呪われ勇者のどちらかというと良い日
諦めたことなどなかった。今までもこれからも、自分は勇者なのだから。勇者でなければいけないのだから…
サクリーシャ・ピナシェは、冒険者に適した洞窟や山脈などがあり、資源の豊富なこの地に町を作ったかつての英雄の子孫であった。
およそ千年前に魔王と呼ばれる悪の根源を絶った勇者一行の、要でもあった人物の…
彼女の両親もかつては勇者として町の発展に貢献していた。武術にも魔術にも長けた選ばれし者のみが到達出来る勇者という存在…サクリーシャは両親がとても誇らしく、自分もまたそうなりたいと強く願っていた。
……だが数年前に両親は他界してしまった…サクリーシャはなんとなく感じていた…子供の時に発現してしまった自分の特殊スキル、『悪霊の恋人』の影響であることに……
そして今もまさに、そんな前例の無いスキルの影響で命の危機にさらされていた。
(どういうことなの…?勢いで来たけど、ここってAランク級のドラゴンがたくさん住んでる山だよね…?)
一瞬、とうとう依頼所のマスターが自分の頑張りを認めてこの討伐依頼を出したのかとも考えたが、ドラゴンの咆哮を聞き我に返った。
(これって、まだ最初の町なのに進むべき道を間違えてめちゃくちゃ強いモンスターの地域に足を踏み入れてしまって袋叩きされる現象…?ああ下らないこと考えてる場合じゃない!どうしよう!)
岩場の陰からそっとドラゴンの方に視線をやると、謀ったかのようなタイミングでドラゴンの方もこちらに視線を向けた。
なんや、おいしそうな人間おるで。といった顔をして猛スピードで突っ込んで来る!
(わ、わわわ見つかったぁ~!!とりあえず、逃げなきゃ!!)
サクリーシャは全力疾走した。日頃から鍛練はしているので足は同年代の女子たちより圧倒的に速い。
だが鍛えた素早さと持久力を発揮する前に、『悪霊の恋人』が牙を剥く。
「きゃ~っっっ!!」
その場に勢い良く転倒してしまった。打ちどころが悪そうである上に異常な量の出血をしている。
呪いの一種である『悪霊の恋人』にもセシリオと同様に大きなアザがあった。他者を怯えさせることを嫌ったサクリーシャは、大きなチョーカーで隠しているが、首輪のように首全体を覆っている…
(うっ首がうずく気がする…これはまた…)
気付けば、ドラゴンがサクリーシャの上に覆い被さっている。
「あ…」
とうとう、終わった。不思議と、これまでのことを振り返る余裕があった。
(子供の時にこのスキルが発現して…思えばよく生きられたほうだよね……)
…伝説の武器・防具を装備してみたかった……いや、ただの棒きれで良い、装備というものを経験したかった…冒険者のローブすら自分には装備することは叶わなかった…
武器屋以外にも、毎日ガーディアンのすべての施設を廻った。自分の特殊スキルが消えていないか、ある日突然、自分の職業が勇者になっていないか…
一度で良いから家までの道のりを転ばずに歩いてみたかった。虫刺され無しで清掃を終えてみたかった。
そして最後に…愛する彼の声を聞きたかった……
(ごめんね…貴方の言う通り、依頼なんて受けずに安全に暮らしていれば……)
だが、それは自分の本当の気持ちではない。
(でもやっぱり、私は勇者になりたかった。みんなの役に立ちたかった。お父さんとお母さんの仇を…!)
「おい。無事か。」
「えっ」
長い長い回想をしている間に、脅威であったはずのドラゴンはひっくり返っているではないか。ドラゴンの上に乗り、腹部に細い杖を突き立て、とどめを刺したのであろう青年がこちらを見ている。
「走馬灯かもしれんが長いぞ。この俺が助けに来てやったのだ。礼くらい無いのか。」
ドラゴンを一撃で仕留めた青年―セシリオはいつになく饒舌に畳み掛ける。
「は…あ……あ、りがとうございま…す…?」
サクリーシャは放心していた。自分の命の終わりを見たことよりも、自分の身に久しく起きていなかった“ラッキー”が起こったことにだ。
「……やはりか。」
セシリオは小さく呟き、そのまま少し考える様子を見せると、
「俺は見ての通り強力な呪いをかけられているのだが…症状としては、幼少期の記憶が無かったり、呪いの影響か強力な魔力が使えたりする。」
いましがた死の淵を見た少女に語る話題ではない、身の上話を始める。
「この俺に呪いをかけた命知らずに、生きていることを後悔するような目に合わせることを目的とし旅をしているのだが…」
「おまえの方が、ひどいな。」
ひどく哀れんだまなざしであった。負の感情をあまり持たないサクリーシャでも、何様だと思ってしまう。
「…だが俺はおまえを少し尊敬する。少しな。」
「…尊敬…だなんてそんな…」
意識していた勇者口調はどこへやら、サクリーシャは素で返答していた。二人の間に何とも言えない空気が漂う所に、フィミリーがそれはもう残像が残ってしまいそうなほどに全身を震わせながら寄って来る。
「…え……え…?あの、セシリオ様?どういうことですか!?この人は知り合いだったんですか!?まさか僕よりも深い付き合いだったりするのですか!?あり得ないと思いますが!!」
フィミリーは相当取り乱した様子であり、目が血走っている。隣にいたキサもまた、目を丸くし立ちすくんでいる。
「何、今、セシリオは喋ってるのか…?」
「は?」
命の恩人であるはずの冒険者風のグループに苛立ちが込み上げて来る。バカにしすぎである。サクリーシャは表情にも出てしまうほど怒っていたが、セシリオがそれを制止する。
「待て。気持ちは分かるが、俺の声は呪いで出ていないんだ。この中では…いや、どこを探しても俺の声を聞けるのはおまえだけだ。」
「えっ?は?だって普通に話してるじゃないですか!」
この一言はフィミリーの逆鱗に触れてしまう。
「な、に、を……!!僕は…僕はセシリオ様の美しきお声を…一度も、聞いたことがないのに!!!!」
「おれもガキの頃から友達だけど、もうセシリオの声は忘れるくらい聞いてねぇや~」
キサの言葉は比喩ではなく本当に忘れている様子である。
「そんなわけだ。おまえはこれから俺の通訳だ。」
セシリオはこの流れは当たり前かのように既に歩き出している。
「待って!なんで私が!私は勇者だからこの町を守らないと―」
「付いてくれば、おまえの呪いが解ける手掛かりも掴めるのではないか?おまえ独りだと一生そのままであろうがな。」
「うっ……」
セシリオは悪い笑みを浮かべる。サクリーシャにとってくやしいことであるが、自分一人では町から出られず、かといって町を守れるわけでもない。町人の全力のサポートによって生かされるだけだ。
「………わ…かりました…通訳…します…。…じゃあ一緒に、もうすぐ復活する魔王を滅ぼして、世界を平和にしましょうね!!」
サクリーシャも開き直って自分の要求を通す。セシリオは魔王の復活などどうでも良かったので、曖昧に頷いておいた。
「魔王か!なんか楽しくなってきたなぁ~!おれキサラルテエッダサードって言うんだ!キサって呼んでくれたら良いから!よろしくな勇者!」
「は、はい…よろしくお願いします…。私はサクリーシャ・ピナシェと申します…」
キサはセシリオの強引さには慣れている様子で、事態をあっさりとのみ込みサクリーシャを祝福する姿勢を見せた。
唇の噛み過ぎにより口から出血しながら、鬼の形相でサクリーシャを睨み続けるフィミリーのみ納得していない様子であるものの、セシリオ一行の冒険が始まろうとしていた。半数が重度の呪われ人間であるという奇妙なパーティーである。
ただサクリーシャにとっては、『悪霊の恋人』発現以来もっともラッキーな1日であったことは確かなことであった。




