幽霊屋敷の近くにあるテニスコート
次の日の放課後、俺たちはスマホのマップを頼りに、テニスコートがある公園へ向かった。しかし、スマホの位置情報は何の役にも立たなかった。
マップ通りに進んでもテニスコートがありそうな所には辿り着くことができず、目的地には、いかにも幽霊がでそうな雰囲気を醸し出す枝垂柳の木が生えたお屋敷が建っていた。
「ここじゃないよね…夏ノ希くん…結構遠かったのに…それに怖いね…」
やばい。揚羽が心配するくらい結構遠いぞ…それに怖えええええええ。どお考えてもこの屋敷が目的地な訳がねえ。なぜスマホはこの屋敷を目的地と認識しているんだ…30分も歩いて謎の屋敷に着くなんて有り得ないだろ!
この時、俺はスマホという文明の利器をアスファルトに叩きつけたくて仕方なかった。募る焦りと苛立ちのせいかわからないが、揚羽の言葉一つ一つに反応する余裕が持てなくなっていった。
それからも暫く屋敷の周りを歩いたが、屋敷の周りには沢山の木が生えており、コートを見つけることができなかった。
ついに夕日は沈み、空は真っ暗になった。言葉を交わさずとも、揚羽が不安がってるのが目に見えた。
流石に限界だと感じた俺は、コートのことは諦め、帰ることを決心していた。
しかし、天は俺たちを見離しはしなかった。
俺は揚羽に諦めて帰ろうと伝えようとした時、屋敷の周りの木々の中に光輝いているものが見えた。
その光は、グラウンドなどでよく見るナイターの光だった。
「あ!あそこにあるやつじゃね!?」
「ほんとだ!ナイター設備がついてるよ!すごいよ!」
「こんなとこにあったのか…沢山の木に囲まれていたからナイターの光なしでは見つけられなかったんだな…」
俺たちはオアシスを見つけたかのようにその公園を目掛けて走っていった。しかし、俺たちが見たオアシスは蜃気楼という現象にすぎなかった。
「な、なんだこれは…」
そこには、テニスをしてた面影がまったく感じられないテニスコートがあった。
「なんだ、雑草が生い茂っているじゃないか…」
「夏ノ希くん…テニスコートって雑草生えるんだね」
「あぁ、土のコートは雑草が生えるが、よっぼど使ってないとここまで雑草だらけにならないぞ…」
「やっぱりこの辺にはあまり人が住んでなさそうだし、つかわれてなかったんじゃ…」
「その可能性が1番高いな…」
雑草は生い茂ってるし、ネットもボロボロ…コートの線なんてわかりゃしないぞこれは…でも、せっかく見つけたコートなんだ!使えるようにしてやる。
「揚羽!めちゃくちゃ無茶なこと言っていいか!?」
「ま、まさか…(ゴクリ)」
「あぁ、そのまさかだよ!このコートの雑草全部抜くぞ!!」
「ひぇぇぇーーーー!無茶だよ!このコート全部だよ!」
「2ヶ月、いや、1ヶ月あればいけるはず…俺らの3年間のコートになると思ったら、安いもんだろ!?」
「わ、わかったよ!夏ノ希くんが言うならするよ」
「今日はやめとこう。帰るのも遅くなるし。こんなに雑草触ったら手が荒れてしまうし、明日から軍手を持ってきてやろう」
それから俺たちは、毎日、授業が終わっては雑草を抜きにいった。公園へ向かう最中は住宅街を通るので、そこに住むおじいさんやおばあさんと顔馴染みになった。
おじいさんが言うには、この地域には霊が出ると言う噂があり、住みに来る人は少ないらしい。特に枝垂柳の木が生えている屋敷には、霊を見たと言う証言もあり、近づかない方が身のためだそうだ。
俺たちがひとけを感じなかったのはそのせいだったのか…まぁ…あそこしかコートないから近づくんだけどね…まぁ霊なんていないでしょ…
雑草を抜き始めてから二週間が経った。放課後、いつも通り雑草を抜きに行こうとしたとき、早乙女が話しかけてきた。
「美柑!今日も雑草抜きに行くの!?」
「さ、早乙女!なんでそれを知ってるんだ!?」
「えぇ~、そりゃ二人で毎日こそこそしてたら気になるでしょ~。クラスのみんなも気になってたし…もしかしてBLってやつなのかな~って思って盗み聞きしちゃった♡」
「さ、早乙女さん。僕たちはそんな関係じゃないよ!」
「揚羽!相手にしなくていいぞ!こんなアホな奴」
「アホってなによ!!せっかく手伝ってあげようかと思ったのに…」
「手伝うってお前、女子ソフトテニス部の練習があるだろ!?」
「今日は練習はOFFで、ミーティングだけあるんだ。だから今日だけ見に行けるよ♡」
ナイター設備があり、人工芝コートという環境を持ちながらOFFだと…許せん!!
「まぁ見に来てもいいけど、まあまあ遠いし、結構迷うぞ!?」
「心配しすぎだって~、後で場所だけ私のケータイに送っといてよ!」
「はいはい」
なんか嫌な予感がするな…
・ ・ ・
「ふぅ、今日はこの辺にするか!結構進んだな!」
「そうだね。って早乙女さんなかなかこないね」
「めんどくさくなって来るのやめたんじゃね?」
「そうだといいんだけど…もし迷ってたら…もぉ空も暗いのに大丈夫かな…」
「まぁ、大丈夫だろ…」
って大丈夫じゃねぇだろ。早乙女のことだし絶対来るに決まってる。しかもアホだし。それに約束破るような奴じゃない。あとアホだし。
「揚羽!ちょっとここで待っててくれないか!?早乙女探して来るわ」
「僕も行くよ?」
「俺の心配事をこれ以上増やすんじゃね〜。揚羽は方向音痴だからここでじっとしててくれ!この前迷子になっただろ!わすれたのか?」
「う、うん…わかった…早く戻ってきてよ!」
「おう!」
マップは一応送ってるから、近くにいるはずなんだが…どこにいるんだ。
暫く住宅街を走り回っていると、半べそをかいている女の子を見つけた。
「おい!早乙女!!」
「み、美柑~怖かったよぉぉーーー変な屋敷はあるし、怖いから住宅街のほうに行ったのにぃぃ、人の気配感じないしぃぃぃぃ…」
早乙女は涙を流しながら俺に抱きついてきた。
「バカ!お前、そんなに怖いなら電話ぐらいしてこいよ!」
「だって~美柑頑張ってるだろうから迷惑かなとおもっでぇ゛ぇ゛」
「へんなところ気遣いやがって、心配かけてんじゃねーよ」
「うぅ゛、美柑~~」
「うるせぇな。揚羽待たせてるから行くぞ。これで涙でも拭けよ」
俺は早乙女にハンカチを渡してやり、手を握って連れて行ってやった。早乙女の手はとても小さかった。いつもヘラヘラした顔ばかりを見ていたせいか、早乙女の意外な顔に思わずやさしく接してしまった。
いつもの早乙女なら、俺が手を握ったりなんかしたら、顔を覗き込んでまでしていじってくるのに、よほど怖かったんだろうな…
「早乙女悪かったな…ちゃんと迎えに行くべきだった。ごめんな」
早乙女は何も答えなかった。
それから早乙女は目を合わさず、ただ、俺の手を握っていた。まあ元気になってから喋ってくれたらいいやと思った俺は、無理に話さないことにした。
それからも無言の時間が続いたが、公園に着く手前のところで早乙女は足を止めた。
「み、美柑…?あ、あのさ」
「ん?」
早乙女は少し落ち着かない感じだった。俺は具合でも悪いのかと思い、早乙女の顔を覗き込んだ。すると、先ほどまで目を合わせなかった早乙女と目が合った。お互いの顔が近かったためか、お互いに顔を赤らめてしまった。
「美柑!今日はわがまま言って迷惑かけてごめんね…あのさ…る、瑠衣ってよんでよ!早乙女じゃなくて…」
どこかいつもと違う早乙女に俺はドキッとしてしまった。それまでは意識してなかったが、早乙女の手を握っていることに恥ずかしくなってしまった。俺は握っていた早乙女の手を離し、誤魔化すように笑いながら答えた。
「どうしたんだ?変だぞ?早乙女…」
「じょ、冗談だよ!こんなんで意識とかしないでよね!」
早乙女も笑って誤魔化していたが、少し寂しそうな顔をしていた。それから、いつもの早乙女に戻り、明るく話しかけてきた。
そして、俺は早乙女を連れ、揚羽のいるところまで行った
「夏ノ希くん遅かったねって、早乙女さんもいたんだね…よかった…」
「わりぃ待たせたな揚羽!こいつがビィビィ泣いててよ」
「泣いてないし!!ってここが、あんたたちのコート??雑草減ってないじゃない!」
「減ってんだよ!」
俺は早乙女に雑草を抜き始めた頃の写真を見せた。
「えっすご。よくしようと思ったね…」
「だろ。このペースだとあと1週間ぐらいで雑草は抜けそうだな。ただ、雑草抜いた後も大変なんだよなぁ~。どうしようか。このボロいネットも傷んだラインもなおさなきゃならねぇ…」
「ねぇ、美柑!ラインなら、女子ソフトテニス部の部室の中に、余ってるのがあるけど…」
「まじか!!もらっていいのか!?」
「いいと思うよ。だって私たち人工芝だし♡」
「くっ、少し腹が立つ発言だが、ありがたく頂戴しよう!」
「うん!素直でよろしい!一応、葵先輩とか、先生にも聞いとくよ!多分いけると思うよ!!」
こうして、俺たちは傷んだラインを変えることができた。
コートを作る計画は1学期が終わるまで続いた。
ジージーと蝉の声が聞こえる中、男たちの声が公園の中に響いていた。
「やったぁーーーついに完成だぁぁーー」
「ついにやったね夏ノ希くん!!」
俺たちはコートの完成とともに、夏休みを迎えることとなった。
夏休みは主に、揚羽とテニスの練習をする計画を立てていた。
「ねぇ、聞かないようにしてたんだけど聞くね…顧問の先生の件についてはどうなったの!?」
「ふっふっふっ!!よくぞ質問してくれた。いいかよく聞け!顧問の先生は数学の山田先生がしてくれることとなった」
「山田先生って学年主任の!?」
「そうだ!」
そう!俺は沢山の先生にお願いしたものの全て断られていた。そんな時、落ち込んでいる俺に声をかけてくれたのは山田先生だった。
俺は最後の頼みの綱として、山田先生にお願いしてみたが、あっけなく断られた。
しかし、山田先生はチャンスをくれた。1学期の学年成績が1番であれば顧問になってくれると。
俺は死ぬほど勉強した。放課後はコートの雑草を抜き、そして帰ってからは勉強の毎日。そして、俺は学年1位を取ったのだ!
俺はそのことを揚羽に説明した。
「す、すごい。夏ノ希くん。勉強もできたなんて…」
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その頃、職員室では…
「いいんですか!?山田先生…テニスとはもぉ関わらないって決めてたんじゃ…」
「私は今年で54歳になるんだよ。この年になるとね~生徒の顔なんてすぐ忘れてしまうんだよ。卒業生が来ても、名前が出てこなかったりなんてしょっちゅうだよ。けど、夏ノ希くんの顔はね~、どーも懐かしく感じたりするんだよね。もう1度だけ見たくなったのかもね…青春を…」
「やっぱりまだ5年前のこと引きずってらっしゃるんですか!?」
「どうだろうね…ただ、5年前は彼も私もお互いに悔しい思いをしたからね…忘れようとしても思い出すんだよ。だから、これはせめてもの罪滅ぼしの気持ちなのかもしれないね……」
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まぁ、山田先生には名前だけっていう感じで約束しちゃったし、練習は自分たちでしなきゃだなぁ~。ただ、教えてくれるコーチのような人は欲しいな。
まぁ、少なくとも大会には出られる環境は整った!待ってろよ土蜘蛛…
次の大会は秋か!その大会が1年生最後の大会だ。ソフトテニスは個人戦と団体戦があるが、団体戦はダブルスを3ペア組まないと出場できない。
よって、今の俺が出場できるのは個人戦だけだ。揚羽と一緒にこの大会で勝つしかない。
夏休みに入り、俺たちは自分たちでつくったコートで沢山練習する毎日を送ることとなった。