39話:リスボン観光1
翌、4月20日に、マドリード20時に飛び立ちリスボンへは21時過ぎに着いて、近いのに驚いた。22時前にホテルに入って、ゆっくり床についた。翌朝、4月21日、ホテルのフロントの人に聞いて、サンジョルジェ城、サン・ヴィセンテ・デ・フォーラ教会、リスボン大聖堂「カテドラル」、サン・アントニオ教会を回る事にした。タクシーでサンジョルジェ城へ向かった。
ここはローマ時代の遺跡で、ムーア人やポルトガル人が改築を繰り返したと聞かされたそこから徒歩10分強でサン・ヴィセンテ・デフォーラ教会についた。ここのアズレージョ「装飾タイル」でとても印象に残った。次に、本命のリスボン大聖堂「カテドラル」へ向かった。入り口は重厚な様さのようだ。中に入ると高い天井と美しい天井の装飾されていた。さすがに中心的な教会と言う感じがした。特に入り口上に有名なバラ窓があり外からの光で、ステンドガラスで美しい色を放っていた。
次は道を隔てた反対側のサンアントニオ教会。ここは、リスボンの守護神サンアントニオをまつった教会です。彼は縁結びの聖人として、リスボンでも人気が高い。そこで、一心に祈ってる人はとても美しい。昼食をとってから、タクシーの運転手に送ってもらい、ベレンの塔と発見のモニュメント、ジョロニモス修道院を回った。その後17時に、ジェロニモス修道院に来てもらうことにした。
ベレンの塔は、石灰岩できて白く外観だった。上部は見張り台の役目で地下には大砲が据えて受けてあり、攻めてくる船を撃った。また、政治犯の牢屋もあったようだ。2きあは国王の間、バルコニーの欄干のレリーフが素敵。ベレンの塔がテージョ川を行き交う船を監視するために建てられたというのも納得。3階にある謁見の間。ここは王家が謁見するためのお部屋。4階の礼拝堂。
天井にはポルトガルの伝統様式であるマヌエル様式。四隅に、敵を発見するための哨兵台を設置。その後、徒歩12分で発見のモニュメントへ。ここには、エンリケ航海王子を先頭にマゼランやヴァスコ・ダ・ガマなど大航海時代に活躍した偉人たち33名の像が彫られていた。1960年の築。エンリケ航海王子の没後500年を記念して建てられた様だ。
人物像は33体あり、航海者をはじめ騎士や歴史家、宣教師など。船首に立っているのがエンリケ航海王子で、実際に航海へ出ることは無かった様だが、パトロンとして航海者を援助し大航海時代の幕開けを担った。最初は、喜望峰を回るインド航路を発見したヴァスコ・ダ・ガマに、初めて世界一周を成し遂げたマゼランことフェルナン・デ・マガリャンイス 、日本へキリスト教を伝道した宣教師 フランシスコ・ザビエル。
記念碑の前の広場にはコンパスローズのモザイクがあり、中央に世界地図が描かれていた。これは南アフリカ共和国から贈られた。地図に印された年号はポルトガルがその国を発見した年。日本はポルトガルが種子島に上陸する少し前、豊後に漂着した1541年とされていた。その後、徒歩10分でジェロニモス修道院へ移動した。ジェロニモス修道院は、まさにポルトガルの黄金時代を象徴する存在。「マヌエル様式の最高傑作」と称され、世界遺産にも登録されています。
マヌエル様式とは、当時のヨーロッパでは最先端であったゴシック建築をベースに、イスラム建築のドームや出窓を取り入れ、華やかな装飾を施した建築様式のこと。世界各地の建築様式を取り入れて完成したマヌエル様式には、世界に進出した当時のポルトガルの栄光が詰まっているのです。ジェロニモス修道院は、ヴァスコ・ダ・ガマとエンリケ航海王子の偉業をたたえ、1502年、マヌエル1世の命により着工。東方貿易や植民地支配で得た莫大な富が投入され、最終的な完成まではおよそ300年もの歳月が費やされました。




