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ミミックホテルのコンシェルジュ  作者: センチメンタルアスパラガス
開業準備
9/11

ミミックホテル開業


「ついに開業の準備が整ったな」



ソフィーに頼んで、棚や簀子、その他諸々の雑貨を職人に発注し、物品をそろえた。


ベッドや机代もだが、これまでの風呂代だけでは、全然足りない額であった。


とりあえずの頭金を払った。


向こうも『騎士からの発注で、しかも神様がいるんなら、担保は国と教会だろ?とりっぱくれはないさ』と待ってくれそうでありがたかった。


『それに、この宿屋なら潰れないだろ?長く待てるさ』

と家具職人たちの漢気を見せてもらえた。



○○○



振り返ってみると、当初の予定と異なり、だいぶ物が増えていた。



『こんなアメニティがあると便利』というミラーの発言を取り入れて、キャプテンとディーが騎士に購入を頼んだ結果、大変アメニティが充実した宿屋となった。


途中からミラーはこの宿屋に住むつもりなのではないか、と勘繰るくらいに積極的に意見を出していたし、必要かわからなかった物は、自腹で購入し置いていく始末だ。



『宿屋でここまで充実したところは、王都にはないぞ』と立ち寄る冒険者や騎士たちが口々にいう。



私もそう思ったが、需要があるためか、客側が環境を整えようとする事態に至ったため、どうしようもなくなった。


開業前から、格安宿屋のクラスアップは歯止めがかからなくなっていた。



○○○



貴族が泊まるホテルの様相を呈し始め、当初はみんなで手分けして仕事を行う方針としていたが、役職をつけることで、メインの分担をわかりやすくしようと決まり、次の日から開業という最後の最後の夜に、各員に役職名がつくことになった。



大広間でその会議をしている時に、ホテルの役職名をつける、という言葉を聞いた騎士たちが『ならば、我々は“ドアマン”を務めましょう』と笑顔でキャプテンに伝えた。



ドアマンは、ホテルの玄関に立ち、客と最初の対面をする役職だ。ホテルの顔であり、規律や身だしなみ、態度がそのホテルの印象に強くかかわってくる。


騎士は、うちの従業員ではないのだが、と伝えるも『見張りの仕事だけで、騎士団から給金をもらっているというのは、外聞が悪くてですね。しかも、仕事上がりの飯と風呂が500Gで堪能出来る。少しくらい仕事をしても罰は当たらないと思います。ねぇ、神様?』と貧乏神に返答を振る始末だ。



「こっちが金を出すわけじゃないし、騎士なら規律、身だしなみ、態度も一流だろ。ドアマンにピッタリじゃないか」と言い出した。


今と境遇は変わらないのだが、見張り当番の騎士にはドアマンという役職が付くことになった。



キャプテンは“フロントクラーク”だ。


受付でチェックイン、チェックアウトをしてもらい、宿泊者の管理と会計業務、インフォメーションを行ってもらう。


外交担当となっていたキャプテンの仕事が増えるわけではない。役職名が付いただけだ。だが、フロントクラークという名前の響きを気に入ったらしい。少し機嫌が良さそうな顔をしている。



ディーは、“レシェプショニスト”や“ウェイター”を行ってもらうことになった。シェフのテンペストが来てからというもの、今までキャプテンの下にいたこともあってからか、先輩風を吹かせたがっており、積極的に『テンペスト、困っていることはないか?』と絡んでいた。


キャプテンも『いっそ組ませてみるか』と考え、ディーとテンペストとで、大広間と台所の切り盛りをさせてみた。


今のところは軽食提供くらいなのだが、1度もミスなく、完璧な連携を見せている。



私は自分の体内のことなので、だいたいのことができる。浄化の魔法で部屋の清掃、店舗・風呂の点検を行い、備品管理、キャッシャーもできている。


如何せん、手足がないため、ベッドメイキングやリンネ、台所廻りは出来ない。


そこはブラウニーズの力をかり、こなしている。


宿泊客がいなくなったタイミングで、シーツや食器などを風呂に入れてくれれば、水の魔法と浄化の魔法で完璧にきれいにできる。


天気が良ければ、外に干すし、天気が悪くても熱の魔法で乾燥させることで、いつでも清潔でパリッとしたものを提供できる。


その結果、“コンシェルジュ”と“ハウスキーピング”の役職を兼ね備えた“ジェネラルマネージャー”となった。



「私は?」と貧乏神が聞く。



『客寄せパンダ』


パンダか......と小声で嬉しそうに言う貧乏神の声が広間に響いたのだった。



〇〇〇



窓から朝日が差し込むようになる。


大広間に全員が集まる。



『食材よーし』


『アメニティよーし』


『備品類よーし』


『浄化魔法よーし』


『名簿よーし』


『体調よーし』


『湯加減よーし』



全てよし。



『ドアマンの申し送りもよろしくお願いしますよ?』と朝食を食べている騎士にキャプテンが問う。


ちなみに今日の朝ごはんは、テンペストが作った豆科の野草で作った豆乳のスープだ。小エビとネギとゴマ刻んだはつか大根をこれでもかと入れ、ビネガーとスパイスで風味をつけた、朝からスタミナがつきそうなスープに、揚げパンを出している。


テンペストの料理の師であるネイスロックが、海外に行ったときに東の方の国で食し、気に入ったため、まかないで作っていたものらしい。


まかないでも十分うまいらしいが、素材が貴族らしからぬので、食卓にあげることができず、いつか日の目を見させてやろうとテンペストは考えていたそうだ。


裏の森に豆科の野草が群生しており、豆を使った自然食材料理はコストもかからず提供できる。


さらには、台所から出てすぐの場所に、小さな家庭菜園を作ったテンペストが、自家製のはつか大根やスパイスハーブをふるまっており、食材への出費が浮いている。


早い、うまい、安いの謳い文句ならば、みんな宿泊じゃなくても、朝ごはんだけでも食べに来てくれるのではないか、とテンペストが提案していた。


その提案にのり、朝食は一般開放し、夕食はチェックインした客のみにふるまうことにした。


宿泊客へは、部屋に朝食を持っていくことで、一般開放の客の混雑を避けることができるな、とも考えた。



もぐもぐと食べていたものを飲み込み、キリッとした顔でキャプテンに返事をする騎士。



『ドアマンは、ホテルの顔ですからね。しっかり申し送りさせていただきますよ。あ、テンペストさん。お代わりいただけますか?』


『スープ3杯目ですよ』


『これ、毎日食べたいですね。疲れた体にしみわたりますし、一日の活力になりそうですよ』



騎士たちの評価も良いので、朝食の一般開放もうまくいくのでは、と期待に胸を膨らませるのであった。



〇〇〇



日勤帯の騎士が来たタイミングで、ミラーも一緒に来た。普段ならば夕方に来るはずなのだが、今日は朝から来ている。



『今日の夕方から正式に開業と聞きましたので、挨拶に来ました。レベルは上がっていないようですね。脅威にはならないでしょう』



なるほど。


私のレベルが上がっていた場合は、開業に待ったをかけるつもりだったのだろう。



しかしなんだろうか。


スーツケースを2つも持ち、日勤帯の騎士たちも箱を1つずつ持っている。


どこか遠征でもあるのだろうか。



『ところで名代さん?宿泊予約は出来ますか?』



ミラーが妙なことを言い出した。



『いいえ、まだそういうシステムは作っていませんが』



『そうですか。ちなみに最高で何連泊出来るんでしょうか?』



『決めていませんね』



あ。


これは。



『私気づいたんです。朝ごはんつきの宿泊が3000Gじゃないですか。週21000Gなら、夜ご飯代を削れば、王都中心部のアパート生活と同額なんです。いえ、お風呂に入り放題と考えれば、こちらの方が安いくらいです。毎日夕方識別に来るくらいなら、いっそこちらに長期連泊してはどうか、と考えていたんですよ!』



『......』



『ですので、開業の挨拶と同時に宿泊します』



ドアマンの騎士たちも絶句である。


何がミラーを動かしているのだろうか。



『きれいな宿、ヘルシーで美味しい朝食、お風呂。マイナス面が、宿屋自体がモンスターということですが、外は騎士が守っていて、内側は神様と妖精さんが守っているという状況。王都のアパートって女子一人で住むには安全性が少し不安だったんですよ!でも、ここなら!それすら利点!』



キャプテンが饒舌で話すミラーを横目に、私に無言の訴えをする。



わかったよ。

そんな目で見るな。



「......お客様第1号だ。ご案内しろ。ルールの穴があった我々のミスだ。ミラーの案内が終わったら、みんなで宿泊システムについて検討しよう」



『......ミラー様。ジェネラルマネージャーより宿泊の許可が下りましたので、予約の案内をいたします。しかし、アパートと当ホテルの二重払いになっていますので、より出費が大きいのではないか、と』



『大丈夫。アパートはすでに引き払っているわ!もし泊まれなかったら、社宅の契約に行くつもりだっただけよ』



『』


「」



『......あー、あくまでこちらの宿泊システムの不備ですので、ミラー様以降で同様の宿泊形態がとれるかはわかりませんのであしからず。ミラー様に至りましても、他者への当ホテルの長期滞在のことは広めないよう、よろしくお願いいたします』



『わかったわ!』



キャプテンがそういうと、見張りの騎士や夜勤帯の騎士ががっくりと肩を落とす。


こういうのは先駆者のみが得られる恩恵だ。


こんな感じで騎士たちに占拠されるわけには行かない。



○○○



『ところでこの宿屋、名前は?』


ミラーが問う。



住所変更の手続きだろう。


王国の法律で、国家に尽くす者は、その住所を国に届け出る必要がある。


アパートからホテルに変わったこともあり、ホテル名を聞いてきたのだ。



『さしずめ、“神と妖精の止まり木亭”とかかしら』


当てに来た。



『いや、“森の隠れ家亭”では?』


『役職的にはホテルの名称にするのかしら?“ブラウニーズホテル”的な?』



他の騎士たちも案を出してくる。

だが、この宿屋の名前は決まっている。


なんせ、私自身だからだ。



「素晴らしい案をありがとう。だが、もうホテルの名前は決まっている。キャプテン。こう返答してくれ。私の名は」



『ミミックホテルでございます。以後お見知りおきを』



騎士たちが、そう来たか、という顔をキャプテンに向ける。



その顔を横目に、玄関を開放した。

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