やってきた従業員
私が人喰い屋敷になって2日目。
突如現れた宿屋を道行く人たちが興味深げに見ている。
『へー、宿屋出来るんだ』
『ここに宿屋出来たら、確かにありがたいな』
『家財は......ねぇな。これから運び入れか?』
『可愛い女の子がいると良いんだけど』
『酒もあると良いな』
中には、私の内部を覗いて見ていく人もいたが、彼らは知らない。
宿屋を見るとき、宿屋もまた彼らを見ているのだ、と。
物盗りの類いを疑い見ていたが、中に踏み込もうと言う人はいなかった。
それに、ニーズはあるらしい。
昨夜、ソフィーも行っていたが、場所が良い。わざわざダンジョンから王都まで移動しなくて良い。
移動時間は無駄だ。
通勤という言い方が正しいかは分からないが、通勤時間が1分増える度に睡眠時間が0.2分減る。
睡眠で体力、魔力が回復する。
つまり、通勤時間の延長は、その分、体力と魔力の回復に当てる時間のロスになる。
ダンジョンの近くで野営する冒険者もいるくらいだ。
だが、美味いものを食べ、雨風を防げ、毛布に包まって寝たいというのが人間だ。
その両立は、今の状況では難しい。
しかし、中間地点に宿屋が出来たのならばどうだ。通勤時間が半分になる。
それは冒険者にとって有難いことだろう。
だから、賞賛の声が上がっているのだ。
○○○
ただ問題は、私が、宿屋風な人喰い屋敷だと言うことだ。
家具を入れるツテも、従業員を呼び入れる方法もない。
森の中に、ただただ新築の宿屋が空家で建っているだけだ。
需要があっても供給が出来ないという、達成出来れば美味しいが、実質経済的には動かない悲しい事態だ。
これが王都内であれば、誰かしらが住むようになるのだが......
「立地が悪すぎたな」
「そうだろうか?」
「足りない物が多すぎる。顧客のニーズに応えられない」
空家だと気づいて誰か住んでくれないだろうか、とただただ願うばかりだ。
○○○
夜が来た。
明かりの灯らない私を見た人たちが『まぁ、まだ開かないか』『早めに開いてくれると助かるんだけどな』と口を開き、去っていく。
放置では永遠に開業することはないのだが、どうしようもない。
私は、能動的には動けないのだ。
そんな宿屋に訪れる影が2つ。
朝去って行った子ども奴隷とは違う。
『キャプテン!やっぱり!ここ、人喰い屋敷ですよ』
2つの影の1つが、そう口にする。
何故バレたのか。
識別の魔法を使える冒険者なのだろうか。
......いや、愚問か。
突如、無人の宿屋が現れるなんて怪奇現象、過去の例にとってみても、人喰い屋敷の事案だ。
魔法などなくても、少し調べれば分かることだ。
......討伐か。
短い第二の人生であった。
『ようやく住むところが見つかったな、ディー。お前には苦労をかける』
『それは言わない約束ですよ。さぁ、入りましょう、キャプテン』
んん?
こいつら、私が人喰い屋敷と分かっていて入るのか?
ああ、そうだった。
内側から焼かないと、人喰い屋敷は倒せないんだったな。
こんなところで死んでたまるか。
私は扉に力を入れ、鍵をかけて、籠城することにした。
『!?コイツ!鍵をかけたな!』
『おい、開けろ!中に入れろ!』
2人組がドアノブをガチャガチャと回し、力任せに引こうとする。
小柄なくせに力が強い。
だが、モンスターの力を舐めるなよ。
私はびくともしない。
「誰が燃やされると分かった上で入れるか。私はまだ人的被害も出していない、人畜無害なモンスターだぞ」
1人喰い殺したが、アレは死んで当然の奴だった(と神も言っている)ので、ノーカウントだ。
お願いだから諦めて帰って欲しい。
『住処を燃やす奴が何処にいる!いいから開けろ!』
......ん?
思わず脱力してしまう。
返事があったからだ。
○○○
『うむ、中々広いじゃないか!住み心地も良いのではないだろうか』
『どんなボロ屋でも、住めば都ですよ、キャプテン!』
『ボロ屋は失礼だぞ、ディー』
『はっ!すみません』
モンスターとなった私の言葉に返事をした2人を招き入れた私は、2人をよくよく観察することにした。
背丈は子ども程しかない。
昨日の子ども奴隷よりも更に小さい。
茶色い髪が腰まであり、身体は汚れまみれだ。
腰に申し訳程度に布切れを巻いているだけ。
識別の魔法でも、0Gであった。
スラム街の迷い子か?
「お前たちは何者だ?」
『ん?人喰い屋敷のくせに我々を知らないのか?』
「人喰い屋敷ならば知っていなくてはいけないのか。ならば知らずすまない。私は昨日人喰い屋敷になったばかりの新人だ」
向こうは私、というか人喰い屋敷に精通しているようだが、私は向こうを知らない。
決定的な知識差があるようであり、これでは交渉にならないだろう。
私は貧乏神の方を見る。
「貧乏神、この者たちは何だ?」
人喰い屋敷ならば知っていることを知らない、ということは貧乏神が私に教えていない、ということだろう。
「ん?ああ、彼らは“ブラウニー”だよ」
「ブラウニー?」
記憶を巡らす。
○○○
“ブラウニー”
古い屋敷に住み着く妖精、だったはずだ。
私がギルドに所属していた時は、1度たりとも見たことはない。
というより、王都の他ギルドでも50年は発見報告がなかったはずだ。
いるとは言われているが、実際に見た人がいない都市伝説みたいな存在。
住み着いた家に幸せを届けてくれるとも読んだ覚えがあるが......、私の中にいるコイツらはどう見ても押し入り強盗の類いだ。
真偽の程を疑いたくなる。
○○○
『そうだ、我々はブラウニー。“家に住み着く者”、“親愛なる隣人”、“屋敷妖精”。まぁ好きに呼んでくれたまえ』
私と貧乏神との会話に、キャプテンと呼ばれるブラウニーが入ってきた。
『前に住んでいた屋敷が焼かれてしまい、次の屋敷を探して彷徨っていたのだよ、新人くん。我々は君たち人喰い屋敷と共存共栄を選んだ種族だ』
『共存共栄?』
『そうだ。ヤドカリとイソギンチャクみたいなものだ』
......ヤドカリとイソギンチャク。
ヤドカリはタコに捕食されるのをイソギンチャクが防いでくれ、イソギンチャクはヒトデに捕食されるのをヤドカリが防いでくれる。
『我々妖精は非力だ。強いモンスターや人間に容易に捕まり、捕食、討伐、利用されてしまう。一方で、君たち人喰い屋敷は、強いが、動けず自らの管理もままならず、独力では餓死してしまう』
『なので、人喰い屋敷が強いモンスターや人間から我々ブラウニーを守り、我々ブラウニーは人喰い屋敷を管理し、餓死から守る。ともにメリットがある。故に共存共栄だ』
なるほど。
「私がイソギンチャクで、君たちがヤドカリだと」
『そうだ。我々はうまくやれる』
言い分は理解出来た。
だが疑問がある。
「だが、君たちの前住んでいた屋敷は焼かれてしまったのだろう?」
『ヤドカリもイソギンチャクも食べるような奴が来たら、どうしようも無いだろう!』
『我々に戦闘性はない。人喰い屋敷がやられたら逃げるしかないのだ!』
頼りない、と口から出かかったのをなんとか飲み込む。
そうなのだ。何はともあれ、マンパワーを手にすることが出来た。
言葉が通じる従業員。
これは大きい。
精神衛生上、非常に有意義だ。
『よろしく頼むよ新人くん。私たちを物理的に守ってくれたまえ。代わりに管理は任せてくれたまえ。飢えないよう努めよう』
「有難い。よろしく頼む、キャプテン。ディー」
本来ならば握手の一つすべきなのだが。
『さて。君はどうも宿屋型のようだね。珍しい。だが、金銭稼ぎにはもってこいだ。これからのことを考え、君の内装をみたいのだが......真っ暗だからね。明日にするか』
キャプテンが言う。
妖精は夜目が効くらしいが、真っ暗では流石に厳しいらしい。
だが、時間は有効に使うべきだというのが、私の信条だ。
「それには及ばないぞ、キャプテン。“灯りよ”」
私は照明の魔法を自分の中を対象に唱えた。
○○○
『おお!ランプや日光石が無くとも、夜これだけ照らすことが出来るのか!新人くん、やるではないか!』
キャプテンから褒められた。
副ギルドマスターになり、人を褒めたり叱ることはあったが、褒められることは減っていた。
新人くん、なんて呼ばれ方も何十年振りだろうか。
若干のむず痒さを覚える。
『キャプテン!家具がありません』
『うむ。というか何もないな』
「生まれたばかりだからな」
うーん、と腕を組むキャプテンとディー。
『宿屋として動かすには、足りないものが多すぎるな』
『先立つものがない』
資金源になりそうなものは昨日の夜、残さず食べてしまった。
金貨の数枚でも残しておくべきであったか。
『......新人くんは、人間の時は何をしていたのだ?』
思いついたかのように、キャプテンが私に聞いてくる。
冒険者ギルドの副ギルドマスターというと、若干嫌な顔をしたが、すぐに立ち直る。
人間時代の役職など今はどうでも良い過去の話だ、とでもいうような感じだ。
『住所は?利用出来そうな家財が有れば、君が人間だった時の場所から持ってくるという手もある。ひとまずはそれで凌げるのでは、と考えたのだ』
「......なるほど!」
昨日は気が動転していたのもあり、思いつかなかった。
生前の私の家財や遺産を使えば良い。
自分でいうのもなんだが、独身であったし、ワーカーホリック気質であったので、貯蓄もある。
ミニマリストではあったが、良い物を長く使うタイプだったので、少ない家財であるが良い物で揃えてある。
宿屋の運用にも耐えられるだろう。
さっそく、ブラウニーたちに生前の住所を教え、遺産を持ってきてもらうこととした。
ブラウニーたちが出て行く時に、「うまくいくかなぁー?」と貧乏神が呟いていたのが、気になったが。