新たな出発
数時間後、街から帰って来ると入口で夢さんに声を掛けられた。
「おー!おめさまらぁ。丁度良がった。あのよぉ。つばさくんのこど人事の人さ聞いたら、何でも本名がわがんねぇからってつばさくんの戸籍さ見つけられねがったと。んだべ、新しく作ってくれるってよぉ。良がったなぁ。」
「それアリなのかよ。」
森さんがあきれたように言った。ぼくも苦笑いした。そしてぼくが死んでいることは確定事項なのか…と改めて突きつけられた事実にしょんぼりした。
夢さんは笑いながら続けた。
「お偉さまが構わねぇって喋ってんなら大丈夫大丈夫!……しかし、つばさくんもここさいるんだら事務局さ稼ぎに行かねばねぇ。なーんもしねぇで家さいでもしょうがねぇべな。」
「あー。確かにな。人事に話通したんだろ?そのうち何か紙とか通知が来るんじゃねぇか?」
うすうす予想はしていたが、やはりあそこで働かなければならないか。
自分にできる気がしないと今から途轍もなく緊張してきた。ともすると今朝のパンが戻ってきそうな勢いである。そんな雰囲気を察知した森さんが
「だぁ〜いじょぶだって!今から心配すんなよ。まだ決まってもねぇんだから。」
と言ってぼくの背中を叩いた。叩かれて余計に出てきそうになったが心配を和らげようとしてくれるその気持ちは嬉しかった。
「何だ?おめさまら随分仲良いなぁ。つばさくんさ部屋作ってやろうかど思ったけんど余計か?」
「あぁ。部屋が用意出来るならあてがってやってくれ。これから一人きりになりてぇ夜も来るかも分かんねぇからな。」
ぼくの方に一瞬視線を向け、冗談ぽく言った。夢さんはそれを無視して、
「んだら、コレ。つばさくんの部屋の鍵さ渡しておぐな。何か手紙とかあったら玄関のポストさ入れとぐから。」
と、ぼくに鍵を手渡してきた。既に部屋も準備して貰い、ひとまず行く当ては出来たと安堵した。しかし一方で自分の心の整理をする間もなく、とんとん拍子で話が進んでいく事に一抹の不安を覚えて、つい口に出した。
「あ、ありがとうございます。でも…あの今は持ち合わせが…」
夢さんは眼をぱちくりさせた数秒後、噴き出すように笑った。
「なぁにを言い出すかど思えば。そったらこどが!構わねぁー。家賃は出世払いで!んぁ?『そんなの申し訳無い』?律儀なんだなぁ。んだば、時々私の手伝いさしてくんろ。そっていい。」
ゲラゲラと笑う夢さんと森さん。ぼくはなんだか恥ずかしいやら嬉しいやらで少し俯きながらお礼を言った。
「ありがとうございます。頑張ります。」
「うんうん。んだばね。引ぎ止めですまねかっだな。」
夢さんに別れを告げ、新たな自分の部屋へと向かう。ぼくは夢さんや森さんにとても良くしてもらっている。ぼくなんかが彼らにちゃんと恩返し出来るのだろうか。いや、しなければならない。赤の他人であるぼくに、端から見れば記憶が無いとのたまい、不審者としか言いようのないぼくを嫌な顔一つせず受け入れてくれた2人には感謝しかない。これから頑張らなければ。決意を新たに手元の鍵を握りしめた。
お久しぶりです。
すっかり忘れておりました。