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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第一章 ナルス
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不穏な一日 下


ーーー


 隠密室から場所と現状の連絡を貰い、瞬移(しゅんい)でわしと瑪瑙(めのう)が現場に駆けつけると、そこはすでにもぬけの殻で何の跡形もなかった。


「……何も無いわね」


 隣で呟いた瑪瑙には目もくれず、周りを見渡しながら空返事をした。


「……うむ」


 わしの言葉に頷いた後、目の端に映る端正な顔をした彼女は、切り揃えられた紙を僅かに揺らしながら、ゆっくり口を開く。


葉季(ようき)、まさか任務なのに、姉様のことでも考えてた? 今日は命日だものね」

「そんなことはない! 任務中に」

「そう。それは申し訳なかったわ。貴方が空返事するときは、大抵姉様のことを考えてるときだったから」


 彼女の言葉に思わず視線を送ってしまった。視線を逸しながら煮えきらない返事をすると、彼女は短く返事をするのみだった。

 瑪瑙の姉、瑠璃(るり)。今は亡き、わしの婚約者。当時を思い返せば沸き上がる、救えなかった後悔とどす黒い感情に支配されるのが分かって、頭を振って思考を止めた。


「……敵が近くにいるやもしれぬ故、今は集中せよ」

「でも気配がないわ」


 わしは辺りに怪しいものがないか見回す。

 瑪瑙のいうとおり、これと言って目立ったものもなければ、気配もない。


「おかしな程なにもないのう」


 わしの言葉に瑪瑙も頷く。むしろ耳が痛いくらいに静かで怪しいほどだ。


「静かすぎて不気味ね。とりあえず朱己に連絡……」


 言いかけた瑪瑙の口が塞がれ、何の気配もなく後ろへ思い切り引きずられた。

 一瞬の出来事に、わしが気づいたときには、かなりの距離が出来ており、言葉を失う。


 瑪瑙の体は、目深に被った帽子の者に捕まっていて抵抗しても意味をなしていなかった。

 捕まったままではいられないと、瑪瑙は自身の属性である氷雪系の力を発動させる。

 瑪瑙に触れているところからたちまち凍りつき、相手めがけて巨大な氷柱が音もなく飛び出した。


「瑪瑙!」


 顔が見えない者との間に、隙間ができたのを見逃さなかった。

 すかさず自身の風で瑪瑙の体を浮かせて取り戻す。


「大丈夫か! 瑪瑙!」


 わしの近くまで風で運ばれてきた瑪瑙に駆け寄ると、彼女がしっかりと頷いたのを確認して、すぐに立ち上がり構える。


「どこのどいつか知らぬが、わしの妹分に随分と不躾で手荒な歓迎だのう。しっかりと礼をさせてもらうぞ」


 風を手に纏い、風の形を鎌のように変えていく。顔が見えない者はまだ声さえも発さず、ただそこに佇んで、こちらを見ているようだった。


鎌鼬(かまいたち)


 静かに唱えると、音もなく突風が巻き起こり斬りかかった。目深に被っていた帽子が切り裂かれ、顔が顕になったことがわかったが、辺は暗く砂埃も相まって少し見えづらかった。

 やがて現れた笑顔の男を見て、わしらは瞠目した。


「し……時雨(しぐれ)伯父上……!」


 そこに居たのは確かに、朱己の婚約者を陥れ、処刑せざるを得ない状況を作り出した張本人。そして行方を眩ませていた時雨伯父上だった。

 不気味なほど静かに笑みを浮かべていることから、あえて攻撃を避けなかったのだと想像がつく。

 驚いて動けなくなっていると、隙をついて距離を詰められ、わしが気づいたときには思い切り弾き飛ばされていた。

 間一髪、攻撃自体は防いだため致命傷は免れたが、思い切り壁に激突し思わず顔を歪める。


「がは……っ」


 時雨伯父上は、弾き飛ばされたわしの元まで瞬時に移動し、顎を掴んで笑った。


「久しいな、葉季。甥に会えて嬉しいぞ」


 伯父の言葉に苛立ちを隠せない。すぐに顎の手を振り払い攻撃を仕掛けるも、数歩下がった伯父の前でかき消されてしまう。


「今日は、朱己に会いたかった故に、民と付添も殺してみたんだが……朱己が来ぬとは読みが外れたな。では、失礼する」


 言い終わるやいなや、先程わしが時雨伯父上に撃った突風と同じようなものが巻き起こり、辺りをめちゃくちゃに破壊していく。

 咄嗟に瑪瑙のところまで移動し、覆い被さるようにして庇った。

 突風が止む頃には、何事もなかったかのように辺は静まり返っていた。

 腕の中で押し潰したのではないかと思うほど、強く覆いかぶさるようにして庇っていたことに気づき、思わず勢いよく体を剥がす。瑪瑙は相変わらず顔色を変えることなく頷いた。


「大丈夫か? ……あ、重かったな、すまぬ! 帰ろう。朱己に伝えねばな」


 瑪瑙はまた静かに頷いた。

 なんだか落ち着かない、ずっとそわそわしているような、地に足がついていないような、後味の悪い状態のまま、わしらは朱己の元へと向かった。


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