取り残された場所 【月夜譚No.62】
ぽつんと一輪だけ咲いている花は、可憐であり不気味でもあった。暗いその場所に根づいている植物はそれだけで、後はコンクリートの壁に囲まれた土の地面という何とも殺風景な光景しかない。
部屋の主のように中央で花びらを広げているそれは、天井から差し込む微かな光を一身に浴びている。まるで舞台上の主役を照らすスポットライトだ。果たしてどのような演目の舞台なのかは、もう知る由もない。
花の傍らでしゃがみ込み、毒々しいほどに鮮やかな色合いの花弁をそっと撫でてみる。柔らかな弾力に弾かれ、別に毒針があるわけでもないのに反射的に守るように指を握り込んだ。
この花は見ていたのだろうか。ここで何が起こったのかを。どんな景色が広がっていたのかを。今はもう淋しさしか残っていないこの場所が、以前はどのような空気であったのかを。
去り際に一瞥した花は、少しだけくすんだ色に見えた。