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ミミックホテルのコンシェルジュ  作者: センチメンタルアスパラガス
開業準備
5/11

神の湯


新しい朝が来た。


人間だった頃の私ならば、軽いストレッチの後、コーヒーを飲みながら、ゆで卵とトーストのルーチンワーク的な朝食をとっていた。



......コーヒーの香りが懐かしい。



朝早くから騎士が2人、私の前に立っていた。


キャプテンに聞いてもらったところ、“見張り”なのだそうだ。


騎士団の中での出し抜きもだが、ブラウニーが他国へ誘拐されることが懸念されているのだそうだ。



王国の幸せの絶対量の減少、など最大級の懸念だろう。


騎士団の見張りがあるのも納得する。



そうこう考えていると、王都の方からソフィーが来た。



○○○



『ブラウニーさんは、どのような宿を検討されていたのでしょうか?』



家具が1つもない広間でキャプテンとソフィーが話している。



「正体を隠して、冒険者に飯と酒と寝る場所を提供する、ってくらいしか考えてなかったな......と伝えてくれ」

キャプテンを介して、ソフィーと会話を試みた。


『確かに、立地も良いので人は大勢止まるでしょう。でも少し具体性が欲しいところですね......。値段は考えてらっしゃいましたか?』


「......朝食付きで3000G......」


『安過ぎでは?好条件過ぎます』



基本プランは安く、回転を早める。

酒や夜の飯で金を落として貰えば、と思っていた。


それに浄化の魔法もある。


清掃にかかる人件費は考えなくても良い。



私は、宿屋など利用したことがないからな。

経済学的な数字でしか考えられない。



『冒険者からしたらありがたいでしょうが、ここの、自分の価値を分かってなさ過ぎです。倍出しても泊まる人は多いと思いますよ』



そうなのか。



『......おそらくなのですが、冒険者よりも貴族や内情を知っている人間が押し寄せるかと』


ああ、“ブラウニーの”宿屋だものな。



『ちなみに家具はどうされるつもりだったのでしょうか?』


「最初のうちは、教会のチャリティーオークションで安価に揃えるつもりでした」


『......勿体ない。まるっきり素人経営者の考え方じゃないですか!』



実際素人経営者なのだ、私は。



ソフィーがキャプテンの肩を掴む。



『父上に相談して、家具を提供いたします。初期投資分は、こちらで工面します。この宿屋の価値を理解の上で運営すれば、すぐに返済出来る額で、統一デザインの家具を発注しましょう!ね!』


ソフィーの目がキラッキラしているのが分かる。

そしてキャプテンがタジタジしているのも。



キャプテンの沈黙が是と捉えられ、ソフィーは気合いの入った顔で帰っていった。



○○○



騎士が私を見張っているため、冒険者は遠回しに私を見て去っていく。


その内部では、これからの運営を決める会議を行なっていた。



「冒険者向けの格安宿を考えていたが、完成図を考え直さなくてはいけないみたいだな」


はぁ、と溜息を吐きながら発言する。



『見張りに関しては想定しておりましたが、経営方針への干渉があるとは』


『家具の入手手段を得られたと考えるならばアリなのでは?』


「そうだな。迂闊に動けなくなったことを考えると、アリだよな」



3人であーでも無いこーでも無いと話し合う。

貧乏神は香ばしい匂いのする土を扇子で扇ぎながらそれを聞いている。



『ソフィーの家具が届くまでは動けないな。そこから方針を再検討するべきだろう』


『同意します、キャプテン』


「そうだな。余計なことをして、身の丈に合わない方針に舵を切りたく無い。それでいこう」



自分の明日のことなのに、自分では何も出来ない私は、キャプテンやディーの発言に同意したり、人間世界の金銭感覚についての助言をするに留まった。



だいたいの方針が決まった。


すると今まで口を出さなかった貧乏神が口を出してきた。



「家具が届くまではどうやって(いのち)を繋ぐつもりだ?あの人間が、腕によりをかけた家具を用意するつもりなら、時間がだいぶかかるだろう。届いた頃には餓死してるぞ?」



○○○



キャプテンやディーは、家の中のやり繰りには長けているが、他者とのやり取りで金銭を得ることに関しては策を持ち合わせていなかった。


私も自分自身で出来ることが限られている。



だから話にも上がらなかった。


貧乏神の一言で、当面の打開案を早急に決めなくてはいけないと気づかされた。



それに、家具の件に関してはありがたいが、イニシアチブを持って行かれるわけには行かない。


ここでの待ちは、与えられる家具が無ければ、動けないと向こうに言っているようなもの。



家具無しの宿屋でも、騎士や冒険者を使ってお金を稼がなくてはならない。


家具を提供された際に、返済の頭金を出せるか出せないかで、発言力が変わる。



だが、元手を掛けずに、でしか稼げない。



自分に配られたカードの確認する。



そこで思いつく。


宿泊以外で、宿屋がその立地だけを利用し、客から金を巻き上げる方法を。


「よし。“立ち寄り湯”をしよう」



○○○



キャプテン、ディー、貧乏神に自分の考えを伝えた後、実際にどういう風にするのかを実演するため、3人を物置へ案内した。



「“灯りよ”」


物置が明るくなる。


そして、地下室も照らす。


ただ地下室は少し魔力をいじり、白色というより暖色の灯りにした。光源も減らし、少し辺りが見え辛い。



「1番下までは降りずに待っていてくれ。“水よ”」


地下室に水を生む。

石床の地下室に水が張られる。


一見、地下水が湧き、床上浸水してしまったようにしか見えない。



「水の量は、まぁキャプテンの腹くらいまでで良いか。よし、仕上げだ。“熱よ”」


水が少しずつ熱を帯びる。


「温度はどうだ?」

3人に聞く。


私には温度がわからない。


適温を教えてもらう必要がある。



『うむ、少し熱めか』

『私は好きな温度ですね』

「酒が欲しくなるな」


概ね好評だ。



モンスター化し、私の魔力はかなり増大した。

この程度の魔法ならば半日でも1日でも使い続けられる。



「冒険者に汚れはつきものだ。浄化の魔法があるから清潔さは保たれるが、汗を流し、血流を良くし、気持ちがリフレッシュするわけではない。ただ綺麗になったのと、風呂に入って綺麗になったのとは別。ことさら仕事の後の風呂は格別だからな」



人間だった頃、大仕事を片付けた後の風呂の心地良さが何者にも変えられなかったことを思い出した。



当分はタオルも石鹸もないが、それは持参してもらえばいいだろう。

利用料だけ払えば使えるようにする。



「良い湯だな、これ」


貧乏神が階段に腰を下ろし、足湯を楽しんでいた。


「で、湯の名前は?私が一番風呂いただいたし、“貧困の湯”なんてどうだ?」

ドヤ顔の貧乏神が何か言っている。



「却下だ」



『では“神の湯”はいかがですか?』


「それでいこう」



こうしてブラウニーの宿屋は、開業まで立ち寄り湯で小遣い稼ぎをすることとしたのだった。



○○○



『見張りご苦労様です、騎士様。帰られる前に汗を流されてはいかがですかな?』


夕方になると、2人の騎士がきて、朝からいた騎士は王都に帰るらしい。


帰る前の騎士に、キャプテンが声をかけた。



『ブラウニー殿、この宿には温泉があるのですか?』


『はい。とっておきのが』



キャプテンが私の中へ案内する。

宿屋の中が蝋燭もないのに明るいことに驚愕していた。


そして、地下室へ。



『ブラウニー殿。この宿の湯量はすごいですね。立派な温泉宿だ!』

『こんな街から外れたところにでも宿を建てたくなるわけですね』


鎧を脱ぎ、裸になり、湯に浸かる彼ら。



『ああ、これは良い』

『筋の張りがほぐれますね』


『石床の隙間から湧いているのか。上まで上がらないのは何故だ』

『ここに穴がありますね、ここから溜まりすぎないよう外へ捨てているのでしょう』


『これで500Gか。貴族の行く温泉宿と質こそは変わらないのだろうに、大衆浴場と値段が変わらないとは。これは安いな』

『当番の度に入って帰りたいですね』



楽しんで1000G落としてくれた。



湯から上がり、帰路に着こうとする2人。湯気が身体から出ており、今しがた来た2人の騎士は、羨ましそうにしている。



『ブラウニー殿。良い湯でした。また入りに来ます』


『お待ちしております』


帰ろうとする2人。

ピタリと足を止め、キャプテンの方へ振り返る。



『ところで湯の名前は何と?是非騎士団内でも広めたく存じます』


『ありがとうございます。湯の名前は“神の湯”と言います。正真正銘、本当に神がその湯で足を洗い、楽しんだものです』



すると騎士たちが目を丸くする。


『何と!そんなにも霊験あらたかなものだったのですか!』

『ブラウニー殿の加護だけでなく、神の恩恵にまで触れられるとは』



ブラウニーは危機管理能力に優れた妖精であって幸せは運んで来ないし、湯に浸かった神は貧乏神だ。


加護も恩恵も一欠片もないが、プラセボ効果に期待しよう。


500G持って、お金をどんどん落として行ってくれればそれで良い。



騎士たちとのやりとりを見ていた帰り際の冒険者がこちらに来る。



『温泉宿なのか、ここは!』

『宿主が妖精!?』

『タオルがあれば入れるか?500G?安い!入るぞ』

『まだ宿屋としては開けないのか、まあそれでも良い!湯をくれ』



急遽、もう片方の地下室も同じように湧き出る温泉に変え、男女で分け入って行ってもらった。


誰かが入り終わり、着替えている間に、湯に浄化の魔法をかけ常に湯を綺麗にし続けた。


月が真上に上がったくらいで、一旦立ち寄り湯の営業を止めた。



最後に夜勤の見張りの2人の騎士を促し、交代で湯に入ってもらった。



なんだかんだで元手無しで、客の満足度も高め、7000G手に入れることが出来た。


明日以降の小遣い稼ぎの軍資金をより分け、幾ら栄養にさせてもらい、その日の営業を終えたのだった。

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