二条家の背負う闇とナルスの未来(上)
ひとしきり泣いたあと、妙に気恥ずかしくなったのも束の間、葉季に抱えられ連れて来られたのは伯父上の執務室。
扉を叩くと、葉季の手が塞がっているのがわかっていたかのように勝手に開いた。
「父上、葉季です。入ります」
「いらっしゃい、葉季。……それから、朱己も」
僅かにひりつく空気を壊すかのように、夏能殿が青空に輝く太陽のような笑顔で手を向けてくる。
「おお! 朱己、目ぇ覚めたか!」
「はい、夏能殿。お陰様で……ご迷惑かけまして、すみませんでした」
「俺は何もしてねえよ。葉季と壮透のおかげだな」
白蓮伯父上の執務室に、夏能殿だけでなく父もいた。妙な勢揃いっぷりに少したじろぐと、伯父上が笑顔で手招きしていた。
葉季は臆せずに部屋に入り、私を下ろす。父を見ると、相変わらず目を瞑って言葉を発さないでいた。気配から怒りがほとばしり出ている訳では無いが、怒っていない訳はないだろう。
白蓮伯父上と父を交互に見ながら、頭を下げた。
「父様も、伯父上も、この度はご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
「謝らなくていい。朱己の処罰については、五家会で判断する」
「五家会での判断……定例の時期ではないですから、今回は臨時会合ということですね。わかりました」
「そのとおり。五家の当主と当主代理が出るのだから、話が早いだろう」
笑顔でなんでもないことのように言う伯父上に、葉季が噛み付いた。
「父上! 朱己は犠牲は出しておりません。処罰など」
「葉季。君は今回の立役者だ。父としてはとても嬉しいけど、三条家への失礼の償いはちゃんと考えておきなさい」
「それは……はい」
「そして朱己、確かに民には被害はないが、長および長に匹敵する力の持ち主がセンナを暴走させることが本来重罪なのは、わかっているね? 最悪死罪だ」
白蓮伯父上の言葉に、この場にいる全員の視線が刃物のように鋭くなったのを見逃さなかった。
「はい。処罰は下されたとおりに従います」
「朱己!」
隣で顔を歪める葉季には目もくれず、白蓮伯父上だけを見つめる。
「そういうところは、母譲りの強さだね、朱己。好きだよ。ね、壮透」
伯父上が笑顔で父を見ると、父はじとっと伯父上を睨むだけだった。父の様子を見て伯父上は満足したのか、またこちらを見る。
「……まあ、葉季が言った通り、今回は犠牲が出ていない。そして何より、故意的な暴走ではなく兄上という黒幕がいることがわかっている。故に、処刑にはならないと思うよ。そういうていで会合には諮る」
その言葉に安堵する。
一人だけ、なんだか納得していないように葉季が訊ねた。
「なぜ父上が五家会にお諮りになるのですか? 二条家当主は叔父上でしょう」
「それはね、葉季。私が五家会の議長だからだよ。二条家の前当主が議長を受け持つ事になっているからね。今回の件は、議長持ち出し……つまり厳秘案件ということだね」
厳秘案件。つまり、五家会に出る各当主と代理以外には門外不出となるということ。
「ありがとうございます」
お礼を言う私を見て、葉季は「厳秘案件」という意味に納得したようで、鬼の形相から少しだけいつもの顔に近くなった。まだ小鬼の形相なのに変わりはないが。
「父上。この件はこれで納得しました。しかし、まだ片付いていないことがある」
「そうじゃな。葉季の質問にはしっかりと答えんとならんじゃろ、白蓮」
葉季がそう切り出すのをわかっていたかのように、部屋の奥から現れたのは法葉伯母上。突然現れたため、白蓮伯父上以外は度肝を抜かれたような顔になる。
「は、母上! いつからそこに」
「ずっとおったわ! 気配を消しておっただけじゃ。相変わらず可愛いのう葉季。朱己も久方ぶりじゃ。愛しの妹譲りの、美しい目じゃのう」
伯母上は葉季の目の前まで来て、近くの椅子に腰掛けると伯父上の方をじっと見た。
「君がそちら側につくとなると、もう私は言わないという選択肢はなくなるね」
伯父上は諦めたように笑うと、椅子に深く腰掛け、背もたれに体を預けて天井を見ながらため息をついた。
その後ゆっくり顔だけこちらに向けた。
「朱己。君の性格を利用させてもらうつもりだった。すまないね。……少し昔話から始めようか。夏能、君に来てもらったのも、この話をすることになるかもしなれないと思ったからなんだ。すまない」
夏能殿は無言で伯父上を見つめる。
そうして、伯父上はゆっくり話し始めた。
「これは、私達がまだ若かりし頃の話。私と壮透の兄、時雨。これは二人も知っている話だね。だが、実はもう一人姉がいたんだ」
「存じております、偲様ですね」
私の言葉に伯父上が頷く。
「偲姉上は、時雨兄上の妹、と言うことになっているが、事実としては双子の妹だったんだ。そして、あの二人は全属性だったにも関わらず、色名ではなかった。それは凄惨な扱いを受けていた。双子だからね」
「全属性なのに……」
「葉季。私は君に、幸せになってもらいたかったから、平名にした……と言ったね。あれは半分本当だが、半分はこの兄姉二人と理由が同じなんだよ」
その言葉に葉季が目を見開く。
「同じ、理由とは……どういうことです?」
「朱己。玉結びと玉解きの能力を引き継いだからには気づいていると思うが、この二つの能力は何の属性の応用だい?」
顔の前で手を組んでいる伯父上の視線だけ、こちらに向けられる。
「玉結びは光、玉解きは闇です」
白蓮伯父上は頷き、今度は葉季に視線を移した。
「そのとおりだ。さすがだね。葉季、君は光属性はかなり強く顕出したが、闇はどうだった?」
「闇はそこまで強くは顕出しておりません……まさか、そういうことですか!」
伯父上は笑って頷いた。
席から立ち上がり、窓の方に歩いていく。
「そのとおりだよ。全属性であること、と一言に言ってもね、その中には細かい条件がある。その条件の一つが、光と闇の属性が、玉解きと玉結びを行っても問題ないほど顕出していること。あの二人は、それを満足できなかった。……いや、正確には、二人とも全属性だが、兄上は闇属性だけ、姉上は光属性だけ満足しただけだった。全属性であれば、センナを見ることだけはできる。しかし、それだけだ」
外を見ながら言葉を紡ぐ伯父上の顔が窓に反射して見えたが、笑顔はなかった。
「だけど、虐げられながらも二人はお互いを支えに生きていた。私達弟にも、優しかった」
窓越しに見える顔が、少し歪んだ。
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