対騎士交渉
「私の財産が私物も含め、全て弁済に当てられているだと!?」
ブラウニーたちが帰ってきた。
帰ってきて1番最初に言われたのが、『貯金や資産全てがギルドの名義になっており、3000万Gの空白明細への補填に当てられていた』の一言だ。
『貯蓄まで全てギルド名義に変わってたな。弁済に当てられても1800万Gの未払い分があるみたいで、私物を差し押さえに当てられていたぞ』
ディーが気の毒そうに私に言う。
閑静な高級住宅地に、夢の一軒家を持つため必死に貯めた財産を、命とともに奪われた私を憐れんでいるのだろう。
自分でいうのも悲しくなるが、喪失感が凄まじい。自分のこれまでの人生を否定されたに同義だからだ。
しかしここで違和感を覚える。
「......私の貯蓄、1500万Gだぞ?なんで1200万Gしか弁済に当てられていないんだ?」
『いや、それは知らないが』
死人に口無し。
差額分は誰かが着服したと考えて間違いない。
そしてそれは、おそらくゼドだ。
しかし、あまりに動きが早い。
私の自殺......あれを自殺とするなら、王都の騎士の捜査能力を疑わざるを得ないが......アレからまだ2日しか経っていないのに、事件性を考えずに、遺産や貯蓄の受け取り先を、私の家族でなく、ギルドにしたというのか?
......偽造の遺書に、受取人の変更とでも書いていたのか?
それとも、私を殺した騎士が、捜査権限の高い者だったのか?
クソっ!
『なので、家財の無い宿屋からスタートしなくてはならないぞ?』
『先立つものも無いし、従業員も雇えない。どうする?』
キャプテンとディーが建設的な話に持っていこうとするが、先行きが完成に見通せない。
「......詰んでいるな」
ボソリと独り言が漏れる。
本当に何も思い浮かばない。
屋根裏で私を見ながらほくそ笑む貧乏神を見るも
「ん?打開策?持ち合わせはないよ?貧乏神だし」
と返事をされた。
「だろうな」
夜が更けてゆく。
○○○
私、貧乏神、キャプテン、ディーとて天啓でも降りてこないかと唸りながら、ただただ無為な時間を過ごしていた。
本来ならば天啓を下す側の奴もいるが、お手上げとばかりに、唸りの大合唱に参加している。
無い物ねだりを繰り返し、ゼドへの呪詛を吐き続けた私は、王都側から来る複数の灯りに気づいた。
「......誰か来るな」
そう言うとキャプテンとディーが窓側へと移動し、目を凝らす。
『多いですな』
『あれは......騎士ですな。新人くんの家探しは見つかってはいないでしょうけれど』
そのまま私の前を通り過ぎてくれることを願ったのだが、願いは叶わず、彼らは私の前に集まった。
彼らの持つ灯りが私を照らす。
「12人いるな。分隊規模での行動なら、人喰い屋敷の討伐って感じではないな。数が足りなさすぎる。それに人喰い屋敷の討伐に直接国が出張ることも無いだろうし」
生前の記憶を巡らし、声を漏らす。
「全員が聖騎士の分隊かもしれないぞ」
貧乏神が恐ろしいことを言い出す。
聖騎士は王国の切り札だ。
聖騎士1人で騎士1中隊の戦力とされる。
1個旅団換算の戦力の投入など、1人喰い屋敷にすることでは無い。
「私は宿屋だ!魔王城じゃない!過剰戦力過ぎるだろう!」
思わず貧乏神にツッコミを入れてしまう。
『静かにしたまえよ、新人くん』
「あっ、はい、すみません」
貧乏神のせいでキャプテンに怒られた。
○○○
『ソフィー、ここなのか』
『はい、父上。間違いありません』
声を聞くと昨日の子ども奴隷の1人の名前が出た。
対するは父上と返される人。
先頭に立ち、馬を引く姿から、隊長格の人物と考えられた。
『確かに。ここには数日前までは何もなかったはずだ。所持者確認はどうなっている?』
隊長格の男が、別の者に訊ねる。
『今のところの事務隊からの連絡では、王都には所持者無し、だそうです』
『うむ、やはり。人喰い屋敷の可能性が濃厚か。識別の魔法を使える者はいるか?』
隊長格の人物が他の騎士を見渡す。
誰も返事をしない。
『いえ。ソフィー様により報告された場所に、戦闘隊、サポート隊が駆り出されています。奴隷商狩りに3日はかかるとのことでしたので、しばらくは戻らないかと。ギルドに要請しますか』
『いや。今のギルドは信用ならん。待とう』
なるほど。
あの時の子ども奴隷のうちの1人であったソフィーは、騎士団の潜入捜査員だったのか。
囮となり、奴隷として捕まり、そのアジトを見つけた。だが、奴隷商から逃げる途中に、人喰い屋敷も見つけた、と。
将来有望じゃないか。
やはり、王国の次の世代を担う子どもを助けて良かった。
......私の将来は、今ここで断たれるわけだが。
『父上!私たちの報告はやはり信じられませんか?』
ソフィーが声を荒げる。
『俄にはな』
すると更に声を張り、ソフィーが言う。
『ここは人喰い屋敷ではありません!私たちは妖精がいるのを見たのです!』
○○○
人喰い屋敷の討伐に騎士が来たと思っていたが、どうも違うらしい。
来たのも、警邏隊であり、彼らは主に治安維持を行う部隊である。
人喰い屋敷を相手にするには力不足な集団だ。
ソフィーの発言、つまりは“妖精の存在”を確かめるために来たらしい。
『過去50年は報告のない妖精をお前は見た、と報告した。親としては信じたいが、やはり見間違いではないのか?ウィルオーウィプスだったのでは?』
『父上。であるならば攻撃されておりましょう』
『確かに。ではどう確かめる?人喰い屋敷の可能性がある以上、中へは入れん』
『そ、それは』
言い淀むソフィー。
頑張れ、ソフィー。
出来れば、人喰い屋敷から目を逸らして欲しい。
私も死にたくない。
『......新人くん、私に良い考えがある』
キャプテンが、騎士たちの話を窓から聴きながら、私に話しかけてきた。
策謀に満ち溢れた顔をしたキャプテンが、交渉人として玄関の方へ歩をすすめていった。
○○○
私はわざとキィィと音を立てて玄関を開けた。
騎士たちが私の玄関に注目し、問答が収まる。
そこへキャプテンが姿を見せた。
『うるさいぞ、人間ども。我々の仕事の邪魔をするな』
キャプテンが騎士たちに声を張り、物申す。
『......子ども?』
『子ども?我々はお前たちよりも長く生きている。傲慢な態度を取るのはやめてもらおう』
キャプテン、演技力ありますね。
『隊長。もしかしてかもですが......あれはブラウニーかもしれません』
『そんな、馬鹿な!?』
『ほう。そこの人間は我々を知っているようだな。そうだ。いかにも。私はブラウニーである』
キャプテンがブラウニーであることを肯定した後、騎士たちが騒めき出した。
○○○
「貧乏神。何故、騎士たちはざわめいている?確かに50年姿を見せなかった妖精がいたと分かれば、騒ぐかもしれないが、それにしては騒ぎすぎでは無いか?」
『それに関しては、私が説明しましょう』
ディーが小声で話しかけてくる。
『我々ブラウニーは、“家に住み着く者”、“親愛なる隣人”、“屋敷妖精”と呼ばれている。そして、住む家に幸せをもたらすとも』
ギルドの古い文献で読んだものだ。
『だが実際には我々にそんな力は無い。集団になれば神秘性のある魔法も使えなくもないが、少なくとも“幸せにする”などと言う運命性の変動をもたらす力はない。我々にあるのは、人間を遥かに超えた危機管理能力だけだ。それ故、人喰い屋敷に住む前。今から50年前までは、違った風に言われていたのだ』
「なんと?」
一呼吸おき、ディーが口を開く。
『“ブラウニーが住む家は滅びない”』
ブラウニーからしてみれば、住み心地が良い家が住み心地が良いままであり続けて欲しいというだけの話だった。
だからブラウニーは、種族の持つ驚異の危機管理能力を持って家を豊かにして保ってきた。
家の主人が危ないことに手を出せば、それとなく修正するよう、裏で。
『それで目をつけられたのだ。人間の貴族や王族に。魔素も何もない屋敷や宮殿に、同胞たちは魔法の結界で閉じ込められたのだ。
死にたく無い同胞たちは、閉じ込められた場所で何とか生きたと聞いた。風や水の精霊に力を借り、屋敷や宮殿の井戸の鉱毒を除いたり、空気の病を避けたりしてな。
それを人間は、貴族は“幸福”と呼んだ。我々ん捕まえるだけで替え難い安定が手に入るのだ。我々の必死さも知らずに。
だから、我々は人間に捕まらぬように逃げ、人間に敵対し、頑強で魔素に満ちた人喰い屋敷と共存共栄の道を図ることとしたのだ』
「なるほど。つまり、騎士たちが騒ぐのは」
『そうだ。捕まえて王族に売れば、一財産になるだろうし、自分の屋敷に連れて帰れば繁栄する、と知っているのだ。庶民たちは知らないだろう。恩恵を受けるべくは貴族だけだとか考えているのだろうさ。だから、あの騎士団の中でも、貴族出身の奴らが大騒ぎしている』
知らなかった。
王族、貴族主導の情報開示制限か。
「ふーむ、まるで座敷わらしだな」
貧乏神が謎のモンスター名を呟いている。
なんだその弱そうな名前は。
「事情はわかった。彼らの前に出たキャプテンは大丈夫なのか?」
自慢げな顔になるディー。
『我々のキャプテンですよ?大丈夫です』
○○○
再度視点を外へ移す。
隊長と後数名が『本当にブラウニーなのか』『何故ここにいるのか』『他のブラウニーには何処にいるのか』と捲し立てて喋っている。
『父上。まずはブラウニーさんの話を聞きましょう』
ソフィーが騎士たちの中から一歩踏み出し、キャプテンに近づく。
騒めきが収まる。
『あなただったのですね。昨夜、私を奴隷商のベムから助けてくださったのは』
ソフィーが頭を下げて、キャプテンに礼を言う。
うむ。
想定通りの盛大な勘違いだ。
キャプテンがチラッとこちらを見る。
表情を変えないのは流石といえよう。
「キャプテンが助けたことにしろ。その方が話がややこしくない」と返す。
『そうだ。無事帰れたようで何よりだ』
顔を上げたソフィーが嬉しそうな顔をする。
そうなると周りが“妖精の加護をもらったのか”と騒ぎ出した。
『さて、人間たち。我が新居に何の用だ?宿ならばまだ開けていない。野宿でもするのだ』
『なっ!?』と騎士たちが大きな声を出す。
『そうなんですね、ブラウニーさん。ここはあなたが営む宿屋だったのですね』
皆が絶句する中、ソフィーだけが言葉を発する。
『そうだ。まだ建てたばかりでな。......まぁ、家財の目処もたっていないがな』
○○○
『ブラウニーの宿屋』『繁栄が約束された宿屋』とおそらく貴族出身の騎士が何やらぶつぶつ言っている。
だが、ついに堪えられなくなった者が出た。
『ブラウニー殿。我が屋敷に来られませんか?ここではモンスターや野盗に襲われかねません』
その誰かの一言がきっかけに、他の騎士たちからも、我が屋敷に!我が屋敷に!とコールが出た。
隊長は......理性が勝ったのか、制するように声を荒げた。
途端に静寂が訪れる。
静寂の中
『お前の屋敷に行ったとしたならば、この宿屋はどうなる?』
キャプテンが1人の騎士に聞く。
相手はおそらく貴族出身の騎士だ。
『......代わりにお前のところのブラウニーに来てもらうか』
とその騎士と別の貴族出身であろう騎士の方を見て言う。
完全にアドリブだ。
だが、妖精の神秘性が勝ったのだろう。
『我が屋敷には......ブラウニーがいるのですか?』
代わりに来てもらうと言われた貴族騎士が問いかける。
いないブラウニーを偽られて。
ぬか喜びさせてあげるなよ。
『ああ。だが、ここに来てもらうぞ。そうなれば君の家はどうなると思う?』
ブラウニーがいるから繁栄しているのだ、とミスリードさせるキャプテン。
『ちなみに、私が元いたのはバルサー家の屋敷だよ。あまりに我々を蔑ろにするので出て行ったのだが』
バルサー家とは、私がギルドにいた時に赤字で討伐した貴族の屋敷だった人喰い屋敷だ。
『資産はなくなり、挙句屋敷が人喰い屋敷化するとはねぇ。彼も落ちぶれてしまっただろうに』
言われた貴族騎士が青い顔になる。
彼の家のブラウニーがいなくなれば、没落し、屋敷がモンスター化すると暗に言っているのだ。
彼は、ブラウニーを家に呼ぼうとしていた貴族騎士を睨みつけ、『我が子爵家を没落させようとしているのだな、貴様は』と小声で脅していた。
隊長もゾッとしている。
ブラウニーがいなくなった家が没落し、元いた家のモンスター化。
つまり、転々とさせると厄介極まるモンスターが増殖すると言うことだと理解したのだ。
実際は全て嘘なのだが。
『ご理解いただけたかね?我々は、おいそれと家を渡り歩くことは出来ないのだよ』
○○○
騎士たちが慌てて帰っていった。
ほとんど嘘の、衝撃の情報が手に入ったのだ。
これから情報の共有と会議だろう。
お疲れ様だ。
子爵家の3男坊だけが、嬉しそうに帰っていった。
帰り際に『ブラウニー殿の宿がより繁栄するための布施を』と金貨をもらった。
宿屋の軍資金と元恩恵だ。
お疲れのキャプテンに全員で労いの言葉をかけた後、数枚だけ金貨を嚙り、明日に備えることにした。