れなんて、受け入れがたい話だ。
でもそれは、子孫を想う香卦良にとっても辛いこと。
白蓮伯父上は、沈黙した私のことを気にかけることもなく続けた。
「だから、香卦良は会いに来てくれる長が、みんな子供や孫のように愛しいし、大切にしたい、力になりたいと思っているんだよ」
香卦良の深い優しさに胸を打たれると同時に、掘れば掘るほどわんさか出てくる二条家の闇は、つくづく良心に付け込んだ仕組みだと辟易する。
気がつけば私の部屋の前に着いていて、白蓮伯父上は立ち止まって話しかけてきた。
「朱己。香卦良は、話し相手を本当に欲している。今までは、我々くらいしか世間話をしに行かなかったから、君が来てくれて嬉しかったと思うよ。これからも通ってあげてくれ」
「世間話、ですか」
「ああ。歴代の長の中には、彼を利用することしか考えてない者も多かったからね」
その言葉にはっとする。
人は、自分と違う人を恐れる生き物だ。
でも、香卦良にとっては全員が、孫子のような存在だからと伯父上は笑って付け足した。
本来なら会えるはずのない先祖が、生きて我々を歓迎してくれていることに、思わず頬が緩んだ。
「それじゃあ、今日の夕方、十二祭冠を集めてくれ。臨時会合で、色々話そう」
頷いて返事をすれば、伯父上は微笑んで去っていった。その背中を見送りながら、父がこちらを向く。
「腕の怪我を見せろ」
その言葉に素直に従い、左手を差し出すと、父は傷口をしばし眺めてから、手をかざしてきた。
「……そういうことか」
「父様、なにか」
わかったのかと続ける前に、私の傷口に練り込まれた夏能殿の闇属性の力が、父によって融和されていく。融和によって溶け出すように黒い液状の物質が、傷口から流れ出す。
傷口が激しく痛み、反射的に顔が歪むが、徐々に傷口から流れ出す液状の物質は、やがてどす黒い闇属性の塊へと形状を変え、眼球ほどの大きさの球となった。それと同時に、傷口はきれいに治った。
「この球が、傷が塞がらなかった正体だ。これを使って夏能の居場所を逆探知できないか試すことにする。……傷はもう大丈夫だな」
「はい、ありがとうございます」
融和は、相手の力と同じだけの密度、力量がなければ反発してしまう。こちらが与える力が、弱ければ弾かれ、強ければ飲み込んでしまう。融和はそれだけ熟練の手技となる。父は、見ただけで密度をある程度、察したということなのだろう。
見ただけで融和ができるほど、父は夏能殿の技を理解しているということだ。一朝一夕で得られるものではない。そう思うと、二人の積み重ねた時間を感じて胸が締め付けられた。
ーーー
十二祭冠 臨時会合が開かれたのは、夕方のことだった。
「……ということで、夏能殿が市松だった。故に、私が長を継ぐ。そして、夏采殿が囚われた。私と白蓮伯父上は、六芒のところへ乗り込む」
呆然としている者もいれば青ざめている者もおり、不謹慎だとは思いつつも、ここにいる者たちのこの顔が演技ではないことを願っていた。
「まて、父上とお主だけでは危ない! 六芒と伯父上がおるのであろう!」
「お待ちなさいな、葉季」
「葉季落ち着いて」
葉季が血相を変えて立ち上がるのを、妲音と光琳がなだめている。みんな不安そうにしているのは、何も敵陣に乗り込むからだけではないだろう。
私が口を開く直前、白蓮伯父上が見計らっていたように言葉を発した。
「皆いいかな。勿論、私達だけでは無理だと思っているよ。だが、国を守らなければならない……ということで、十二祭冠を二手に分ける。国内防衛組と、攻め込む組だ」
白蓮伯父上が笑顔で人差し指を立てている。まるで、これから遠足にでも行くかのような空気で、相変わらずの笑顔をたたえていた。
「父上……すみません、まさかもう組を決めているわけですか?」
葉季が席に座り直しながら聞くと、笑顔で首を振る。
「これから決めるよ。くじ引きで」
十二祭冠たちが唖然としている中、楽しそうに、どこからかくじ引きの箱を出す伯父上。
「この中に、私と朱己と一緒に罪人時雨のところへ突撃する、が四枚。残る、が五枚。今十二祭冠は朱己を入れて十人。つまり、九人で組分けをするよ。だけど、残りたい、と言う者がいれば先に言ってくれ」
伯父上はいつもどおりの笑顔だが、きっと今も心の中は一刻も早く出立したいのではないか、と思うと心が痛い。
「私はこちらへ残る。光琳、お前も残れ」
声の方を見れば、父が光琳を見つめていた。
「壮透様、……わかりました」
一度目を逸らして、少し考えてから笑顔で答える光琳を見て、妲音もすぐに、私も残りますわと言った。
「わかった。後はくじ引きでいいかな? いや……高能。君も、残りなさい」
「白蓮殿!? 何故ですか! 俺も……っ」
今度は高能が立ち上がる。その顔は歪んでいた。
「君の父を勿論助けるつもりだ。だけど、殺すことになるかもしれない。君の眼の前で」
それでもいいかい、と問う伯父上の目は、慈悲と疑いの入り混じった目をしていた。
「……構いません。むしろ父が、なぜ壮透殿を裏切ったのか、聞き出さないことには、父を許せません」
視線を落とす彼の手は固く握りしめられ、震えていた。それを見て、伯父上は父と目を見合わせると頷いた。
「じゃあ君は、一緒に行こう。ここまで来たら、くじ引きするまでもないね。行きたい人?」
今までの混沌とした空気を更に壊すかのように、美しい笑顔で右手を上げながら、皆に挙手を求めている。
すると、すぐに葉季が手を挙げた。
「早いね、葉季。……いいだろう。君も、知るべきかもしれないね」
少し笑顔が悲しそうに見えたのは、見間違いだろうか、と思うほどすぐに元通りの笑顔になった。
すぐに神奈が手を挙げる。
「白蓮様、行く、と言いたいところだけど、隠密室の守りが心許ない。私と姉様は、守りで残ります」
姉の杏奈も頷いて答えた。
確かに、二人が守りにいてくれるのは強い。
霧雲系と五感支配の最高位が組み合わされば、隠密室の結界よりも強い守りができるだろう。
「わかった。残りは、百夜、瑪瑙、法華。君たちは、どうする?」
二条百夜。私や妲音の兄だ。土木系の最高位である、静尉。美しい白髪は、昔は長かったが今は短く切られている。
「……母上。それぞれの組の能力的に、母上にはご足労賜ったほうがいいかと思いますが、よろしければ一緒に、突撃組へ行きませんか」
兄が母を見れば、母は柔らかい笑顔で頷いた。
「白蓮、私もそう思っていました。壮透、いいですね」
父が不安そうに母を見るが、母は笑顔を崩さない。むしろ、笑顔から圧力を感じる。
父も圧力に負けたのか、無言で頷いた。
「……それでは、私は残ります」
瑪瑙が静かに答えた。
「瑪瑙、三条家が大変なことになっているし、確かに国にいたほうがいいかもしれないね。三条家の家業、隠密室の立て直しも、手伝ってもらうよ」
瑪瑙は伯父上の笑顔を一瞥すると、目を伏せて頷いた。
「さて。それでは、朱己、葉季、高能、百夜、法華。私と一緒に来てもらう。防衛組は、壮透の指示に従ってくれ。けして無理はするな。いいね」
はい、と全員の返事が揃う。
手を握りしめれば、隣で妲音が手を重ねてきた。
「……ご無事で、必ず」
「ええ、妲音も」
その目は揺れていた。
不安を殺すように、力を込めて握りしめる双子の片割れの手を握り返して、強く頷いた。
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