6話 担任の教師
ざわざわと騒がしい体育館内でユキヒラ先生とアヤヒナの会話に耳を傾けていた人物は、すぐそばに佇んでいた理事長と副会長の2人だけ。小刻みに肩を揺らして笑う理事長にアヤヒナの視線が向くと、これ以上笑ったら怒られると娘の表情から瞬時に察した理事長がピタッと笑うことを止めて苦笑する。
確かにユキヒラ先生の言う通り、初対面の相手から胸元をまじまじと見つめられたら嫌だなという気持ちが沸き上がる。
アヤヒナは女性ではあるものの現在は男子生徒の格好をしているわけであって、ユキヒラ先生が寛大な心の持ち主で良かったと感謝する。
自分の失態を恥ずかしく思う気持ちを隠しつつ、真剣な面もちを浮かべてユキヒラ先生に謝罪をする。
新入生や在校生達、少し離れた位置に佇む教師達にはステージ上の声は聞こえていなかったため、深々と頭を下げたアヤヒナに対して疑問を抱く者もいただろう。
「え、そんな……深々と頭を下げて謝罪をしてくれるとは思ってもいなかったよ。僕は別に気にしていないからさ、クラスメートや先輩方に僕にしたことと同じことをしなければそれでいいよ。あ、そうそう。伝えておかなければならないことがあったんだ。本年度は中等部2年Sクラスの担任を任せてもらったので、普段は校舎1階にある中等部の職員室にいるから、もしも僕を頼りたい時は手紙を頂戴ねぇ。駆けつけるから」
闇属性を連想させる黒色の紙に白色のインクの出るペンは高価な品。貴重な品を躊躇うことなく会長に手渡したユキヒラ先生は肩を揺らして笑う。
受け取った手紙を綺麗に半分に折りたたんで懐にしまったアヤヒナの視線の先で、各クラスを担当する教師達の紹介が始まった。
理事長から手渡された紙に書き記されている内容を読み上げる副会長は、人前に立ち話すことに慣れているのか穏やかな笑みを浮かべている。
大勢の生徒達や教師達が聞き取りやすいように、ゆったりとした口調で司会進行を行う副会長の声は遠くまで良く通る。
まずは、中等部の各クラスの担任に選ばれた教師達が名前を呼ばれて返事をする。
中等部3年Sクラスから始まって3年Fクラス。2年Sクラスから2年Fクラス。1年Sクラスから1年生Fクラス。中等部だけでも21人の担任教師の名前が読み上げられて、一度静まり返った体育館内が瞬く間に騒がしくなる。
去年に引き続き同じ担任教師になった生徒達が、宜しくねと嬉しそうに声をかける。
中には生活指導の先生が担任となり悲鳴を上げる生徒達もいて様々な声が上がる中、先程少し話をした東城ユキヒラ先生が受け持つことになった生徒達が歓喜の声を上げる。中には万歳をして喜ぶ生徒達の姿もちらほらとあり、クリーム色の髪の毛が印象的。過去に危険な目に遭いそうになったアヤヒナを助け出してくれた女子生徒、アヤネさんがガッツポーズをしてピョンピョンと跳び跳ねて喜んでいる。人気のある教師なのだろう。
続けて高等部3年Sクラスの担任教師の名前が読み上げられる。3年Aクラスから3年Fクラス。2年Sクラスから2年Fクラス。
次は1年Sクラスの担任教師の名前が読み上げられる番になった。
一体どのような先生が担任になるのか。
優しい先生だといいなと考えるアヤヒナの視線の先で、副会長であるユイトが口を開く。
「1年Sクラス。白峰シエル先生」
教師の名前が読み上げられると共に、ざわざわと騒がしかった教室内が一度シーンと静まり返る。
「はい」
ポツリと呟かれるようにして放たれた返事には元気がなく随分と小さな声だった。声に反応を示して、1年Sクラスの生徒達の視線が一斉に声の持ち主へと向けられる。
アヤヒナとユイト副会長も同様に、声の持ち主に視線を向けると、一人の男性教師と視線が合う。
銀色の丸眼鏡が印象的。肩にかかる長さで切り揃えられた髪は手入れされ、さらさらのストレート。見るからに身なりに気を使っている男性の性格は勝手に判断をしてはいけないのだろうけど、第一印象は神経質な性格をしていそうな知的美人だった。
光属性の授業を受け持つシエル先生は見た感じ20代後半。女子生徒達がざわめき立つ。
「先生はおいくつですか? 結婚はされていますか?」
きゃっきゃっとはしゃぎ声を上げて足をジタバタとさせる女子生徒達は落ち着きがない。
「お住まいは何処ですか?」
右手を高々と掲げて問いかけた女子生徒に対して周囲の生徒達が、よくぞ聞いてくれたと褒め称える。
しかし、数秒間考える素振りを見せたシエル先生は
「すみません。事情がありましてお答え致しかねます」
真顔のまま淡々とした口調で言葉を続ける。表情からシエル先生の感情を読み取ることが出来ないけれど事情があると言われてしまえば、深く追及する事は出来なくなる。
鬱陶しいと思われてしまっただろうかと不安になる女子生徒が再び口を開く。
「先生はどのような術が得意なのですか?」
質問に対しての返事をもらえなかったからとは言え、女子生徒達は諦めずに別の質問を問いかけた。
「得意魔法は回復魔法や召喚魔法です」
質問に対しての返事があったらいいなと軽い気持ちで問いかけた女子生徒に対して、シエル先生は得意魔法が回復魔法や召喚魔法であることを告げると、予想以上の返事を貰い喜ぶ女子生徒達が、きゃっきゃっとはしゃぎ声を上げて友人と共に顔を見合わせる。
「光属性の召喚魔法は、確かダンジョンに赴きモンスターのヒットポイントゲージを10以下にしてから召喚魔法を発動。モンスターを仲間に加えることが出来ると教科書に書いてあったのですが、何体まで召喚魔法でモンスターを操ることが出来るものなのですか?」
シエル先生の扱う召喚魔法に興味津々。女子生徒だけではなくて、男子生徒の一人が問いかける。
「魔力やレベルにもよりますが、私が現在操ることの出来る聖騎士は7体です。過去には最大350レベルのモンスター15体を操っていた人がいるという記述を読んだこともあります」
問いかけに対して、自分の分かる範囲で答えるシエル先生の視線がアヤヒナに向けられる。
「本年度1年Sクラスの生徒の中で私と同じように光属性を扱うことが出来るのは東雲アヤヒナ君だけですね。分からないことがあれば気軽に声をかけてください」
鋭い視線に加えて感情の読めない淡々とした口調で呟かれた言葉。
気軽に声をかけてくださいと言ってくれたものの、シエル先生はどちらかと言えば声をかけづらい独特的な雰囲気の持ち主であるため
「頼りにさせてもらいます」
素直に首を縦に振り頼りにさせてもらうと言葉にしたものの今後、光属性の魔法についてシエル先生に声をかけて聞くことはない気がする。
アヤヒナがシエルに返事をするのと同時に1年Fクラスの担任を務める教師の紹介が終わる。
高等部だけでも各クラスの担任教師が21名。
瞬く間に、ざわざわと騒がしくなった体育館内で理事長から、担任の案内のもと各教室に移動するようにと指示が出る。
中等部2年Sクラスの担任となった東城ユキヒラ先生は生徒達から人気があり、生徒達に囲まれて身動きをとることが出来なくなっていた。
身動きをとることが出来ずに困りきっているユキヒラ先生を、さりげなく生徒達の輪の中から引っ張りだし、しっかりしなさいと背中を叩き声をかけるシエル先生は困っている人を見かけると、ついつい助け出してしまうタイプの人なのだと思う。
「先生ってもしかしてユキヒラ先生の事を好……」
ユキヒラ先生とシエル先生のやり取りを背後で眺めていたアヤヒナが、ふと浮かんだ考えを口に出そうとしたところで
「恋愛感情はありませんよ」
さっきまでの落ち着いた口調ではなくて、少し早い口調で考えを一蹴されてしまった。
「そもそも年齢が違いすぎますし」
ポツリと漏らすようにして呟かれた言葉を聞き取れたのは、シエル先生のすぐそばに佇んでいたアヤヒナ会長とユイト副会長の2人だけだった。
シエル先生の言葉に疑問を抱き、会長と副会長が互いに顔を見合わせる。
シエル先生の見た目から20代後半だと勝手に予想をしていた。
ユキヒラ先生は多分20代前半。
年齢が違いすぎますしと言葉を続けたシエル先生とユキヒラ先生の年齢の差を知りたい。
「冗談を言っていないで、1年Sクラスの教室へ案内をしますよ。皆さんついてきてください」
喜怒哀楽が表情から読み取ることが出きればよいのだけれども、シエル先生は基本表情に感情が現れない。
声のトーンも一定のため、今の言葉で気分を害してしまったのか、それとも別に気にしていないのかを判断することも出来ない。
足早に教室へと向かうシエル先生に続き生徒達が小走りに移動をはじめる。
アヤヒナと副会長もクラスメート達に続き体育館を後にした。




