31話:グラナダ、アルハンブラ宮殿へ
翌4月17日7時、ホテルをチェクアウトしてタクシーでバルセロナ空港へ8時に到着して10時半のグラナダ行きの飛行機に乗り、お昼頃クラナダに到着した。ホテルに13時に着いて、昼食を取りアルハンブラ宮殿の入場券の予約をフロントの人にお願いし取ってもらった。その後、アルハンブラ宮殿以外のグラナダの名所と言われる場所を回る事にした。
最初が、王室礼拝堂。16世紀に建てられた礼拝堂です。霊廟がありフェルナンド2世と妻であるイザベル女王、娘である女王フアナとその夫であるフェリペの遺骸が眠っています。鉄拍子があり、その内側に大理石で作られた墓が2つあります。1つにはフェルナンド2世夫妻、そしてもう1つは女王フアナ夫妻が眠っている棺になります。次が、
グラナダ王室礼拝堂「カテドラ」。ここは、王室礼拝堂に隣接していたので直ぐに移動できた。
正式名称を「カテドラル・サンタ・マリア・デ・ラ・エンカナシオン」という大聖堂です。カテドラルとは大聖堂を意味します。元はゴシック様式で建築が進められた聖堂でしたが、途中から建築家が変わったことによりルネサンス様式に変更されています。そのため2つの様式が混ざった建物となっています。見事なステンドグラスが荘厳な雰囲気を高めています。その後、夕食を食べに行き、19時には、ホテルに戻り、明日のアルハンブラ宮殿、見学にそなえた
4月18日、アルハンブラ宮殿のオープンの8時半に観光をスタートし一番人気のナスル朝宮殿は入場時間が30分毎に決められており、さすが大人気の場所で大勢の人が、自分の指定された入場時間をじっと待った。ナスル朝宮殿は「メスアール宮」「コマレス宮」「ライオン宮」の3つで、入場すると一番最初に、メスアール宮で最も重要なメスアールの間があった。メスアールの間はアルハンブラ宮殿に現存する建物の中で最も古く、政治や裁判が行われていた場所。
壁は色とりどりのモザイクタイルで装飾されていた。細かい模様の木組み天井には、一部当時のオリジナルも残っている様だ。イスラム教の祈祷室の壁には非常に細かい透かし彫り装飾が施されて、部屋の右側には聖地メッカの方向を示すミフラーブがあった。馬蹄形アーチの窓の向こう側には、アルバイシン地区の美しい街並みが広がっていた。その後、メスアールの間の次にある、メスアールの中庭へ移動した。中庭の四方は建物に囲まれているが、非常に明るい空間。
前方の壁には二つの青銅の門があり、周囲は色鮮やかなタイルで装飾されている。門の上は、これでもかと言わんばかりの漆喰細工で埋め尽くされていた。漆喰細工の模様は偶像崇拝を禁止するイスラム教でよく用いられるアラベスク模様。植物や幾何学模様、文字などの緻密な反復模様が施されていて、長く見ると目が疲れる。黄金の間は来訪者の控室、天井には金箔の使った美しい木組み細工が施されていた。黄金の間からはアルバイシン地区の白い街並みが美しく見えた。
その次、アルハンブラ宮殿を代表する光景が見られるコマレス宮。水面に建物が鏡写しになっている素晴らしい光景。こちらはアラヤネスの中庭と言い、両サイドに刈り込まれた植物「天人花」が名前の由来となっている。正面には、高さ約50mのコマレスの塔があった。コマレスの塔の中には、バルカの間という細長い部屋があり、天井が船底の形をしていて、幾何学模様の寄木細工が施されていた。バルカの間の先には大使の間という大広間があった。宮殿の中で最も広い部屋。
壁一面には天井までびっしりと漆喰細工が施されていて、近くで見ると、壁に描かれたアラベスク模様には赤・青・緑など色が付けられていた。部屋の三方の壁には、透かし彫り細工の窓が美しいバルコニーがある。部屋の中央、天井の真下部分には立ち入りが禁止の場所が、これは宮殿が建てられた当時のオリジナルのタイルなので、痛まないよう保護されていた。
コマレス宮を通り過ぎると、そこはライオン宮。ライオン宮には12頭のライオンの像の噴水が目印のライオンの中庭があります。次は、ナスル朝宮殿の中でも人気のライオン宮。ライオン宮は、かつての王の居住スペースで、男子禁制のハーレムだった。ライオンの中庭に面してアベンセラッヘスの間、諸王の間、二姉妹の間の3つの間があります。
3つの間は王族のプライベート空間であり、より細やかな装飾が施されています。




