家具搬入
私が人喰い屋敷になり、2週間が経った。
警邏隊は相変わらず、2人体制で私の見張りを行なっている。
朝夕での交代業務も変わらずだ。
モンスターの襲撃も、ブラウニーの連れ去りも冒険者の諍いもないため、私の見張り当番の日は“当たり”の日なのだそうだ。
人喰い屋敷が人間に牙を剥かず、妖精が温泉宿を営んでいる、というのを一目見ようとやってくる一般市民の対応が仕事になってきている。
サポート隊のミラーさんは、毎日夕方に私を識別しに来て、レベルが上がっていないかを確認している。
騎士団の中では、ブラウニーの外出の頻度上がる程、人喰い屋敷のレベルも上がると考えられていた。
そのため、ブラウニーの2人は買い物に行けず、代わりに騎士にお使いを頼むという贅沢な宅配システムが確立した。
朝王都に帰る騎士に頼むと、夕方交代で来る騎士が持って来てくれる。
その夕方交代で来る騎士に同伴し、ミラーさんが来て、識別した後、レベルは変わっていない!と確認し、入浴して帰るという変な生活リズムができている。
毎日騎士団の経費で入浴出来ているので文句もなく、楽しそうに500G置いて行ってくれる。
1週間経過した時、『毎日来るので』と石鹸とタオルを置いていくようになったのも、記憶に新しい。
それから、屋根裏が定位置となった貧乏神に、教会から司祭や司教が替わる替わるでやってくるようにもなった。
金銭は受け取らない、と貧乏神が言ったこともあり、“お気持ち”として、枕や服、台所用品が寄進された。
よく見ると皿やコップに、その教会のマークが付いており、名刺代わりの品なのだな、と考えさせられた。
貧乏神からも「こういう普段使い出来る物の方が、金貨や財宝なんかよりも有難いんだよ」と発言があった。
相変わらず、神のくせに俗っぽい。
王都の教会にお越しいただけないか?とスカウトも頻繁しているが、私の本格的なモンスター化を、貧乏神とブラウニーとで防いでいるのだ、と説明していたら納得していた。
「教会の奴らには、“神と精霊と人”ってワードが効くからなぁ」と言っていた。
果たして、貧乏神と妖精と元人間の組み合わせは有効なのだろうか、と疑問しか抱かなかった。
最初は騎士がいるので、遠目からしか見ていなかった冒険者や行商人も、騎士がいるなら返って安全なのでは?と判断してくれるようになり、立ち寄り湯を利用してくれる。
ガラの悪い人間が立ち寄りにくいことや、安価であることから、駆け出しの冒険者や女性も使いやすい宿屋と知れ渡っているらしい。
なんだかんだ言って小腹も満たされ、家具のお金も溜まりつつあった。
そして今日。
ソフィーが家具を持ってやってきた。
○○○
『どうですか、ブラウニーさん!あ、そうかブラウニーさんは2人いらっしゃるんでしたね。えーっと......店主さん』
『私は店主代理だよ、ソフィーさん』
『あ、神様がいらっしゃるんでしたね。じゃあ名代さん!しっかりとした家具を用意しましたよ』
ソフィーが私の前の広場に停車している馬車の中を示す。
幌馬車の中から屈強な男が複数名出てきて、キャプテンに挨拶をした。
よく見たら、私が人間だった頃に贔屓にしていた家具屋の職人だ。
最初に机を買った。
シンプルながら、嫌味にならない程度の高級感を出していた。
耐久性も良いため、それに合う椅子を買い、ベッド、食器棚、資料棚と購入していった。
長く使っても、古さがなく、味が出ていたため、私のお気に入りの家具となったのだった。
王都のはずれの小さな家具屋だったが、物は良かった。
そうか。
同じように考えている人はいたのだな。
今回の大量発注が、彼らの店を潤してくれると良いが。
『名代さん!とりあえずはベッドから運び入れようと思いますが!』
『よろしくお願いします』
運び入れられたのは、以前私が使っていたものより1つ材木のランクが低いものだ。
だが、丁寧な仕事っぷりは変わらない。
『冒険者さんたちが泊まりやすい、というコンセプトにあわせて、あまり高級感が出ないような、それでいて品は良いものにしてみました』
ソフィーの見識眼はなかなかのようだ。
8台のベッドを運び入れてもらったが、それだけで宿屋のように見えて来るのだから不思議だ。
『後は小さな机が3つと大広間用の机が1つ。椅子が部屋用と大広間用とで16脚です。食器棚などはいっぺんには運べませんでしたので、次の時に持ってきます』
複数台の馬車の運賃だけでもそれなりになりそうだ。
1台は、家具屋の馬車らしく、好意で出してくれているらしい。
「おー、宿屋みたいになってるなー」
屋根裏から貧乏神がぬっと現れた。
冷やかしに来た、と私には分かるが、わざとオーラ的な何かまで発し、後光を纏っている。
内情を知らない人間には、気まぐれに神が降臨したようにしか見えないだろう。
部屋着だが。
場が静まり返る。
頭を下げて、平伏し出すソフィーや家具職人の一同。
「あー、ごほん。......楽にせよ。私は君たちを労いに来ただけだ。我が愛し子の道楽に付き合ってくれた君たちに礼を言いたいのだよ」
『めっ......滅相も御座いません』
「キャプテン。彼らが帰る前に、湯を案内してやってくれ」
『承知いたしました』
満足そうな顔をし、屋根裏に戻っていく貧乏神。
鼻歌混じりで屋根裏に戻ってきた貧乏神に問う。
「なんでわざわざ出たのだ?」
「ん?ああ、風呂場をな、見せようと思ってね。彼らなら簀子やなんかが足りないって気づいてくれるだろうからな」
「なるほど」
○○○
『噂で少し聞いた程度だったが、ありゃあ本物だな』
湯に浸かりながら、家具屋の職人の1人が口を開く。
『生きてるうちに神様を拝めるとはなぁ。真面目に仕事しといて良かったぜ』
『妖精も初めて見ましたよ、俺は』
『いや、神様や妖精から家具の発注が来るとは。ソフィーさんもすごいツテを持ってたもんだ』
『しかも温泉宿たぁ。いいねぇ。俺も冒険者に転職するかな』
『何言ってやがんだ。神様お墨付きの家具なんて言われるようになったら、仕事がどんどん増えるんだぞ?辞めさせねぇよ』
『神様と妖精が力を抑えてるって話だけど、この宿屋、人喰い屋敷らしいじゃねーか。全然見えねーけどよ』
『神様の道楽に付き合うのもなかなか面白いな。これで俺たちはモンスターの腹からの生還者だ!冒険者連中にも引けを取らねぇぜ』
風呂場から男たちの笑い声が響く。
一足先に湯から上がったソフィー。
風呂上がりのソフィーがキャプテンに『前の時はお風呂なかったですよね?』と聞いてきた。
そうだ。
前、奴隷商から匿った時は、温泉は無かった。
『神の御技です』と返すと、納得してくれた。
便利だな、神。
○○○
帰り際にソフィーから追加で風呂場に置く台と鏡、後簀子を発注しようと思う、と言われたのでよろしく頼んだ。
夕方近くになり、ダンジョン帰りの冒険者たちが、家具が運び込まれた私を見て、『もうすぐ開業か!』と声を出していた。
交代で来た騎士たちやミラーさんも何やら浮ついている。
『お風呂場に簀子や鏡は置かれますか?』とミラーさんが聞いてきたところで、私の需要の何たるかを知った。
このまま行けば、“神と妖精のいる治安の良いお値段手頃な温泉宿”が私の最終形態になりそうだ。
明日は、布団や毛布、シーツなどを購入してもらおうと計画を立て、本日の営業は終了した。
○○○
深夜。
『そこの者!止まれ!』という騎士の声を聞き、意識をそちらに移した。
通りを挟んで反対側の森に人影が見える。
『モンスターか!?』
『いや......その容姿!......ブラウニー殿か?』
見ると、最初に会った時のキャプテンやディーと同じような格好のブラウニーがいた。
違うのは、何か色々入っていそうなカバンを持っていることだ。
くたびれ感がすごく強い。
騎士たちに声をかけられたブラウニーが嗚咽し出した。
『やっと!ここまで来たのにぃぃ!』