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8話 兄が大好きなようです

「おい、危ねぇ」

 咄嗟の事とは言え、一声かける前に強引にアヤネの腕を手に取り勢い良く引き寄せたアヤヒナの行動は、気を抜いていたアヤネを酷く驚かせた。


「ちょっと! 何すんのよ」

 助けて貰っておきながら勢い良く背後を振り向き、文句を口にするアヤネは気が強い。

 すぐ側に迫るゴーストに気づいていないためアヤヒナに対して鋭い視線を向ける。

 いきなり背後から腕を引かれ体のバランスを崩したため嫌がらせをされたと思ったのか、アヤヒナの顔にピシッと人差し指を向け食って掛かろうとしたところで、アヤネの目と鼻の先をゴーストの武器がシュッと鋭い音を立てて通過した。


 ここで、やっとすぐ側にゴーストが迫っていることに気づいたアヤネが、驚きと共に足を引き小石を踏んづけてしまったことにより身体のバランスを崩す。

 地面にお尻から倒れ込んでしまったため、心配をしたアヤヒナがアヤネに向かって手を伸ばそうとした。

 しかし、アヤネの身体を咄嗟に抱き起こしてしまえば体は密着をしてしまい女であることがばれてしまう可能性がある。


「び……びっくりした。近くにゴーストが迫っていたのね。怒ってしまってごめんなさい」


 勢い良く尻を打ち付けたため痛むのか、その場に腰を上げ中腰になりながらお尻を撫でる素振りを見せるアヤネは涙目。アヤヒナはアヤネの腰に手を添えるだけに行動をとどめ口を開く。

 

「油断をするな」

 以前、言葉を交わした時はアヤネに情けない姿ばかり見せてしまった。

 混乱と恐怖心から涙が止まらなかったアヤヒナを慰めてくれた年下の女の子。

 もしも、再会をすることが出来たら、あの時のお礼と共に抱きついて手触りの良さそうな髪の毛をワシャワシャと撫で回したいと思っていた。

 しかし、今は同一人物であると気づかれ無いためにも素直な感情を閉じ込めて、喜怒哀楽を表すこと無くアヤネに接しなければならない。


 鋭い視線をアヤネに向けて、油断をするなと言葉では口にしながら心の中では本当に気をつけてと付け加える。


「うん。油断しちゃって心配かけちゃってごめん。気を付けるね」

 素っ気ない態度をとるアヤヒナに対して笑みを見せるアヤネは随分と人との距離感が近い。

 懐に入り込むような形で身を寄せるアヤネにアヤヒナは、たまらず一歩二歩と足を引く。

 以前、街中で助けてもらった時も思ったけどアヤネは人と会話をする時、極限まで近づく癖があるようで、それは女性に対してだけだと思っていれば、男装姿のアヤヒナに対しても同じ距離感で接しようとする。


「近いんだよ」

 思わず距離感の近さを指摘したアヤヒナは大きなため息を吐き出した。

 もしも、ふとした反動で身体に触れられるようなことがあれば、女性であることに気づかれるかもしれない。

 お父さんの思いどおりにはさせないと考えるアヤヒナは、学園内で極力アヤネに近づかないようにしようと考える。


「ごめんね。お兄ちゃんにも、いつも注意をされていたんだけど油断しちゃった。悪気はないの。本当にごめんね」

 アヤネの側から、どのタイミングで離れようかと考えていたアヤヒナの横から副会長が、ひょっこりと顔を覗かせる。

 気づけば学園敷地内を優雅に歩き回っていたゴーストの姿は無く、討伐を終えて喜ぶ生徒達がハイタッチや抱き合って喜んでいる。

 

「お兄さんも、この学園に通っているのですか?」

 クリーム色の髪の毛が印象的なツインテールの可愛らしい女の子に興味津々。

 可愛いですねと小声でアヤヒナに同意を求める副会長の表情には相変わらず穏やかな笑みが浮かんでいるため、恋愛感情を抱いているのか、それともただ単に目の保養にしているのか見分けがつかない。


「お兄ちゃんは成人しているよ。学生じゃないよ」

 小刻みに肩を揺らして笑うアヤネは、すぐに喜怒哀楽が表情に表れる。

 

「凄く綺麗で可愛くて大好きなんだ」

 フフッと恥ずかしそうに笑うアヤネは、一体お兄さんに対してどのような印象を持っているのか。

「ん? 男だよな?」

 アヤネの言い方だと、まるで女性の事を言っているのでは無いのかと思ってしまう。

 聞き間違えをしたのだろうかと思い、疑問を口にしたアヤヒナに対してアヤネは満面の笑みを浮かべて口を開く。


「そうだよ。でもね、男だとは思えないくらい、とても綺麗で可愛いの」

 兄のことが大好きなのはアヤネの表情や声から、ひしひしと伝わってくる。

「それ、お兄さんの前では言わない方がいいと思いますよ。可愛いと言うより格好いいと言ってもらえた方がお兄さんも嬉しいと思います。ですよね?」

 小刻みに肩を揺らして笑う副会長が、私は可愛いと言われるより格好いいと言われる方が嬉しいですと言葉を付け加える。

 アヤヒナにも同意を求めて首をかしげて問いかけた。 


「あぁ。まぁ……」

 アヤヒナは女であるため男心は分からない。

 ついつい、可愛いと思えば可愛いと同級生や年上相手に口に出してしまっていた過去の自分を思い起こす。

 今度からは気を付けようと心の中で考えるアヤヒナは、副会長の意見に同意するようにして小さく頷いた。


「そっか、可愛いと口にしたらタツウミお兄ちゃんの表情が僅かに曇っていたのは、傷ついちゃっていたんだ。今度からは格好いいと言うようにするね。教えてくれてありがとう」

 副会長の言葉を素直に受け入れて、教えてくれて有り難うと礼を言うアヤネは気は強いけれども性格は素直。

 

「いえいえ、どういたしまして。貴女のお兄さんはどのような職業についているのですか? 会長も気になるでしょう?」

 穏やかな笑みを浮かべる副会長が会話を続けようとするため、なかなかアヤネの元から離れることが出来ない。

 話を振られてしまえば強制的に、この場にとどまらなくてはならなくて正直アヤネのお兄さんが、どのような職業についているのか気になっていたため首を縦に振り頷いた。


「気になるな。まさか、銀騎士団に所属しているとか?」

 銀騎士団はアヤヒナの憧れの職業である。

 もしも、アヤネのお兄さんが銀騎士団に所属していれば是非、練習風景を見てみたい。

 期待するアヤヒナの問いかけに対して、アヤネは首を左右に振って答える。

「お兄ちゃんは体が弱いから外にはあまり出ないんだ。まぁ、時たまと言うかしょっちゅう、こっそりと家を抜け出して森の中で狩りをしているようだけどね。手紙に書いてあったし」

 クスクスと肩を揺らして笑うアヤネは、お兄さんのことが本当に大好きで

「へぇ。どのようなモンスターと対峙したと書いてありました?」

 副会長はアヤネの話に興味津々。


「ギルドのランクは?」

 アヤヒナもアヤネの兄について興味を抱いて問いかける。


「確か東の森に生息するゴブリンや洞窟内のドワーフ、隠し通路のウルフの討伐依頼を終えたって手紙に書いてあったよ。ギルドランクは1週間前にAランクに上がったところだって書いてあったよ」

 体が弱いと言っていたわりには、とても行動力のあるお兄さんだと思う。ギルドランクAクラスに上がるためには頻繁に狩りやクエストを行い、何度もギルドに赴かなければならないから。

 

 会長と副会長が互いに顔を見合わせる。

 

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