宿屋になった男
私は王都南部地域冒険者ギルドの副ギルドマスターのシン。
ある日、国庫を司る財務卿の命令で、当ギルドに監査が入ることになった。
他ギルドの脱税や横領を調査していたところ、当ギルドマスターのゼドが、当該ギルドと繋がりがあることが発覚した。
更には、3000万Gを当ギルドから支払い、冒険者へのクエストに便宜を図っていたという。
すぐ様にゼドの身柄は拘束され、当ギルドに監査が入った。
拘束され取り調べを受けていたゼドは『私は何もしていない。副ギルドマスターであるシンが、独断で不正な金銭のやり取りを行った。責任者である私にも一部責任はあるが、大元は彼である。ギルドへの補填を行う形で隠蔽を行った可能性がある。調べて欲しい』と言い逃れをしているようなのだ。
件のギルドは、ゼドの地元の冒険者ギルドである。
彼は若い頃、そのギルドに所属し、低難易度で高額支給の謎のクエストを受け、羽振りが良かったという情報がある。
国からのクエストは、成功報酬のみならず、失敗や一部成功でも冒険者は報酬が得られる。使用経費は別途で。
つまり、冒険者と結託し、国から不正に経費と偽り金銭を吸い上げることが出来る。
ゼドは、そこに目をつけ、私腹を肥していた。
それは若い頃もそうであり、ギルドマスターになった今でもそうだった。
その元金が自分のギルドの金に変わっただけだった。
私は、当ギルドの収支会計に関しての総責任者として管理を行なっているが、決算後第三者機関も入れ、確認も行っており、そこには1Gのずれもない。
補填という事実はない。
あるのは、理由もなく消えた3000万Gの数字だけだ。
この3000万Gも、国からの依頼のクエストに過剰請求を行い、返済と水増し差額を着服しようとしていたのだろうが。
だが、どんな嘘にしても、可能性を考えて動かなくてはいけないのが監査の辛いところだ。
私を含むギルドの全職員の資料が、その発言により差し押さえられた。
資料がなくなり、仕事に支障を来たすリスクが高くなったため、当ギルドは開業以来初の職員全員の長期休暇となった。
この無勤務期間の赤字補填もゼドに請求することになるだろう。
○○○
休みも最初は良かったが、ルーチンワークが崩れ、徐々に退屈になってきた。
途中経過を監査を行う文官に聞いたが、ギルドマスター自身の周辺の金銭やり取りの記録は、あらかじめ改竄・破棄されていたらしく、引っかからずにやきもきしていると言われた。
それ故に、外国を介してバラバラに隠している可能性が疑われていた。
税金を他国に渡す行為であり、これが日の元に晒されれば、ゼドの処分は重くなる、と誰もが考えた。
自業自得なのだが。
だが、その後も尻尾を一切掴ませず、調査に進展はなかった。
○○○
1週間が経とうという日。
監査が行き詰まったタイミングで、私のデスクから、資金繰りに関する資料が見つかったと報告された。
思い当たる節はない。
身に覚えのない謎の資料を監査の騎士たちに見せてもらう。
そこには『娼館を利用した交友費としての経費補填で3000万G』の調整請求書があった。
私と全く違う筆跡の。
「なんと愚かな」とため息をつく私。
監査の騎士、文官たちも呆れた顔をしていた。
「明らかな偽造ですが、形式上の取り調べを行いますので、明日法務部へ起こし下さい」と騎士に言われた。
ギルドの運営は、王国からの指示で行われており、その資料一つ一つが公文書だ。
つまり、これは公文書偽造に当たる。
ゼド、もしくは彼の一派はどれだけ短絡的で、自滅的なのだろうと頭が痛くなった。
これのせいで、手書き請求書の様式を改める必要が出てきた。
全ての旧書式を組み替えに当たっての経費もゼドに請求しようと心に決めていた。
○○○
その日の夜、私は自宅で殺された。
呑んでいたワインに毒が入れられていた。
晩酌で私がワインを飲むことを知っていたのだろう。もしくは1つしかない杯に毒が塗られていたのかもしれない。
痺れて声も出せなくなり、指先すら動けないでいるところに、何処からともなく、鎧甲冑の男が姿を現した。
騎士団の警邏隊だ、と言えば近くにいても違和感はないだろう。
ちらりと見た顔は、ギルドマスターが懇意にしていた騎士だ。
あのふざけた調整請求書はこいつが置いたものだろう。
文句の一つでも言えればと思ったが、口すら動かない。睨みつけるので精一杯だ。
自殺に見せかけるつもりなのだろう。
薬で痺れきり、呼吸も浅くなってきたところ、首にロープをかけられ、天井にロープを吊るされた。
体重を分散してくれているのは、足を乗せた椅子のみ。
その椅子が蹴り飛ばされた。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは、男が偽造の遺書をテーブルの上に起き、去っていくところだった。
おそらく、あの遺書には、私のありもしない罪の告白と、それを苦にした自殺の意志が記されているのだろう。
こんな幕切れとは。
金が関わると碌なことがない。
来世は願わくば、大金とは無縁な人生を歩みたいものだ。
○○○
「悲惨な死に方だねぇ」
「誰ですか!」
死んだはずの私に呼びかける者がいる。
死後ゆかりのある者が迎えに来ると言うが、この女に見覚えはない。
だが死後会うということは
「......神、でしょうか」
恐る恐る訊ねる。
「そう。神だよ」
神はニンマリと笑い応えた。
そうか神か。
ならば大いに文句がある。
「なぜ、善良な私をあのような目にあわせたのですか!人の為に尽くした私を、死に追いやるなど、慈愛に満ちた者のするべきことではない!」
「ほー」
「......ほー、って」
毒気が抜かれる。
神を名乗る女は、私の運命に関心が無いのだろうか?神なのに。
「ああ、ごめん。私は、君が善良だろうが何だろうが知ったことではないんだよ」
やっぱりか。
「......厄病神め!」
「ん?違うよ?」
何が違うのだろうか。
人を不幸に陥れる神など、厄病神以外にあるものか。
それとも死んだ後に出会ったということもあり、死神だろうか。
「君の死に際の“私への信仰”が、私を呼んだのだ。中々居ないからね。私を信仰してくれる人。嬉しくてねぇ」
死際?
私は何と思ったのだ?
何を思えば、こんな厄病神みたいな女に巡り会わなくてはならないのだ。
「私はね、貧乏神。他の神が人の欲を糧に信仰を得ているのに対し、私は“欲を捨てたいという願い”を叶えてあげる神なのだよ」
貧乏神?貧乏を司る神ということか?
仕事の細分化もここまで来るとは。
いやそれよりも、何故、貧乏神に目をつけられる?
「おかげで、姉以外と不仲でねぇ。まぁ他の神とは相反する存在なのは重々承知だからねぇ」
「......そうですか、苦労されているのですな」
「お?分かる?」
「多少は。それで、何故私は死んだにも関わらず、ここでこのようにあなたと会話をしているのでしょうか?」
本題に入ろう。
「うん。君、人のために尽くした善良な人間なんだよね?」
「はい」
「金が関わると碌なことがないって、身をもって知ったんだよね?」
「......はい」
「じゃあ、金欲、物欲に飲まれた人間を、我が身を顧みず、救おうって思うよね?」
「!?待て、そうとは言ってな
貧乏神に文句を言う前に、再度意識を失ったのだった。
○○○
目を覚ますと、私の体は不思議な感覚に晒されていた。
体の表面も内側も動かせるような感覚。
そして、まるで複眼でもあるかのように多量な視覚情報が入ってくる。
「......何ですか、これは」
「何だろうね?」
私は家になっていた。
「家?」
「そう。正解。家です」
貧乏神が答える。
「正確には“人喰い屋敷”というジャイアントミミックだね」
「モンスターですと!?」
○○○
“人喰い屋敷”。
私の所属していた冒険者ギルドでも1度だけ討伐クエストを発行したことがあるミミック系モンスターである。
その名の通り、屋敷に擬態したモンスターで、中に入ってきた人間を捕食する。
過去の報告を振り返えれば、小屋程度の物から、大きめの屋敷サイズのものまで確認されていた。
とんでもなく頑強な装甲で、外からの攻撃に対して凄まじい耐性を持っている。
そのため、内側から魔法や火薬で倒すしか無い。
だが、中に入ると、非常に強い攻撃力でもって襲いくるため、かなりの被害が出る。
厄介この上ない。
その上、他のモンスターと違い、財宝などを落とさない。
むしろ、人喰い屋敷になる前は中にあったはずの金銭や財宝、調度品の類いが、討伐後には消えている。
火事場泥棒などの類いは報告されなかった。
全然旨みのないモンスターだったので、国もギルドも金庫を開けて、赤字覚悟で臨まなくてはいけない奴であった。
ギルドでの通称は、“金食い虫”。
副ギルドマスターとしては、苦い思い出しかないモンスターだ。
○○○
「私は、モンスターになってしまったのですね......」
「他のモンスターでも良いけど、人喰い屋敷が1番死ににくいからねぇ。一押しだよ」
「......人喰い屋敷は、あなたの配下のモンスターなのですか?」
「そうだよ。というか、財宝を落とさないモンスターは、概ね私の配下だね」
何というギルド泣かせな神なのだ。
モンスターは、他の神が人に与えた“試練”と言われている。
その試練に打ち勝った者に、神は褒美を与える。財宝であったり、アーティファクトだったりだ。それらは“恩恵”と呼ばれる。
強い試練には多額の恩恵。
この世界の当たり前だ。
だから人は命をかけてでも、強いモンスターのいるダンジョンへ潜り、討伐する。
所有する財宝が国の力であり、討伐出来る武力こそが国の力なのだ。
なのに。この貧乏神は!
「害虫を生み出してくれるでない。他の神を見習い、恩恵を与えたまえ!」
やはり、貧乏神とは厄病神の一種らしい。
「本当にそう思う?」
「?」
「耳触りは良いよね、“恩恵”。でも考えてごらんよ。暴力的な命のやり取りをすることで、経済を回していることが健全だと思うかい?戦争や戦闘でしか経済が回らない状態を、与えられ、いや強いられ。それによって貧富の差が大きくなっている状態が。理性を持つはずの人間が、動物のように弱肉強食の世界に身を落とし、弱い者が餓えを避けるために誇りを捨て、強者に媚びへつらう様が。果たしてまともだと思うかい?」
貧乏神が冷たい声で私に問う。
「ナンセンスだよ。そんな経済活動はね。成長性がない。無限に試練が供給されていると思っているだろう?それが当たり前になっているだろう?でもそれが、どういうことなのか分かっているのかい?
つまり、君たちは神の施しで生き長らえさせてもらっている誇りも何もない、憐れな、白痴の、言葉を喋る猿のような愛玩動物なんだよ」
無茶苦茶言いやがるな、この神。
「では、あなたは?」
同じ神であるこの“貧乏神”はどう考えているのだろうか。
「他の神が、妨げている人類の成長を促したいのさ。お金にならない、財宝が手に入らない、名誉にならない、そんな状態でも他人の為に尽くせる人間を育てたいんだよ。平和的な経済活動を築かせたいのさ」
人間の独立を願っていると、神はいう。
ぼろぼろの扇子擬きを持った身なりだが、高尚な思想を持っているとは。
「そのために、君に協力して欲しい。まぁ、私は講釈は垂れるんだが、後は大したことは出来ないんだ」
寂しそうに貧乏神が笑う。
「微力を尽くします」
「うん、ありがたいねぇ」
こうして私の人喰い屋敷としての生活が始まった。
○○○
「ちなみに、君、人喰い屋敷のことどれくらい知っているのかい?」
「冒険者たちの報告書にある知識程度です」
「そうか。ならまず、1番大事なことを言っておくね。
人喰い屋敷の栄養源はね、恩恵、つまり“お金”なんだよ」
○○○
他の神の恩恵たる財宝、その加工品である貨幣がミミック、つまり私の栄養源であると、貧乏神が言う。
「格好良く言えば恩恵喰い、悪く言えば金食い虫(物理)だね」
「本当にダサいですね、後者」
そこでしばし考える。
これまでの貧乏神の発言で気になった点だ。
「他のミミックもそうなのですか?」
「ん?」
一息おく。
「私以外のミミックたちも、同じような“使命”を課せられていたのですか?」
納得したような顔をする貧乏神。
「ああ、恩恵喰いのこと?そうだね。人間を丸ごと食べたりは基本的にないね。もちろん全くないとは言えないけど。君んとこの人喰い箱や人喰い屋敷の人的被害の報告、どうだった?」
言われて私は思い返す。
補給物資や所持品、所持金や装備の類いに被害は甚大であったが、攻撃した者への反撃以外での死傷者の報告は少なかった。
人喰い屋敷に関しては、住んでいた貴族の調度品が少しずつ消えたため、調査依頼があった。
当初は、物取りの仕業とされたが、識別魔法にて、屋敷がモンスターであると判別された。
ギルドが赤字を出し、国が補助金を出しながら対応し、何とか討伐したのだが。支払いのタイミングで、貴族の資産がないと分かり、本当に大損となった。
金銭的被害はとんでもないが、こちらから攻撃しなければ、生命的被害は殆どないモンスターだった。
当ギルドでは、だが。
「ちなみに、彼らも元は人間だよ」
「は!?」
○○○
貧乏神の衝撃的な発言。
愕然とする。
私が人間なら、きっと青い顔をしていただろう。
つまり、私たち冒険者ギルドは“モンスターとなった人間を狩っていた”と言うのか。
胃はないが、込み上げてくる気持ちの悪さがある。
「わ、私たちはとんでもないことを。元々は人間であったモンスターに手を出していたのか?ま、まさか人としての意識は」
「今の君はどうなの?」
「う、うわぁ」
最悪だ。
「だから反撃しかせずに、財産だけを襲っていたのか!理性ある人間を、私たちは」
「あー、そんなに気にしないでよ。彼らも承知でやっていたんだから。それにさ、グールやリッチーだって、君たち手を出しているじゃないか。彼らだって元々は人間だし、理性もあるよ」
「や、奴らは、人を襲っている!」
「だからそれで良いんだよ。襲ってきたから倒した。人間だろうと元人間だろうと、それは変わらないよ」
「......そうなのだろうか」
「無抵抗で殺されるのは、平和主義とは言わないよ」
また一つ、貧乏神に諭されてしまった。
○○○
納得せざるを得ない状態と言うこともあり、冷静になる。
改めて自分を見ることにした。
勝負をするためには、配られたカードを吟味する必要がある。
私は人喰い屋敷だが、同時に宿屋でもある。
2人用の部屋が2室と4人用の部屋が1室ある小さな宿屋といった感じの内装だ。
1階には、カウンター付きの台所がある大広間があり、その天井は2階と3階が吹き抜けになっている。
後、少し大きめの物置が2ヶ所、両方ともが地下室に繋がっており、そこそこ物が入りそうな感じ。後、トイレだ。
「トイレや下水道があるぞ?」
「そうだね」
どこに繋がっているのだろうか?
いや、あまり考えないようにしよう。
「モデルは宿屋のようだな。人喰い屋敷のタイプとしては珍しい」
「そうだね。君の容姿を生かすも殺すも君次第だ」
中身を確認した後は、外に意識を向ける。
私が今いるのは、何処だろうか。
裏手は森に面している。
反対側は......暗くてわかりにくいが、城壁のようなものの影が見える。
「外周壁の外。方角的には、ダンジョンへ向かう途中の道の外れか」
「そうだね」
「こんなところに人なんて来るのか?金欠で餓死なんて私は嫌だぞ」
「それは君の工夫次第だよ」
あっけらかんに貧乏神が言う。
身動きが出来ない人喰い屋敷は、発生場所の条件が生きていけるかの条件だ。
もうすぐ夜明け。
人が行き交う道が遠いわけではない。
気づいた誰かが近寄ってくれるかもしれない。
それを期待するしかないのだが
「怪しさ満載だな」
昨日までなかった屋敷が、突如現れ、中に入ると金銭や財宝が奪われる。
すぐに人喰い屋敷発生とギルドに通告され、討伐令が出され事案だ。
もしくは餓死するまで、立ち入り禁止にされるか。赤字覚悟でわざわざ踏み込む必要もないし。
兵糧攻めは大変有効だ。
「ダメだ、いい方法が思いつかない」
○○○
私は元々人間だ。
何とか同じ人間に手を出さず、それでいて、餓死や討伐を避けたい。
平和的に金銭を食べたい。
幸いなことに、私は宿屋だ。
宿屋を上手く運営出来れば、収入という名の栄養を手に入れることが出来るのではないか。
生前は副ギルドマスター、金銭の扱いは長けている。
その気になれば、ボロ宿を最高級ホテルにも変えて見せよう。
まぁ、家具もなく、ホストもいない宿屋では、果てしなく難しいが。
「私の意思を人間に伝えられないだろうか?」
貧乏神に聞いてみる。
貧乏神はというと、私が悩んでいるのを傍目に、茶色い変な塊を扇子で仰ぎながら匂いを嗅ぎ、楽しそうにしている。
何やってんだ、こいつ。
「出来るよ。傍目にはポルターガイストだけど」
「そうか」
餓死は嫌だなぁと思いながら、空を見て過ごすことにした。
○○○
もうすぐ日が昇る。
夜明け前の1番暗い時間。
そんな人がいるはずのない時間に、私の扉を叩く者がいた。
『誰かいませんか』
『空家?』
『返事ないね』
『すみません、入ります』
特に施錠もしていなかった扉を開けて、3人組が私に侵入した。