49話:茂田先輩の葬儀
茂田先輩の家に行って、何か遺言はないかと、澄子さんに聞くと、もしもの時は、俺の机の一番上の引出に入れておくと言われたと話した。そこで、あけてみると封筒が入っていて、書き出しが、「甘太、もし、この手紙を見るときには、私は、あの世に旅立っているだろうとの文句で始まっていた」。続いて、お前は小さいときから、俺に、まるで、腰巾着みたいにくっついていたなー、今でも、その光景が目に浮かぶ。
でも素直で可愛い奴なので、面倒見て、いろんな事を教えたっけ、本当に懐かしいよ。何か、お前と俺は、見えない糸で繋がっている、本当の兄弟以上の強い絆で結ばれているのかも知れない。だから、俺は、お前にできるだけの協力をした。そして、おまえは素直に俺に着いてきた。
そして、お前は、本当に心根の優しい子で、自分の実のお姉さんに宿の部屋を借りて、宿の手伝いや、地域、農協、漁協の手伝いをしていた。
勉強する暇もなく、便利屋のような仕事をこなしていて、金も無かったので、面倒を見た。しかし他人には好かれる性格で、その後の人生は楽しかった、本当にありがとうと書いてあった。もし、俺に何かあったときは、俺の通帳は澄子さんに渡してあるから、協力して、彼女の会社の運営を一緒にやって欲しい、そして、困っている人や大災害に遭った人のために使って欲しい。よろしく頼む。これで、文面は終わっていたが、所々に涙の後と思しき、シミの後があり、それを見ていた、甘太も目に涙があふれ出て、こぼれ落ちた。
そして、澄子さんに、昨年忘年会で言われたことが書いてあったので、あなたの会社の仕事を手伝いますと言った。最初にやることは、茂田先輩の個人名義の預金通帳、株券、その他、資産になる物、全ての名義変更が死後7日以内にやる必要があると言い、明日、一緒にその手続きに行きましょうと言った。そして、私と、女房の2人も手伝いますから、指示して下さいと言った。了解しました。今日はつかれたので、これくらい位にし何かあったら、いつでも電話してと言った。
そして、自宅の部屋に帰り、奥さんの恵さんに、茂田先輩の死の話と、今後、下田さんの彼女の澄子さんの会社の手伝いをすることと、掃除の日程と場所と説明して、風呂に入って早めに床についた。翌、1月12日、銀行へ行き茂田先輩の預金口座の名義変更を3つの金融機関に行って手続きをしてきた。またMMタワーズのマンションの名義人の変更も行った。
やがて茂田先輩の葬儀の日が来て、甘太の奥さんと、澄子さんの3人でとタクシーで15分の藤棚の橫浜市営の葬儀場へ10時に行くと、橋本から38人が茂田グループの仲間達がやってきた。そして、お坊さん読経の後、次々に焼香を済まして、荼毘に付される間に、昼食を取り、亡き茂田さんの、在りし日の思い出を涙ながらに語り、飲んで、酔っ払った仲間が、あんな立派な人なんていやしない、素晴らしい人だったと、泣きながら語ると、大勢の仲間の涙を誘った。




