青春は苦い記憶ばかり…
土蜘蛛に大敗を喫した俺と夏目は、次の大会で見返してやろうと思い、馬車馬のように練習に励んだ。しかし、父親の仕事が転勤になり、俺はこの街を離れなければいけなかった。
一緒に練習した友達、そして、なにより夏目と別れるのは辛かった。この街を離れる最後の日に、俺は夏目の家の前まで行った。
「ごめん。ごめん。」
土蜘蛛を倒すという約束を果たせなくなった俺は、夏目に謝ることしか出来なかった。
すると、夏目は涙を堪えながら、「お前より先に、俺が、土蜘蛛たおしちゃっていいのか?」と冗談めかしたように言った。
辛いのは俺だけじゃなく、夏目も同じなんだとその表情からわかった。短い間だったけど、俺は夏目とソフトテニスができて本当に良かったと心の底から思った。
転校した後もソフトテニスを続け、それなりと良い結果は残したが、土蜘蛛と対戦できるところまで上がってくることはできなかった。
そして2年が経ち、俺は春から高校生になるのだった。父親の仕事が元いた部署に戻ることになり、俺は地元に帰ってくることになった。
俺は、家からは少し遠いが偏差値もそこそこあり、ソフトテニスが強いと言われている西園寺高校に入学することにした。
夏目はどこの高校に入学したか気になり連絡してみたものの、返信は一切帰ってこなかった。
家まで行って聞くのもよかったが、すぐに会えるだろうと思い、家までは行かないことにした。
土蜘蛛は同じ県内でも1番強いと言われている高大商業高校に入学していた。高大商業は優秀な選手をスカウトして、ソフトテニス強豪校として名を売っていたため、土蜘蛛が高大商業に入ることは大体見当がついていた。
ただ、高大商業はそれほど偏差値が高いと言える高校ではないため、俺は少し土蜘蛛に勝った気がして、優越感に浸っていた。
それから数日が経ち、今日は西園寺高校の入学式の日であった。何事もなく入学式が終わり、俺は県内でも強豪と言われる西園寺高校のソフトテニス部に入るために、さっそくテニスコートへ向かった。
強豪校なだけあって、テニスコートは人工芝のコートが2面もあった。しかし、テニスコートには誰もいなかった。
ソフトテニス部と書かれた部室があったが、ドアには鍵がかかっており、人の気配すらしなかった。
どんな部室か気になり、窓を開けて覗いていると、後ろから、「きゃー変態!!」と女の子の大きな声が聞こえた。
振り向くと、どうやら、その女の子は俺の方を指を差してていた。俺は一瞬、なぜ変態と言われているか理解できなかったが、女の子がせよっているラケットバックが目に入り、全てを察した。
どうやらここは女子ソフトテニス部の部室らしい。よくみてみると、部室の中には、女の子の着ているテニス用のスカートや下着などがあった。
俺は女の子の下着やスカートに一瞬ドキッとしてしまったが、すぐに我に帰り、「冤罪だ!俺は、何もしてない!」と女の子に向かって言った。だが、女の子は聞く耳を持たなかった。
「あんたがしてるのは立派な犯罪だよ。先生に全て言ってやるよ」
女の子の強気な言葉が俺の背中をヒヤリと突き刺した。誤魔化して通用する相手ではないことがわかった俺は、正直に全てを話した。
「すみませんでした。僕は新しく入学した1年なんですけど、男子ソフトテニス部に入部したいと思い、ここにきました。部室を覗いたことは認めます。でも、わざとじゃありません。信じてください」
2人の間に静寂な空気が訪れ、無音の時間が続いた。
俺は今まで生きてきた中で、これほど時間が経つのを遅く感じたことはなかった。
すると、女の子が先に口を開いた。
「嘘つけぇぇ!!ここには男子ソフトテニス部なんてないんだよ!しらばっくれのもいい加減にしな!」
俺は女の子の言葉を理解するのに10秒ほど時間を費やした。
「そんなわけあるかぁぁぁ!俺はこの西園寺高校のパンフレットを見て入学したんだ!このページの右下に男子ソフトテニス部って書いてあるだろぉぉ!」
先ほどまで敬語だった俺の言葉は、焦りとともに消え、冤罪で人生が詰んでしまうと思い、声を荒げてしまった。
女の子はすかさずそのパンフレットを俺の手から奪い取り、俺に見せてきた。
「このパンフレットの右下には男子ソフトテニス部って書いてあるけど、実際に男子ソフトテニス部があったのは5年前までだよ」
「じゃあ、なんで男子ソフトテニス部って書いてあるんだよ」
「あんた馬鹿なの。左上見てみなさいよ。」
パンフレットの左上をみてみると、そこには大会成績一覧と書かれていた。どうやら、西園寺高校の部活動が残してきた成績だったらしい。
「あ、そ、そうなんですね…ははっ、あぁ、えぇと、すいませんでした。あの、煮るなり焼くなり好きにしてください。よろしければ、僕を打首の刑にしてください。そして、誰も見つけられないところに遺棄してください。あなたのような美人に殺されるなら本望です…」
俺は頭の中が真っ白になった。こんなことがおきなければ、いつもなら可愛いと思うほど美人な女の子なのに、今は死神のようにみえる。「あぁ、どうか、こんな僕を天国に連れてってください」と心の中で祈りながら、最後にアーメンと唱えていた。
「ま、嘘はついてなさそうね。あんたがやったことは許されないことだけど、嘘はついてなさそうだから、許してあげる。でもね、ここに書いてあるでしょ!男子禁制って!次入ってきたらタダじゃおかないから」
女の子は強い口調とともに、俺の行いを許してくれた。俺は許されたことに安心はしたが、それ以上に、西園寺高校には男子ソフトテニス部がないというショックの方が強かった。
俺は最後にすいませんでしたと告げ、その場を立ち去ろうとしたが、女の子がおれの肩を掴んだ。
「ちょっと待って、あんた名前は?」
「夏ノ希美柑です」
「ふ〜ん、私は2年の、七瀬葵。名前と顔は覚えたから、もぉ、近づくんじゃないよ」
俺は、もぉ言い返す気力も残ってはいなかった。土蜘蛛に負けた時のように、抜け殻のようになったら俺は、お辞儀だけして、その場を立ち去った。
なんでも新しい環境は緊張しますよね…
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